第19話
ライトのことが心配で傍についていたいという理由から空からの申し出を断った清香は走っていた。ライトの元に向かって真っ直ぐに…
「きゃっ!」
そんな時、茂みの中から天月が突如現れて清香のことを羽交い締めにして拘束し、清香は驚きの声をあげる。
「さっきも思ったけど美味しそうな匂いだ。さぞ美味なんだろうね。一滴残らず俺に頂戴?」
天月は耳元でささやくと清香の首筋に噛みつこうと大きく口を開いた。
「……血の交換で俺の眷属になった筈なのに俺の邪魔をするつもりか?ハーフ」
天月は何かの気配に気がついて噛みつくことを止め、清香が騒がないように口を手で押さえながら後ろを振り向いた。
「…眷属?んなもんしらねぇよ。それよりも母さんを離せ」
気配の主は心臓辺りを鷲掴むように押さえながらもう片方の手でナイフを持ったライトで、ライトはどことなく苦しそうな表情をしながらナイフで天月へと襲いかかる。
「母親…?そんなものは知らん…ああ。そうか。眷属にならなかったから中途半端な自我再生しかしなかったのか。哀れなやつ…だが面白い。少し遊んでやろう」
天月は清香を離すことなくライトからの攻撃を避け、そのあと新しい玩具を見つけた子供のような顔をして回復の終えた触手をライトへと伸ばし、何処か弄ぶように襲いかかる。触手を避けながらなんとか天月へと向かっていき、攻撃を仕掛けるライト。だが天月は面白おかしそうに難なくライトからの攻撃を避け、ライト目掛けて連続で触手を伸ばし続ける。
「くっ…」
そんな攻防が続いた結果、触手をかわしきれず全身傷だらけになったライトは今にも倒れそうなくらいふらつきながら睨み付けるように天月を見つめていた。
「終わり?つまらないな」
天月はそんなライトのことをつまらなそうに見つめる。
「……あ、そうだ。あいつらが来る前に貴様の目の前でこの女の血を吸っておこう。そしたら貴様の悲痛な叫びが聞けて面白いし、俺も強くなれる」
天月は思い付いたように清香の首筋を舐め、首筋を舐められ鳥肌がたち身震いするも清香はこのままではダメだと悠希を振り絞って天月の手を噛んだ。
「っ…このアマっ!」
噛みつかれてピリッとした痛みしか感じなかったもののその態度に苛立ちを覚えた天月は清香の頬を殴る。
「母さんっ!」
頬を殴られ、吹っ飛ばされた清香をライトが抱き止めてぎゅっと抱き締める。
「二人仲良く地獄に送ってやるよ!」
ライトに抱き止められ、頬を赤く染める清香。そんな二人の姿を見て天月は唇を噛み締め、そのあとライトたちがいる場所に魔方陣を出現させた。ライトたちはそれをうけて魔方陣の中に囚われ、動けなくなってしまう。
「死ね!」
天月はそんな二人を串刺しにしようと尖らせた触手を二人に向かって伸ばした。
「っ!」
それを見てぎゅっと目を閉じる清香と対処すべく体を動かそうとするが動けずにいるライト。そんな二人に触手が突き刺さる寸前、その触手を踏み潰す形で琅が現れた。
「なっ!」
琅の出現に声をあげる天月。そんな天月に向かって琅から降りていた悠希が斬りかかり、天月は琅に踏まれている触手を切り離しながら悠希からの攻撃を避ける。
「貴様っ!」
天月は忌々しそうに悠希を見つめる。
「……すいません。天月さんの相手は俺です」
悠希はそんな天月を見つめ、剣を構える。
「笑わせるな。さっきから俺の邪魔をしているが防戦一方だったじゃないか」
天月は鼻で笑い、馬鹿にしたように悠希を見つめる。
「心配してくれるんですか?有難うございます。優しいんですね」
悠希は笑われても気にすることなくにっこりと微笑む。
「は?心配なんかするわけないだ…」
「でも大丈夫です。様子見は終わりましたし、琅さんとの約束もあるので今度はちゃんと本気で行きますから」
否定しようとする天月を遮り、悠希はそういうと微笑むことをやめて鋭い目付きで天月のことを見つめる。
「上等だ!」
天月はそんな悠希に苛立ち、叫んだ。そこから二人の戦いは始まったのである。
「……おい。話は聞こえていたが小娘。この男を元に戻したいか?」
