第17話
悠希と清香が外に出るために奮闘している頃、城の外ではルシュフ、天月、リースの三人が吸血鬼と戦闘を繰り広げいていた。報復に来た吸血鬼は五十人ほどで三人にたいして多かったが、半数以上に吸血鬼は事前に天月が地面に描いておいた魔方陣を踏み、身動きが取れない状態になっていて戦闘はルシュフ主体で行われていた。
「ルシュフ!避けてよ!」
天月が描いた魔方陣の中にいることによって守られているリースは魔法の詠唱を終えるとルシュフに向かって叫んだ。その声を聞いてルシュフはスッと姿を消し、天月は魔法の暴発を防ぐために魔方陣の効力を消し、しゃがみこんで次にリースが入る魔方陣を描き始める。そして魔法が発動するとルシュフが一人で一変に相手をしていた五人の吸血鬼がいる場所で派手な爆発が置き、魔法というものを知らない吸血鬼たちはその爆発をもろに食らってしまい、そんな吸血鬼の隙をつくかのようにルシュフはまだ爆発が収まっていないのにも関わらず姿を現して突っ込み、これ以上動けないよう持っていた剣で致命的なダメージを与えていく。
「……爆発が収まってないのに突っ込むなんて私の前で格好つけたいのかしら?危ないわね。あいつが動けなくなったらこっちが負けるっていうのに」
リースはそんなルシュフの姿を見て文句をいいながらも格好いいと思ってのか微かに頬を赤く染める。
「素直に心配すればいいのに」
魔方陣を描き終えて立ち上がった天月はリースを見てボソッと呟く。
「何か言った?」
リースは天月が描いた魔方陣の中に入りながら、軽く睨み付けるように天月を見つめる。
「いや。なんでも…それよりももう少し魔法の出力を抑えてね。動物たちはあらかじめ避難させといたけど森が滅茶苦茶になったらあとで琅に怒られるよ」
天月は爆発の影響で燃えている樹や草花を見て呟く。
「うっ…気を付けるわ。琅の説教って長いんだもの」
リースは昔、琅に説教されたことがあるのかその時ことを思い出し、げんなりする。
「……そっちに行ったよ。天月」
爆発に巻き込まれた吸血鬼を動けなくしたあと、動ける吸血鬼の相手をしていたルシュフは吸血鬼が一人、天月たちの元へ向かったことに気がついて声をかけ、その声を聞いた天月は素早い動きでリースのために描いた魔方陣の中へと入り、天月を襲おうとしていた吸血鬼は魔方陣によって発生している目には見えない壁に阻まれ、襲うことが出来なかった。
「……話をしている暇はないだろう?ちゃんとやってくれ」
相手をしていた吸血鬼を動けなくしてから素早い動きで天月たちの元へと移動し、先程天月を襲おうとしていた吸血鬼を剣で突く形で魔方陣から離したルシュフは、魔方陣の中で密着しているリースとあ暑きの姿を見て何処と無く刺々しい口調でそう言った。
「あんたに言われなくたってちゃんとやるわよ!」
リースはその口調にムッとし、叫んだ。そしてそのすぐ後に簡単な魔法の詠唱をして尖った氷を無数に出し、ルシュフを襲おうとしていた吸血鬼に向かって放つ。氷は魔方陣によってできていた見えない壁をすり抜けて吸血鬼へと真っ直ぐ向かっていき、その氷を受けた吸血鬼はルシュフとの戦いで血を流しすぎたのか地に伏し、動けなくなってしまう。
「…あんたこそ文句言う前にちゃんと敵を見ときなさいよ!」
リースは微かに赤くなった顔色で睨み付けるようにルシュフのことを見つめる。
「……はいはい」
ルシュフはそんなリースを見てクスクスと笑いながら返事をしたあと、素早い動きで残りの吸血鬼を片付けていく。
「なっ…やられてる」
あらかた片付いた頃、少し離れた樹の陰から動けずにいる吸血鬼たちの姿を見たササは軽く目を見開き、呟いた。
「それはそうでしょ?上層部の強そうな同族は此処に来ることを嫌がって戦闘に素人同然な若い同族しか連れてきてないのだから…ササが負けた相手に勝てるわけないわ」
そんなササの隣にいて興味無さそうにしていたライラはササをバカにしたように見つめる。
