第20話
「大丈夫です。ちゃんと本気でいきますから」
そして今、目を瞑ったままの悠希は剣を両手で持ち、力強く振るった。そんな悠希の姿を宙に浮いたまま見つめていた天月は何をしているのかと眉間に皺を寄せ、見つめているといきなり天月の頬が切れた。
「……風圧か」
その傷は一瞬にして治ったものの天月はピリッとした痛みを感じたことで頬に触れ、手についた血を見て大きく目を見開き、琅はそんな天月を見て呟く。
「……どうやら本気でくるというのは本当らしいな。いいだろう!」
天月はそんな悠希に向かって無数の触手を高速で伸ばしながら足元に魔方陣を出現させていき、触手の気配に気づいた悠希は剣を右手に持ち、触手を斬りながら魔方陣を避けるように走り出した。悠希の走り方はとても複雑だったが、目を開けて天月と対峙していたときに地形を把握していたのか樹にぶつかることはなく、天月が先回りして魔方陣をはろうとしてもはれず、それどころか両手の時よりは威力は低いが風圧が時折飛んでくるために集中できず、うまく魔方陣を描けずにいた。
「……天月が飛んでいなかったら森が滅茶苦茶だな」
時より、悠希の風圧が琅に向かって飛んでくるものの難なく避け、二人の戦いを見ていた琅は呟いた。天月が飛んでいなかったら風圧で樹などが斬り倒されてしまうと思ったからだ。そしてそれからの二人の戦いは朝方まで続いた。
「……まずいな」
先程、琅は太陽が出たらピアスを外させろと言った。だが天候は一筋の光も通さない曇で琅はそんな天候を見て小さく呟き、疲れ気味の悠希へと目を向ける。
「特殊な術で窓などが開いていない限りあちらからの音もこちらからの音も聞こえん。窓が開いていてその近くにいることを願おう……空!天候を変えてくれ!」
琅は考える素振りを見せたあと、城の方を見て叫んだ。
「……大丈夫。今からやるところだよ」
最上階の部屋の窓を開け、虹の絵が描かれたオカリナを持ってたっていた空は琅の言葉に反応するかのように呟いた。そしてそのあと直ぐに持っていたオカリナに口をつけ、音楽を奏で始めたのである。
「っ…やめろ!」
空が奏でる音楽はとても陽気で、その音を聴いた天月は悠希への攻撃を止めて演奏を止めようと空に向かっていくがmその隙をつくかのように悠希は目を開けてピアスに狙いを定め、風圧を放った。その風圧はピアスを取るかのように天月の耳を掠め、そしてその直後天月を浄化するような太陽の光が一筋現れた。
「うわあぁぁっ!」
その光を浴びた天月は声をあげながら元の姿に戻ったが、それと同時に戦いで負傷したものの直ぐに塞がっていた傷が全て開き、血を噴き出しながら落下していく。
「……おい。小僧。今すぐ最上階に行け。そしてあの人を起こしてこい」
そんな天月が地面に激突しないようジャンプしてキャッチしたのは琅で琅は太陽の光が当たらない場所に着地したあと、外された時点で口にくわえる形でキャッチしていたピアスを吐き出したあと、悠希へと目を向ける。
「早くしろ!天月を死なせないんだろ!俺が行ってもいいんだが傷に触るだろうからあまり天月の体を揺らしたくないんだ!」
天月を見て青ざめている悠希。そんな悠希の姿を見た琅は声をあげる。
「っ…いますぐ!」
その声を聞いて我に返った悠希は慌てた様子で剣を地面に突き刺すと城に向かって走り出した。だが次の瞬間、役目は終わったとでもいうかのように剣は悠希のガントレットに吸い込まれる形で消え、ガントレットに剣の模様が浮かび上がるが、慌てているために悠希はその事に気づいてはいなかった。
「っ…失礼します!」
そして慌てていた悠希は最上階に着くなりノックを忘れ、部屋の中へと飛び込むように入った。
「悠希くん…?」
