第2話

ドアが少しだけ開いた。坂本がもう一歩踏み出して、ちょっとでも顔を下げたら……俺の、行き場のない長い脚が、バッチリ見えてしまうはずだった。

心臓が、まるで手綱を断ち切った野生馬みたいに暴れまくってる。

……と、そのまさに危機一髪のタイミングで、坂本のスマホが鳴った。

あっ……いや、ナイスタイミング……?

「もしもし……うん……わかった」

開いていたドアは「バタン!」と閉じられ、俺の心臓は完全にリズムを失って、胸の中でドコドコ暴れ出した。

外では紙を取る音と、上着を着る気配。続けて、玄関のドアが開く音がした。

俺は深く深く息を吸い込んで、しばらくそのままトイレで蹲って、やっと感覚が戻った足で立ち上がった。

そ〜っとドアの隙間から外を覗いて、誰もいないのを確認してホッとする。

……って、は!? パンツ持ってかれてんじゃん!! 変態かよあいつ!! あれ、めっちゃ高かったんだからな!? 500円もしたんだぞ!?(俺的に超高級品)

俺、坂本に別に恨まれるようなことしたっけ……うん、まぁ……ちょっとくらいは、あるかもしれない……けどさ!? 一番ひどいのでも、せいぜい坂本の噂をちょっと流したくらいだし!

まさかアイツ……俺のこと狙ってた!? ちょ、マジで勘弁してくれよ!!!

俺と坂本は、隣の家同士で、小学校、中学校、高校、そして大学まで、ずーっと同じ学校。

どんな因縁だよこれ。マジで呪いか?

この野郎、小さい頃から俺にとっては天敵だったんだぞ!

小学生のとき、俺は友達と外で「如来神掌」とかいう必殺技ごっこにハマってて、坂本は先生と一緒に大会に出てた。

夜、家に帰ると、俺の母ちゃんに耳引っ張られて怒られた。

「あんたも坂本くんを見習って! 少しは親孝行してよ!」

次の日の朝、登校中に坂本とすれ違った。そしたらあの野郎、口を手で隠しながら「ぷっ」と笑ってさ——

「如来神掌、どうだった?」

ぐおおおおおおお!!! 坂本ォ!!! 命をもらうぞ!!!

アイツが遠くに歩き去る背中を見て、俺はランドセルを背負ったまま猛ダッシュして、アイツの新品の制服ズボンを思いっきりキックしてやった。

脳内は完全に、殺して埋める方法でいっぱいだった。

結果、俺は坂本に身長で負けてたから、壁に押し付けられてくすぐられまくった。

そのせいで学校に遅刻して、俺だけ教室の前で立たされた。

坂本? あの野郎は先生のお気に入りだからな、罰なんか受けるわけがない!

くそおおおお!!! 俺は歯を食いしばりながら、教室のドアの隙間から坂本をにらみつけた。

アイツ、気づいて、あろうことか満面の笑みで八重歯見せて笑いやがった。

その日から、俺は一つの誓いを立てたんだ。

「絶対に坂本を跪かせて、俺のこと“パパ”って呼ばせてやる!!!」

絶っっっ対にな!!!

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