「あのときは油断しただけだ!…てか化物が出るっていう噂を信じてこないなんて腰抜けだよね。上のやつら…僕は噂なんて信じない。どんな手段を使ってでも目を潰された恨みを晴らし、餌を持ち帰って王からの信用を回復させる」
ササはルシュフに対して憎悪しながら自分の目を手で覆ったあと、残酷な笑みを浮かべた表情をして目から手を離す。
「……そう考えているのなら感情を表に出さないように努めることだ。殺気がだだ漏れ居場所がわかってしまうよ」
そんなササの背後からそういった声が聞こえてきてササとライラが驚いたように振り返るとそこにはにっこりと微笑んでいるルシュフが気配なくたっていた。
「っ…いつのまに」
ササはルシュフのことを凄い形相で見つめる。
「殺気を感じたから来て見ただけだけど」
ルシュフはにっこりと微笑んだまま素直に答える。
「そうか…それはそれで一人ずつ始末できるから好都合…行くよ!ライラ」
ササは被っていたシルクハットを取って剣の形状にし、吸血鬼特有の速さでルシュフへと斬りかかっていき、ライラは腰に下げていた剣を鞘から抜いてルシュフへとササに負けない速さで向かっていく。そんな二人にルシュフの吸血鬼特有の速さを使い対処し始めるがそ表情はとても余裕そうに見えた。
「……やはり速さ頼みか」
たまに掠り傷程度のダメージは受けるもののすぐに回復してしまうため、余裕そうな表情をしてササとライラが動けなくなる程のダメージを与えたルシュフはつまらなそうに呟き、地面に伏しているササたちを見つめた。
「くそっ…でかい図体してるから二人がかりなら行けると思ったのになんでっ!」
起き上がろうとしても起き上がることが出来ないササは睨み付けるようにルシュフのことを見つめながら悔しそうに呟いた。
「君たち、人間には速さだけで充分だと思ってろくに剣の稽古とかしてないだろ。隙が多すぎだ。それでは私には勝てない。それに吸血鬼は自ら生き血を吸った時点で成人し、肉体の成長も止まるけどそれは強さに比例しないよ。これでも千年以上生きている」
ルシュフは睨み付けられていても時に気にかける様子もなく持っていた剣を鞘に納める。
「せ、千年!王よりも年上なのかよ!」
ササはルシュフの言葉を聞いて大きく目を見開き、驚いたように声をあげる。
「それだけじゃない。あたしたちより八百歳以上も年上よ!」
ライラは大きく見開いた目でルシュフのことを見つめる。
「…ってことは今二百才くらいか。若いな…きっとあの噂を嘘だと思って此処に来たのだろうけど本当だよ。化物ならいる。それに化物がいるっていう噂が嘘だったとしても此処には私よりも強い者が何人もいる。君たちに勝ち目はない。わかったのなら大人しく…」
「仲間を引き連れて帰ろって?冗談じゃない!王の信用を失墜させたまま帰るなら此処で死んだ方がましだ!セルウス!こいつを足止めしていろ!」
ルシュフの言葉を遮り、空に向かって叫ぶと目に光がないライトが音もなく現れ、手にしていたナイフでルシュフへと襲いかかる。ルシュフは剣を抜いてナイフを受け止めるが、ライトの肉体は目で見てわかるくらい強化されていて素早く力強いため、ライトからの攻撃を剣で受け流すかかわすかしかできず防戦一方となってしまう。
「え……ササ。セルウスはまだ調整中だからあの餌への見せしめにするだけだって言ってたのに今使うの?」
ライラはライトのことを見てからササへと目を向ける。
「なりふりかまってはいられないんだよ」
ササは懐から液体の入った小瓶を取り出した。
「っ…それは…駄目だよ!ササ!」
ライラは小瓶を見て焦ったように叫んだ。
「ぐあぁぁぁぁっ!」
だがライラの静止を聞かずにササが小瓶の中身を一気に飲み干すとササは雄叫びのような声を上げ、肉体はミシミシという音をたてながらライト同様、目で見てわかるくらい強化されていった。
「…やめっ」