演奏を終えていた空は悠希の姿を見るなり、驚いたように目を見開いた。
「琅さんにこの部屋にいる人を起こしてくるように言われたんだ」
悠希は荒々しく息を吐きながら部屋の中心にある台の上で横たわり、眠っている女性へと近づいていく。
「……残念だけど神との契約者が二人以上いないとこの方は起こせないんだ。そういう術がかけてあるから…一人は天候の守護神と契約している僕でいいけどもう一人は…」
窓から天月たちの様子が見ていたのか空は悲しげな表情をする。
「っ…琅さんに言われて来たんだけど俺より琅さんだったか…待ってて!今、琅さん呼んでくる!」
悠希は空の言葉を聞いて慌てたように琅のもとへ向かおうと走り出す。
「ちょっと待って!」
そんな悠希を静止しようと空は声をあげ、悠希はその声に応じるかのように立ち止まって空へと目を向けるが急いでいるのか何処かそわそわしている。
「…ねぇ。悠希くん。この部屋の扉、僕閉めたと思っていたんだけどもしかして少し開いてた?」
空は真剣な眼差しで悠希を見つめ、問いかける。
「いや。ちゃんと閉まってたよ」
飛び込むように入ってきたがちゃんと扉が閉まっていたことは覚えているのか悠希は直ぐに答える。
「……なら琅さんのところに行かなくて大丈夫」
空は少し考えたあと、呟いた。
「大丈夫って…早くしないと天月さんがっ…」
悠希は止めるためとはいえ天月を傷つけたことを後悔し、必死になって空へと訴える。
「この部屋の扉は契約者じゃないと開けられないんだ!」
空はそんな悠希に向かって声をあげる。
「え…」
悠希は空の言葉を聞いて驚いたように目を見開き、声を漏らす。
「そういう術が施されているんだ。契約者じゃないと…契約者同伴じゃないとこの部屋には入れない」
空はそんな悠希のことをじっと見つめ、静かな口調で言葉を続ける。
「え、いや、でも…俺、神器ってやつを見つけて神様に認められた記憶なんてないよ」
悠希は戸惑い、困惑したような表情をする。
「契約は神器を見つめなくてもできるよ。突然声が聞こえてくるんだ。契約者にならないか?って神様の声が…僕がそうだったし」
空は首を横に振ったあとで悠希に向かってそう告げ、それを聞いた悠希はそんなことあったか?と顎に手を当てて考え始めてしまう。
「考えるのはあとだよ。今は天月さんを助けるために起こさないと…さぁ。こっちに来て手をかざして?そのあと目を閉じて起きてほしいと強く願うんだ」
空は台の上で眠っている女性に向かって手をかざした。悠希はそんな空を見て考えている暇などないと女性へと近づいていき、手をかざす。それを見た空は目を閉じて起きてほしいと強く願い、悠希が空の真似をして目を閉じて願い始めると台を中心とした大きな魔方陣が床に現れた。そして魔方陣がぱりーんっという音をたてて消えると同時に台の上で眠っていた女性がゆっくりと目を開ける形で目を覚ましたのである。
「っ…天月」
そして目を覚ました女性は寝ていても状況を理解しているのか背にある翼を使い、窓から外へと出て天月の元へと向かった。
「……これで天月さんは大丈夫だよ」
手を下ろし、目を開けてそんな女性の姿を見送った空は悠希に向かってにっこりと微笑んだ。
「よかった…」
空と同じく手を下ろして目を開けて女性の姿を見送っていた悠希は空の言葉を聞いて安易し、その場に座り込んでしまう。
「……さ。次は悠希くんの手当てをしないと…月華の部屋にいこうか」
眠ってしまった月華へと近寄り、おんぶした空は悠希へと近づいていき手を差し伸べる。
「ん…」
悠希は小さく頷いたあと、その手をとって立ち上がったのだった。
一方、天月たちの元へと向かった女性は涙を流しながら何の躊躇いもなく血塗れの天月を掴んで琅の上から下ろし、ぎゅっと天月のことを抱き締めていた。