天月からの魔術を解除しながら天月と悠希のことを見届けた琅は、清香へと目を向けて問いかける。
「っ…動物なのに喋った!」
先程、月華の部屋の窓から琅の姿を見ていない清香は驚いたように目を見開き、声をあげる。
「質問に答えろ。戻したいか?」
琅はじっと清香のことを見つめ、再び問いかける。
「戻したいけど…戻せるの?」
清香は目を細め、戸惑いながら琅のことを見つめる。
「ああ。俺の眷属になることで脅せる。戻したいか?」
琅はそんな清香の目の前でお座りし、見つめながら問いかける。
「眷属…?そんなものになりたくない。俺は誰の下にもつかない…」
ライトは琅の言葉を聞いて弱々しく呟く。
「…お前には聞いていない。今のお前はお前であってお前ではないのだから」
琅はライトへと目を向ける。
「は?獣の眷属になる方法がどういったものかは知らないが眷属になる条件は相手が眷属になる覚悟をした上での血の交換だ。俺の許可なく眷属にできるわけない」
ライトは眉間に皺を寄せ、琅のことを見つめ続ける。
「獣族に眷属を作る制度などない。だが俺と天月は吸血鬼始祖の眷属だからな。始祖は同意がなくても強制的に眷属にできる。その眷属も同じ…それで戻すのか?戻さないのか?」
琅はライトに向かって説明を終えたあと、清香へと目を向けて問いかける。
「戻してほしいです」
清香は返事を始ながら小さく頷き、そんな清香を見たライトは大きく目を見開く。
「そうか…なら抱きついて押さえてろ」
琅は爪で自分の腕を傷つけ、その傷から流れる血をライトに飲ませようと近づけていく。
「っ…なにするの!」
ライトを押さえるように抱きついていた清香がそんな琅の姿を見て声をあげ、ライトの口を塞ぐ。
「何って眷属に…」
その声を聞いた琅はキョトンとした表情をし、清香を見つめる。
「天月って人がさっき同じようなことをしていたわ。そしたらあんな化物に…貴方も化物になっちゃうじゃない」
清香は心配そうにじっと琅のことを見つめる。
「ならない。あれはあいつの中に流れる魔女の血が血を飲むことで反応し、ああなっちまうだけ…人格も変わるけどな。それを知っているから天月は直前でこいつの血を飲むのを躊躇った。だから中途半端に終わったんだ」
琅は天月をちらっと見たあと、清香を見る。
「…あんな風にならないのね?それならお願いするわ。私はライトの母親じゃなくて恋人になりたいのだから」
清香は琅の言葉を聞いてライトの口から手を離す。
「わかった」
琅は先程傷つけた腕をライトの口へと近づけていく。
「やめっ…」
抵抗するライト。そんなライトを清香は複雑そうな表情をしながらぎゅっと抱きつく形で再び押さえ込み始める。
「獣臭いだろうが口を開けて我慢して飲んでくれ」
琅はライトの口に血を垂らす。だがライトはぎゅっと口を閉じているため、その血はライトの顔にポタポタと落ちるだけだった。
「っ…貸して!」
それを見た清香は琅の手を引き寄せた。
「おい!何を…っ」
琅は邪魔する気なのかと声をあげる。しかし清香は答えることなく傷口へと口をつけてそこから溢れ出ている血を口に含んだ。そしてそのあと直ぐにライトの頬を両手で包み込むように掴み、口づけて口に含んだ血をライトの口の中へと流し込んだのである。
「これで…いい?」
流し込まれた血を口の端から溢しながら喉をならし、飲んでしまうライト。そんなライトを見届けた清香はライトの唇から唇を離し、自分の唇を服の袖で拭いながら琅へと目を向け、問いかける。
「っ…ああ。あとは血を飲むだけだ」
口づけをしている二人を見ていられず、視線を反らしていた琅は清香をチラチラ見ながら答える。
「そう…よかった…ってあれ?体に力が…」
清香は全身に力が入らなくなり、ライトの上でぐったりする。
「口に含んだ血を体内に取り込んでしまって酔ったんだろう。俺たちの血は吸血鬼であっても飲んだら強力すぎて酔うからな…でも心配ない。少量なら一晩寝れば酔いも覚める」