そしてササは液体を飲んだ影響で自我というものを失い、光を失った目で近くにいたライラに覆い被さりライラに残っていた血を飲み始めた。ライラは抵抗しようとするがルシュフとの戦闘のせいで体に力が入らないのかされるがまま血を飲まれ、気を失ってしまう。ライラの体が干からびるまで血を貪ったササは自我を失ってもルシュフに対する憎しみは残っているのかライトと対峙しているルシュフへと真っ直ぐ向かっていく。
「……殺すのは好きじゃないがやらなければこちらがやられるな。仕方がない。やるか」
ルシュフは集中して二人からの攻撃をかわしたり受け流したりしていたが肉体が強化され、自我を失ったことで恐れという気持ちがなくなった二人を相手にするのは厳しいと感じたのか小さく呟いた。そして次の瞬間、剣で突くのではなく再生が追い付かないくらいの剣捌きでササの体を斬り刻んだのである。声をあげることなく絶命するササと返り血を浴びながらもそんなササを見ることなく次はライトの番だとルシュフは剣を構え、ライトを見据えるが疲れているのかとても荒々しい息づかいをしている。
「やめてっ!」
疲れなど知ったことかとルシュフがライトをササと同様に捌こうとした時、ルシュフとライトの間に清香が割り込んできた。
「っ…危険だ!早くここからはなれ…」
「離れない!」
清香の姿を見るなり動きを止め、焦ったように忠告するルシュフ。だが清香は拒絶の言葉を口にし、その場から動こうとはしなかった。
「……少し姿変わっちゃったけどライトはライトだもん!殺しちゃ、やだよ…」
清香は両手を大きく広げ、大粒の涙を流しながら訴える。
「……そうだね。殺さない道を考えよう」
清香の出現で一瞬、狼狽えてみせたライトだったが清香の血を戴こうと直ぐに清香へと手を伸ばした。だがそう言った声と共にそんなライトから間一髪のところで救ったのは清香と共に来ていた悠希で、悠希は清香のことを担ぎ上げてライトから離れた場所へと移動し、清香を下ろす。
「殺さない道を考える、か…どうやって?彼は明らかに正気を失っているよね?殺してあげた方が楽だと思うけど」
城から出てきた悠希と清香の姿を見逃さず、追ってきていた天月はそんな悠希を真剣な眼差しで見つめ、問いかける。
「わからない…でも道はあるはず」
悠希は真剣な顔つきで天月のことを見つめ返す。
「……話にならない」
天月はため息をついたあと、折り畳みナイフをポケットから取り出しながらルシュフとの戦闘を再開したライトへと近づいていく。
「手、なら…あるわ」
そんな時、意識を失っていたはずのライラの声が微かに聞こえてきて天月は立ち止まり、ライラへと目を向ける。
「ササと同じ、薬を飲ませて肉体強化と自我を破壊されたけど…あの子は、言うことを聞くように薬を調整して、与えていたの…だから完全に自我破壊はされていない…ど、にかすればもとに戻せるかも…」
ライラは今にも死にそうなか細い声で弱々しく言葉を続ける。
「なんで…教えてくれるの…?敵なんじゃないの…?」
清香はポロポロと涙を長し、ライラのことを見つめる。
「なんで、だろう…?無愛想な子だったけど…薬を飲まされたことで喋らずにイエスマンになったあの子を見て。寂しいと思ったから、かな…?わからない…あの子の悲鳴は好きだったのは確かなんだけど…」
ライラはそこまでいうと再び意識を失ってしまう。
「っ…そう思うなら…破壊なんてしないでよっ!」
清香は叫びながらその場に泣き崩れ、天月と共に来ていたリースはそんな清香の背中を撫でてあげる。
「まさかだと思うけど変なこと考えたりしていないよね?」
ライラの言葉を聞いて再び動く出した天月。ライトの相手をしていてもライラの言葉を聞き、そんな天月に気がついたルシュフは天月に向かって問いかける。
「……そのまさかだよ。試しにやってみようかと思ったんだけどあの吸血鬼の言葉を聞いて元に戻せると確信した。これそこの吸血鬼に飲ませておいて」
天月はポケットから赤色の錠剤が入った小瓶を取り出し、ルシュフへと差し出す。
「っ…それは駄目だよ。血を飲んだら天月は」
「あの方がこんな風になったら…と思うと耐えられないんだ!」