「……すまない。俺が月華の頼みを聞いて城を離れていなければこんなことにはならなかった」
天月にピアスをさせてからきちんとお座りをしているルは申し訳なさそうな表情をして女性のことを見つめ、女性は琅の言葉を聞いて琅のせいではないと大きく首を横に振り、更に強い力で天月のことを抱き締める。
「…いつもなら直ぐに癒すのに癒さないのは抵抗があるからか?」
琅はじっと女性のことを見つめ、問いかける。
「っ…天月に嫌われたくないのです」
女性はビクッと体をびくつかせたあと、控えめな口調で答えながら涙で濡れている目を伏せる。
「気にしているんだな。天月に言われたことを…でもあれは嫌っていたから言ったんじゃない。惚れている女だから自分のせいで倒れる姿を見たくなくて言った言葉だ。嫌っているから言ったんじゃない」
琅はそんな女性の頭を爪で傷つけないように注意しながら撫でる。
「だから頼む。致命的なものだけで構わないから天月が負った傷を直してやってくれ。このままだと天月が死んでしまう…致命的なものだけだったら復帰も早くて少しでも早く天月と話せるだろ?それに天月の看病もできる」
琅の言葉を聞いて大きく目を見開き。琅を見つめる女性。そんな女性に向かって琅は言葉を続ける。
「…わかった。私、やるのです」
女性は琅に向かって返事をするとゆっくりと目を閉じた。女性の返事を聞いた琅は女性の頭から手を離し、天月たちから目を背けるように背を向けた。目を閉じた直後、女性の背中にあった翼は輝いて大きくなり女性はその翼で天月を包み込んだ。すると天月が受けた傷は瞬く間に癒え、女性がそんな天月に生気を分け与えるかのように口付けると天月の顔色もよくなった。
「これで大丈夫…あとは、よろしくなのです…」
そんな天月の姿を目を開けて確信した女性は唇を離し、琅に向かってそう言うとゆっくりと目を閉じる形で意識を失い、天月を抱き締めたまま倒れてしまう。
「……致命傷だけでいいって言ったのに全部直すのか。あの方らしい」
その言葉を聞いて天月たちへと目を向けた琅は、傷一つない天月を見て小さく呟いた。
「まあいい。同じ部屋に寝かせておいてやるから起きたらちゃんと話せよ」
琅は優しい手つきで二人の頭を撫でる。
「…問題なのは誰があの方の体を拭いて着替えさせるかなんだが…クマ吉はどうすればいいと思う?」
琅が頭を撫でるてを止めてある方向へと目を向けると樹の陰に隠れ、こちらの様子を気にしているクマ吉がいた。クマ吉は琅の問いかけを聞くなりのそのそと琅へと近づいていき、そして両手で抱えるようにして持っていた服一式を琅へと差し出す。
「さすがクマ吉。気がきくな。この姿じゃ受け取れないから地面の置いてくれるか?」
琅は差し出された服を見て嬉しそうにし、熊地…は琅の指示に従うように服を地面に置いた。
「それで?どうすればいいだろうか?リーズはその…ルシュフに血を与える筈、だから動けないだろうし…」
琅は貸すかに頬を赤く染める。そんな琅に向かってクマ吉は何かを訴えるように体を動かす。
「え…今から手先が器用な仲間を厳選して何人か連れてくるから安心しろって…?それなら頼む。女の裸なんて見てられん」
琅は恥ずかしそうな顔をしてクマ吉から目を背ける。
「…さて」
琅の言葉を聞いて直ぐに森の中へと消えるクマ吉。そんなクマ吉を横目で見送った琅は直ぐに人の姿になり、クマ吉が持ってきた服を着た。そしてそのあと、両肩に天月と女性を担いで尻尾を揺らしながら城へと向かったのだった。
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