琅はとろーんとした表情の清香に告げるとライトの腕へと顔を近づけていった。そして血を飲もうとその腕を噛んだのである。抵抗しようにも清香よりも強い酔いに襲われているライトはぐったりしていて、琅にされるがまま血を吸われる。その際、酔っているせいかはわからないが、噛まれたときの痛みはなかったが、ライトは意識を失ってしまう。
「……これで目を覚ましたときには元通りだ。あとは」
ライトが天月から受けた傷や琅に噛まれた傷は瞬く間に塞がり、噛まれた場所に至っては狼のような模様が浮かび上がた。それを見た琅はライトの腕から口を離し、その後考える素振りを見せる。
「この状態での移動は無理か…クマ吉!」
琅は考えることを止め、大声で叫んだ。すると一匹の大きな熊が駆け寄ってきて琅の目の前で立ち止まるが、天月が恐いのかおろおろしている。
「安心しろ。あの小僧が相手をしている限りお前を襲ったりしない」
琅はそんな熊…クマ吉の姿を見てそういい、それを聞いたクマ吉は安心したようにホッとする。
「それでクマ吉。お前に頼みがある。この二人を城に運んでくれ。それが終わったら次はあっちにいる奴等も城へ…」
琅は清香とライトを手で示したあと、その手でルシュフたちがいる方向を示す。琅が示す方向を見たクマ吉はわかった!任せとけ!と言わんばかりに何度も大きく頷き、そのあとライトと清香を両脇に抱えて駆け出した。
「……これでいいだろう。約束は守れよ。小僧」
クマ吉を見送ったあと、琅は悠希へと目を向ける。
「ありがとう。琅さん…これで本気で戦える」
天月と対峙していた悠希はフッと笑うとおもむろに目を閉じる。
「っ…目を閉じた、だと…?馬鹿にしているのか!」
そんな悠希の姿を宙に浮いて見ていた天月は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに声をあげる。悠希が目を閉じた理由…それは此処に来るときに行われた琅との会話にあった。
「…話したいことというのはな。あいつに血を吸わせるなってことだ」
琅は走りながら自分の背にいる悠希に向かって話をかける。
「血を、ですか?」
悠希は琅にしっかりと捕まりながら首を傾げる。
「今は少量の血しか吸っていないから触手化した左手と魔術しか使わないがあいつは血を吸うことで強くなる。そして最終的には大量に接種した血を操るために自傷し始めるんだ。そうなると厄介なんだ。血に攻撃しても飛び散った状態で襲いかかってくるし、大量に接種したと言っても血には限りがあるから天月の命も危なくなる」
琅は悠希に説明すると急に立ち止まって耳をたてる。
「わかった…ってどうしたの?早くいかないと…」
悠希はそんな琅の姿を不思議そうに見つめる。
「……天月が誰かと会話をしているようだ。小僧。お前、天月の相手できるか?」
琅は天月とライト、清香の会話を聞き、悠希へと目を向けて問いかける。
「血さえ吸われなきゃ触手攻撃と魔術だけなんですよね?なら大丈夫です。何度か対峙してみてパターンはわかっているのでいけます。ただ…天月さんと会話している人たちがいると本気が出せないかもしれません。俺の動体視力じゃ追い付けない相手もいるだろうからっていつも目隠しをして園長に相手をして貰ってたから俺に対して何らかの感情を持たれるとそれが敵だと思って反応しちゃうんです」
悠希は困ったような顔をして琅を見つめる。
「…わかった。そいつらは俺が何とかしよう。だが俺はいるぞ。お前に何の感情も持たないようにすればいても大丈夫なんだろう?」
琅はそんな悠希をじっと見つめ続け、問いかける。
「琅さんなら避けられるだろうし、いてくれても大丈夫です。てかいてください。天月さんに逃げられたとき、俺じゃ追い付きません」
悠希は答えたあと、苦笑する。
「…わかった。あと太陽が出た時、どんな手を使ってもいい。ピアスを天月から外せ。それで終わる」
琅は前を向いて走り出す。
「ピアスを…?わかりました。俺、頑張りますね」
悠希は走り出した琅にしっかりと捕まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます