第9話

あの日のキスも、触れ合いも、まるで夢みたいだった。

熱が下がってからというもの、坂本はたとえ寮でシャワーを浴びたばかりでも、俺を見るとすぐに上着を羽織るようになった。

まったく、以前は平気で上半身裸で寝てたくせに、急にそんなことされると、まるで俺が彼に何か企んでるみたいじゃないか。

考えれば考えるほど腹が立ってきて、授業のチャイムが鳴ると同時に、ペンをバケツに放り投げ、コートを羽織って学校を飛び出した。

幼い頃から弟のように育ててきた兄弟に告白されるなんて、まったく想像もしていなかった。

誰かに相談したかった。今までは坂本に相談していたけど、今は……問題の本人だし、理紗に相談するしかなかった。

「坂本、あんたのこと好きなの?」

理紗は飲み物を思わず吹き出し、信じられないような目で俺を見た。

俺は頷いてため息をついた。やっぱり、誰が聞いても信じられない話だし、彼女がすぐには受け入れられないのも無理はない。

理紗は口を開けたまま、呆れたような目で俺を見つめて言った。

「今さら気づいたの?」

え?今さらって何?

頭が一瞬ついていけなかったが、理紗の哀れみのこもった目を見て、話の流れからようやく理解した。

坂本があんたのこと好きって、今さら気づいたの?

「彼が俺のこと好きだって知ってたの?」

俺は椅子からパッと立ち上がった。

理紗は頷き、残念そうに言った。

「あの紙切れ渡された時、坂本はあんたが好きだと思い込んでて、放課後の自習の後、わざわざ話しかけてきたんだよ。

“彼はあんたが好き”って。でもあんたはまだ気づいてなくて、はぁ、私はてっきり両思いで、受験終わったら付き合えると思って密かに応援してたんだけど。

まさかあんた、こんなに気づくの遅いなんて、坂本が可哀想だよね。」

その言葉に頭が真っ白になった。学校に帰る道すがら、理紗の言葉がずっと頭の中で響いていた。

「ずっと一緒に育ってきたのに、彼の何かがおかしいって気づかなかったの?」

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