矛先が天月に向かないようにライトの相手をしながら、ルシュフがチラチラと天月へと目を向け、そこまで言いかけると天月は辛そうな表情をして叫んだ。
「……吸血鬼たちを弱らせて僕が名乗れば終わるはずだったのに…そこの彼が死んでもなんとも思わないはずなのに…さっき悠希に言われたことが…大切な人が危険な目にあっていたらっていうのが頭に残って離れないんだ!あの方がこんな風になってしまったらと思うと耐えられない…それにきっと大丈夫だよ。血を飲んでも大丈夫」
天月はどこか決意した表情でじっとルシュフのことを見つめる。
「……わかった」
ルシュフはそんな天月を見て渋々返事をし、ライトの身動きを封じるように羽交い締めにしながら天月が差し出していた小瓶を受け取った。
「ありがとう…」
天月は自分の腕をナイフで斬り、そこから流れ落ちる血をライトの口に流し込んだ。血を流し込まれてライトを咳き込みながらも喉を鳴らしながら飲み、大人しくなる。
「……もし大丈夫じゃなかったら琅に僕を殺してって伝えてね」
天月は自信が無くなったのかルシュフにそれだけ言うとナイフを折り畳んでポケットにしまいながら一息つき、大人しくなったライトの手を取ってその手に自分の八重歯を突き立てて血を吸った。するとライトの肉体は薬で強化する前に戻り、意識を失って羽交い締めにしているルシュフへと身を預ける。
「ライトっ!」
「来るな!」
そんなライトを見て立ち上がり、涙目で駆け寄ろうとする清香だったがルシュフの気迫溢れる静止の声に体を魚籠つかせ、立ち止まってしまう。
「……若者よ。この薬をあそこで死にかけている吸血鬼に飲ませてあげて」
ルシュフはライトを抱え、天月を警戒しながら離れるように後退り、先程天月から受け取った小瓶を悠希に向かって投げつけた。
「え、あ…うん」
悠希は小瓶をキャッチしてライラへと近寄り、錠剤を飲ませるとライラの肉体はみるみるうちに元へと戻る。
「っ…これって」
そんなライラの姿を見た悠希は驚いたように目を見開く。
「血を凝縮させたものだよ。自力で血を飲むことができない者のために作られた代物だ。彼女次第だがこれで大丈夫。問題なのは…」
ルシュフか警戒するように天月を見据えると天月の体から黒い靄のようなものが溢れ出ていた。
「やっぱりこうなるのか…皆!今すぐにげっ…」
黒い靄のようなものが溢れ出ているのを見てルシュフは此処にいる全ての人に向かって焦ったように逃げるよう指示を出そうとしたが天月から目を離したのが悪かったのかルシュフの体は一瞬にして真っ二つに斬り裂かれ、その場に伏した。その際、間一髪のところでルシュフはライトのことを投げ捨てたのでライトに被害はない。
「え、ルシュフさん!」
悠希は真っ二つになったルシュフを見て大きく目を見開いた。
「逃がしたら血が吸えねえだろうが」
ルシュフを真っ二つにしたのは天月で天月は眼鏡とマントを投げ捨て、緑色の冷たい眼差しでルシュフの頭を踏みつけながら不機嫌そうに呟いた。天月の姿は大きく変貌しており目の白い部分は黒く変化し、背中には骨のような翼が…お尻には悪魔のような尻尾が生え、肉体は異形のものへと変化し、化物と呼ぶに相応しかった。
「は、やく…遠くへ…」
ルシュフは体を真っ二つにされ、頭を踏みつけられても皆のことを心配して弱々しく呟いた。だが天月の変貌ぶりに皆恐怖してしまい、体がすくんで動けずにいる。
「うるせぇなぁ!死ねよ!」
天月はそんなルシュフに苛立ち、触手と化した左手を尖らせ、ルシュフの命を奪おうと心臓に突き立てようとした。
「っ…邪魔をするな。人間」
だが突き刺さる直前、悠希は尖った触手を斬り刻んだあと天月を狙ってr剣を振るった。天月は剣を避けようと後ろへ飛び退き、忌々しそうに悠希のことを見つめる。
「……リースさん。ルシュフさんを魔法で回復させてください」
悠希はルシュフを庇うようにしてたち、剣を両手で持って構えながら鋭い目付きで警戒するように天月のことを見つめる。その声に反応するようにリースは涙目でルシュフへと駆け寄っていく。
