第19話

次の日の昼。囚人服を身に纏い、足枷と手枷をしたレインは断頭台にいた。急遽決まった処刑にも関わらず、周囲には沢山の見物客がいた。レインはそんな周囲を気にすることなく抵抗する素振りを見せず、銀でできた鋭い刃がついているギロチンに固定されていた。


「…どうして」


周囲にいる人たちに紛れるように立っていた悠希はそんなレインを見て何故抵抗しないのだろうと呟いたが、その声は周囲にいた人たちの声にかき消されて誰にも届かなかった。


「…これより罪人レインの処刑を執り行う!罪状は王族への反逆罪だ!」


処刑人は声高らかに宣言をした。それを聞いた周囲の人々からは「あのレイン様がっ」とか「信じられない」とか「嫌でもアルシュフォード殿下が亡くなったとはレイン様が関わっているという噂があるぞ!」等の声が上がり、更にざわつき始める。


「お待ちください」


刃が固定されている縄が処刑人の手によって切られようとした瞬間、ユフィは声を上げながら断頭台の上へと現れた。


「反逆罪は何かの間違いです。レインは私の伴侶として迎えます」


ユフィは断頭台の中心に立ち、周囲の人々に聞こえるよう声高らかに宣言をした。


「…何を」


その宣言を聞いてレインは大きく見開いた目をユフィへと向ける。


「殿下…それは真ですか?」


処刑人は困惑したようにユフィを見つめた。


「ええ。本当です。レインは私の伴侶として迎え入れます。ですのでレインの処刑は取り消されます。拘束を解きなさい」


ユフィは真剣な眼差しを処刑人へと目を向け、処刑人は慌てた様子でレインをギロチンから解き放った。


「ちょっと待ったぁ!」


その後、処刑人はレインの手枷と足枷を外そうとしたがその前にイザークが声を上げながら現れた。


「姫。貴女も先日、命を狙われただろう?よってその男は罪人だ。処刑中止はありえない。それも伴侶にするなんて…今の発言を撤回し、処刑を続行するべきです」


イザークは少しだけ苛立ったように進言をした。


「伴侶にします。処刑もいたしません。レインが私たち王族に反逆の意思があるのだとしたら私たちは簡単に殺されているでしょう。それぐらいレインは強いのです」


ユフィは庇うようにレインの前へと立ち、真っ直ぐイザークのことを見つめた。


「強い?冗談だろう?先日、人間とほぼ互角の打ち合いをしていたじゃないか。人間に勝てないのに強いなど…」


イザークは馬鹿にしたように失笑する。


「…合わせていたという可能性もありますが彼は相当な手練ですよ」


ユフィは悠希とレインの打ち合いを目を閉じて思い出してから目を開け、再びイザークを見つめる。


「相当な手練?冗談でしょう?下等生物で餌でしかない人間にそんな実力があるとは思え…」


「警備兵!この者を捕らえなさい!」


思えないとイザークが馬鹿にしたように言おうとした時、それを遮るようにユフィは怒ったような表情をして叫んだ。すると武装した吸血鬼が複数人現れ、そのうちの一人がイザークの手を後ろで拘束するように掴み、動けないように膝をつかせた。その上でほかの警備兵がイザークを取り囲むように立ち、剣を突きつける。


「な…は、離せ!俺は公爵家の者だぞ!こんなことして許されると思っているのか!」


イザークは睨みつけるように警備兵を見た。だがユフィの…王家の命令な為、拘束が解かれることはない。


「それに横暴だ!馬鹿にされたからってこんな…」


拘束が解かれることがないと知るとイザークはその目をユフィへと向け、訴えかける。


「馬鹿にしたから拘束されたとおおもいなのですか?違いますよ。貴方が友である人間を侮辱した事に腹をたてているのです」


ユフィは真っ直ぐイザークを見つめる。


「人間が友…?そんな馬鹿な…あいつらは家畜だろ!餌でしかない…皆もそう思うだろ!」


イザークは同意を求めるように周囲を見渡した。だが周囲は白い目でイザークのことを見つめている。


「何故だっ!何故そんな目で見る!」


イザークはその目を見て困惑したように叫んだ。


「皆、人間は友だと思っているから貴方の言葉が信じられないのです」


ユフィは周囲を見渡したあと、再びイザークへと目を向ける。


「う、嘘だ…皆、腹の中では家畜だと思っているはずなんだ…婆やが嘘をつくはずないんだ…」


イザークは信じられないといった表情をして俯いてしまう。


「……これ以上、恥を晒すのも酷でしょう。連れていきなさい。聴取などはまた日を改めて行います。彼を貴族牢へ」


ユフィらイザークを拘束している兵に命じた。すると兵はイザークを立たせたあと直ぐにその場から消えた。


「…婆やって人が原因?」


その現場を見ていた悠希は小さな声で呟いた。人間を家畜扱いしたイザークを見る周囲の目やシルヴァやユフィ、レインたちが人間である自分に好意的だったことを考えると歪んだ原因が婆やにあると思ったからだ。


「…だろうね。婆やっていうのは恐らく公爵家に仕える者のことかな?」


悠希の隣にいた男がその呟きを聞いて口を開いた。


「え、シルヴァさん…?」


悠希が男へと目を向けるとそこには庶民の服を着たシルヴァが立っていてシルヴァは帽子を深くかぶり、眼鏡をかけていた。


「…僕は一応、彼よりも年上であるから彼の幼少期を知っているんだけど昔は素直ないい子で公爵夫妻も温厚な方々だったから何故、あな横暴な性格になってしまったのだろうと思っていたんだけどその婆やって人のせいなら納得かな?まあそこは王家が調べるでしょう。それよりよかった…ユフィ様がレイン殿の処刑を止め、伴侶だと宣言してくれて…このままだと家柄や権力に勝てずイザーク殿が選ばれてしまいそうだったし…」


シルヴァは愛おしそうにユフィを見つめている。


「シルヴァさん…ユフィのこと…」


悠希はシルヴァの目を見てハッとした。そしてシルヴァはユフィのことを好きだったのではないのかと思い、言いかけた。だがその前にこちらへと目を向けていたシルヴァの人差し指が悠希の口に当たり、悠希は言うのをやめてしまう。


「……それ以上は言わないで」


シルヴァは微かに微笑みながら人差し指を離した。悠希はこくこくと何度も頷く形で応じる。


「僕はもう行くよ。最悪な事態を想定し、助けるために変装してここにいたけど事態が動いた以上、候補としてそして推しの為に色々と動かないと…民衆の反応は見た限り大丈夫そうだけど貴族はそうもいかなそうだから…」


シルヴァは特に処刑に賛同した者たちを黙らせないとにと言葉を続けたあと直ぐに姿を消してしまった。悠希はそれを頑張れと思いながら見送ったあと、自分も頑張らねばとレインたちと目を向けた。拘束具は処刑人の手によって外されているもののレインたちは未だ断頭台の上にいた。ユフィは騒がせてしまったことに対する謝罪をしようとしたが、そんなユフィをレインは無理矢理連れて行ってしまったのだった。

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