「人間ごときが俺の邪魔をするのか。いいだろう。相手をしてやる」
天月はとても冷たい眼差して悠希を見つめ、元に戻りうねうねと動いている触手を枝分かれにし、その触手を伸ばして悠希のことを襲ったのである。悠希は後ろにルシュフたちがいるのだ。守らなければと集中し、触手を斬り刻んでいく。
「……私の回復はいい」
ルシュフの横に膝をつき、大粒の涙を溢しながら回復魔法を使おうとするリース。そんなリースを静止しようと利主婦は弱々しく声をあげる。
「っ…何言ってるの!回復しないとあんた、死んじゃうじゃない!」
リースは涙目で睨み付けるようにルシュフのことを見つめる。
「あと一撃貰えば死ぬだろうけど体は徐々に回復へと向かっている。それよりもその魔力で彼のサポートをしてあげて」
ルシュフは悠希へと視線を送る。
「悠希、に…?」
リースが悠希へと目を向けると天月がいちいち描かなくても自動的に悠希の足元に魔方陣が描かれ、発動する魔術を避けながらも皆を守ろうと触手へと立ち向かっていくが速さが違うために悠希は防戦一方になっていてキツそうに見えた。
「…私の血をあんたが吸って悠希の代わりに戦えばいいじゃない!空に聞いたわ!悠希はあんたに負けたんでしょう?悠希より強いならあんたが天月と戦えばいい!」
リースはルシュフへと目を戻し、服をはだけさせて首筋をあらわにさせる。
「……そうか。剣を扱っていないからわからなかったか…剣術でなら彼の方が勝っているよ。彼が本気だったのは私の不意打ちを防いだときの一撃だけであとは私にあわせて手合わせをしてくれていたんだ。だから一本取れた…彼が本気だったら私は勝てなかった。天月に対しても技術は勝っている。だからあれだけ立ち回れる。でも速さで吸血鬼には…特に今の天月には勝てない。だから魔法で彼のサポートをしてあげてほしい。頼む」
ルシュフは真剣な眼差しでリースを見つめ、弱々しく呟いた。
「……わかったわ!やってやるわよ!」
リースは目を服の袖で乱暴に拭いたあと、勢いよく立ち上がって悠希へと目を向けた。そして悠希へと手を伸ばし、詠唱を始めると悠希がうっすらとした青いオーラに包まれる。
「っ…わっ」
リースが悠希にかけた魔法は速く動けるようになる魔法で悠希はそんな魔法をかけられたことで勢い余って近くに樹に体を打ち付けてしまう。
「ちょっ!あれで大丈夫なの!」
そんな悠希の姿を見てリースは不安になり、焦ったようにルシュフへと目を向ける。
「……慣れるまで時間がかかりそうだね。そうだ。今のうちに琅を呼ぼう。まだ寝ているかもしれない月華を起こすのは忍びないが一人より二人だ」
早々に立ち上がり、速くなった動きで不馴れではあるが天月からの攻撃を再び防ぎ始める悠希。そんな悠希の姿を見たルシュフはリースへと視線を向ける。
「……そこの子。すまないが月華の元へ行ってお父さんを呼んでくれと伝えてくれないか?」
そしてそのあと直ぐにルシュフはライトへと近寄って頭を抱えるように抱き締め、泣いている清香へと目を向ける。
「わ、たし…?」
清香は月華を傷つけ、鳥に襲われた恐怖心があるのかビクッと体を震わせてぎゅっとライトの頭を抱える手に力を込める。
「彼が心配なのはわかるよ。でもリースは今、彼のサポートで忙しくて君しか動ける者がいないんだ」
月華とのことを知らないルシュフはそんな清香を見て呟いた。
「…わかり、ました…」
清香は辺りを見渡し、自分しかいないのだと決心して涙目で頷き、優しい手つきでライトを寝かせたあとに立ち上がり、城に向かって走り出す。
「……あいつを呼びに行くのか。厄介な…先にあの小娘を始末するとしよう」
天月は悠希に攻撃をし続けながらもルシュフの言葉に反応し、清香へと目を向ける。そしてそのあと直ぐに飛び上がって悠希に邪魔をされない上空から清香に向かって触手と魔術を繰り出し始めたのである。
「させるかよっ!」
ちらっと天月を見て怯え、時々転びそうになりながらもなんとか魔術を避けて城へと向かって走り続ける清香。リースに空を飛び魔法をかけて貰い、黄緑色のオーラも身に纏った悠希はリースに飛べと言われたため初めて空を飛んだ。初めてということで悠希の飛び方はとてもぎこちないものだったが、それでも悠希は清香のことを守ろうと天月と清香の間に割って入り、声をあげながら触手を剣で捌いていく。
「っ…」
城に戻る途中、魔方陣に拘束されたりルシュフとの戦闘で動けないでいる吸血鬼たちに清香は遭遇し、恐怖のあまり体をびくつかせて立ち止まってしまう。だが吸血鬼たちは清香がすぐ側にいるにも関わらず、匂いで清香に反応することなく化物の噂は本当だったのだと上空にいる天月を凝視している。そんな吸血鬼たちを見て清香はぎゅっと目を閉じたあと、意を決したように目を開けて全力疾走で吸血鬼たちの間を駆け抜け、城へと向かっていく。
「どこ…?どこにいるの!」
そして城の中へと無事に入れた清香は月華の部屋がわからないため、視界に入った扉を片っ端から開けて中を確認し始めた。
「……どうして?どうして此処にいるの?天月が魔術をかけたから部屋からは出られないはずなのに」
此処でもないと清香がいくつ目かの部屋の扉を閉めた時、そういった声が清香の耳に届いてきて清香はその声に反応するかのように勢いよく振り返った。振り返った先には空がたっていて空は困惑したように清香のことを見つめている。
「花…あの子と同じ…?っ…お願いがあるの!私を月華ちゃんのところに連れていって!」
清香は空の頭に咲いている杜若の花を見て大きく目を見開いたあと、空の問いかけに答えることなくすぐに目を細めて空へと詰めより、両肩を掴んだ。
「月華のところって…君、また月華に何かするつもりなの?もしそうなら連れては行けない。幼い花族は…特に月下美人を持つ花族はとてもデリケートなんだ。傷つけられて花が咲かなかったらたまったもんじゃない」
空は清香の言葉を聞いて鋭い目付きになり、その目で清香のことを見つめる。
「っ…傷つけたことは謝るわ。だからお願い。私を月華ちゃんのところに連れていって!月華ちゃんにお父さんを呼んでもらわないと大変なの!」
清香は皆のことを心配し、涙目で空のことを見つめる。
「……琅さんを呼ばないと大変って何かあったの?」
空は涙目の清香を見て普通の目付きで清香のことを見つめ、首を傾げる。
「天月さんって人が血を飲んでっ…」
「血をっ!それ早く言ってほしかった!話してる暇なんてない。案内するから着いてきて!」
血を飲んで天月が化物になったと清香が言いかけた時、天月が血を飲んだと言われた時点で何が起きたのか瞬時に理解した空は焦ったように直ぐ様駆け出し、そのあとを清香は着いていく。
「…月華。起きてる?」
月華の部屋の前に着いた空が声をかけ、ノックしながら扉を開けるとそこは可愛らしいぬいぐるみや家具などが置いてあり、まさに女の子の部屋と呼ぶに相応しい場所で月華はそんな部屋の中にある少し大きめなベッドの上で気持ち良さそうに眠っていた。
「起きてないか…成長の妨げになる恐れがあるから本当だったら起こしたくないんだけど仕方がない…緊急事態だ。月華。起きて。月華」
空は月華へと近づいていき、声をかけながら月華の体を揺さぶった。
「ん…なぁに…?」
体を揺さぶられて月華は目を覚まし、眠たそうに目を擦りながらゆっくりと上体を起こした。
「起こしちゃってごめんね。琅さんに用があるから呼んでほしいんだ」
空はそんな月華の頭に手を乗せ、優しい手つきで撫でながら不安がるといけないので詳細は伝えずに頼み込んだ。
「お父さんを…?うん。いい…っ」
月華あ頭を撫でられて気持ち良さそうにし、承諾しようとしたが清香の姿を目にした瞬間、化物扱いされた時のことを思い出し、固まってしまう。
「ごめんね。ごめんなさい…心ない言葉で貴女を傷つけて…今すぐって訳にはいかないけど貴女の心の傷が癒えるというのなら私、なんでもする。だから尾根が。貴女のお父さんを呼んでほしいの…じゃないと…じゃないとっ…」
清香は月華に向かって頭を深々と下げで謝罪するが残してきたライトのことが心配なのかポロポロと大粒の涙を溢し始める。
「……お父さーん!」
そんな清香の姿を見て月華は無言で飛び降りるようにベッドから降り、窓へと近寄った。そして窓を開けるなり大きな声で叫んだのである。木霊する月華の声。だがその直後、月華の横を通りすぎ、投げ込まれるような形で窓から入ってきたのは悠希でリースにかけられた魔法が解け、その瞬間に出来た隙を天月につかれてしまい、悠希の体は擦り傷だらけだった。
「っ…悠希くん!」
悲しませたくないという理由から空は傷だらけの悠希が月華の視界に入らないよう、月華を自分の背に隠しながら心配そうに悠希の名を呼んだ。
「手間をかけさせるな。人間」
未だに宙に浮き、窓から少し離れた場所から不機嫌そうに悠希を見つめる天月。その声を聞いた空は天月の姿が月華の視界に入らないよう更に自分の背に隠しながら警戒するように天月のことを見つめる。
「血が無駄になるかもしれないが此処で貴様らを始末してしまおう」
天月は人差し指を噛んだあと、手を前に出してそこから流れる血を使い空中に魔方陣を描き始めた。魔方陣は描き始めた直後空光っていてそれを見た悠希は描き終えたと同時に発動するのでは?と思い、皆を守るべく阻止しようと立ち上がり、窓へと向かったがここは三階で天月は少し離れた場所にいるので悠希が剣を持つ手を伸ばしても届かない。
「っ!」
魔方陣が出来上がる寸前、大きく黒い狼が天月へと飛びかかってきた。天月は気づくのに一瞬遅れたため狼に飛びかかられるまま落下し、地面に体を打ち付ける。
「……受けとれ。小僧」
狼は天月の体に乗り、身動きを封じながら尻尾に絡ませるように所持していたボールを器用に悠希へと投げる。
「え、あ…」
悠希は狼が喋ったことに驚きを隠せないでいるものの投げられたボールを窓から少し身を乗り出す形でキャッチする。
「これ…あの子のボールだ…ってことはあれが月華ちゃんのお父さん…?」
悠希はボールを確認したあと、まじまじと狼のことを見つめる。
「うん。あの人は月華のお父さんで名前は琅さんっていうんだ」
空は危ないから窓には近づかないよう月華に念を押してから部屋にあった救急箱を探し出して持ち、悠希へと近づいていった。そして天月の動きを封じている狼…琅を見てそういいながら悠希が負った傷の手当てをし始める。
「琅…あっ!」
悠希は琅を見つめ、声をあげる。琅の視界に入らない場所に天月が魔方陣を出現させ始めているのを目撃したからだ。
「ちょっと俺、琅さんのところに行って危機を伝えてくる!手当てありがと!これよろしく!」
悠希はその事を伝えようと手当てが途中なのにも関わらず、押し付けるようにボールを空に渡し、全力疾走で部屋から出ていってしまった。
「え、あ…琅さん凄く耳がいいからここでの会話が例え小声でも琅さんには丸聞こえになる。天月さんに気づかれずに知らせられるのに…」
そんな悠希の姿を呆然とした表情で見送ったあと、空は天月たちへと目を向けた。すると琅は危機という悠希の言葉を聞き逃さなかったのか天月の左肩に牙を突き立てていて天月は声をあげることはなかったものの痛みに表情を歪め、集中力が途切れたのか魔方陣は作成途中で消えてしまう。
「月華…お姉ちゃんのお部屋に行ってよっか」
それを見届けたあと、空は月華へと目を向ける。
「え!いいの!行く!お姉ちゃんのお部屋行く!」
月華は空の言葉を聞いて目を輝かせ、空の腕に抱きつく。
「君も行こう?ここの場所は知られてるし、今から行く場所はこの城で一番安全な場所なんだ」
空は清香へと目を向け、問いかける。
「……私は」
清香は考える素振りをみせたあと、空の問いかけに答えようと口を開いたのだった。
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