vol.14 16日目裏⑥

前日、横浜暗闇坂。


「それがこの計画の概要だ」


氷室由利亜が堂院への説明を終えた。

その計画書に目を通しながら、堂院は溜め息をついていた。


「それにしても、こんな杜撰な計画でどうやって奴をあんな所へ連れてくるつもりだったんだ?」


堂院はそこに集まった由利亜の部下を見渡しながら、あきれた顔をしていた。


「こんなメンツで出来るわけないだろ、姫」


指摘された由利亜は眉をつり上げた。


「わたくしだって、死ぬ気でやれば奴をおびき出すくらい──」


「馬鹿やろう!」


堂院の怒声が飛ぶ。


「もし、お前が死んだら、ハルカは誰が守るんだ!誰が儀式で送るんだ!」


堂院が怒りの表情で由利亜をたしなめる。

由利亜は怒りに満ちていた表情が、それを聞いて青ざめていた。


「──確かに、わたくしがいなくなれば儀式も出来ぬ。わたくしが浅はかであった。すまん……」


堂院はその言葉を聞いて落ち着きを取り戻していた。


「わかったなら良い。奴をあそこまでおびき出すのは、俺がやる。試したいこともあるからな。良いな?」


堂院以外のみんなが頷いた。


「やり方は任せてもらう」


その言葉を聞いた由利亜は少し馬鹿にしたように唇を歪めて問いかけた。


「お前、昔から計画性がなかったから、今回も実は何も考えてないだろ?」


堂院が眉を上げて煩わしそうに、


「そんなわけねえだろ。ちゃんと考えてあるわ!」


そう返したが、内心では焦っていた。


(ちっ、お見通しかよ。そうだよ、何も考えてねえよ。くそっ、はあ、どうすっかな……)


堂院はそう思いながら、明日の段取りに思いをはせていた。




(結局、力技だもんな。俺も進歩ねえな)


悪魔を蹴り続けながら、空中を凄まじい早さで飛んでいた。

もちろん空など飛べる筈もないので、魄動力を使って、自分の身体を前方に吹き飛ばしているだけだが。


(もう少しだ。目立つ高層ビルだから、わかりやすくて良いや)


堂院は目的地であるビルを見つめていた。


──横浜ランドマークタワー


横浜のシンボルが、堂院の目的地だった。

この悪魔を追い払うための、重要な仕掛けが設置されている。


(なんとかあそこまで……)


そう考えたのが駄目だったのか、不意に視野が変わった。


「なっ!?馬鹿なっ!?」


(位置がずれている!)


悪魔と堂院の位置が完全に入れ替わっていた。

堂院がものすごい勢いでランドマークタワーの屋上に叩きつけられる。


轟音が辺りに鳴り響く。


屋上が同心円状にひび割れて、そこかしこにコンクリートの塊が転がっている。


そしてその中心に堂院がいた。

うつ伏せになって身体のアチコチから血が吹き出しでいた。


「グッ、ク、クソッ、ミスったな。あそこで因果をいじってくるとは」


悪魔は事も無げに屋上に降り立っていた。

そして目を擦りながら堂院に話し出した。


「全く忌々しいものです。こんな簡単な目潰しにやられるとは」


悪魔はやっとのことで目が見えるようになったようだ。

その目を堂院に向けて、いやらしい笑みを唇に張り付けていた。


「この人間の姿の時は人の身体の理にわたしも縛られてしまうのですよ。それがこの世界との契約なものですから。だからあんな目潰しにやられてしまうのです。本当に困ったものです」


そう言いながらも、そのいやらしい笑みを崩さない。


堂院はゆっくりと立ち上がった。コンバットスーツや装備には目立った傷はないが、あらゆる所から出血していた。

だがそれも、先程と同じようにみるみるうちに傷が消えていく。

そしてまた無傷に戻っていた。


「全く油断した。俺も駄目だな、惰性でてめえを蹴ってたわ。修行のしなおしだな」


堂院は空を見上げた。

もう西の端が茜色の夕焼けが残るのみで、中天のほとんどは光る星が瞬いていた。

そして、のぼった月がいつの間にか赤く染まっていた。


(打ち合わせ通りなら、そろそろだな)


堂院は瞬く星から、もたらされるものを待っていた。


高度、3万6000メートル、静止衛星軌道上にひとつの静止衛星がある。

氷室宇宙開発機構所属の探査衛星。

その名は、“天磐船あめのいわふね”。

古の神の船の名を冠されたその衛星は、静かにその時を待っていた。



富士青木ヶ原樹海──

分け入るものを迷わせることで有名な青木ヶ原樹海の地下に、東京ドームが入るような大きな空洞がある。


その空洞の中に、氷室家が龍脈を管理するための別宅がある。

だがその施設には五年前から、ある設備が建設されていた。


それは龍穴からエネルギーを取り出し、それを日本各地の龍穴に循環させて、ある設備を稼働させるものだった。


「姫、準備は全て完了しております。後は堂院がアレを屋上におびき出すのを待つのみでございます」


斑目 十三は、おのれの主人である氷室由利亜に報告をしていた。

そこは氷室家の別宅の母屋に付随する形で建てられた、能舞台であった。

その舞台の中央では赤と白の巫女のような着物を着た、由利亜がいた。


「“天磐船あめのいわふね”の用意は?」


十三は跪きながら答える。


「完了しております」


それを聞いた由利亜が指示を出す。


「映像を繋げ」


能舞台の天井近くに設置されたモニターに、空中を移動中の堂院と悪魔が映る。


由利亜は呆れた表情になる。


「なんだあの、無様な戦い方は……」


由利亜は残念そうに首を振る。


「やっぱりなにも考えてなかったようだな。全くあの男は、昔からわたくしがいなければ何も出来ないのだから。しょうがない男だ……」


呆れながらも由利亜の言葉の端々が柔らかく、以前のような刺々しさがなくなっていた。

そればかりか、出来の悪い弟を嗜めるような、馴れ馴れしさがあった。

なによりその表情からは前までの怒りを感じさせず、唇はほころんでいた。


十三は由利亜の変化に驚いていた。


(姫様があの男のことで笑顔を見せるとは……)


映像では堂院がいつの間にかランドマークタワーの屋上に叩きつけられていた。


「ど、堂院が、なんで。さっきまで攻撃していたではないか?」


屋上は激突の衝撃で破壊されていた。


「堂院は?……ええい、堂院を映せ!」


カメラがゆっくり立ち上がる堂院を捉える。

その姿はあらゆる所から出血していて、重傷を負っているように見えた。


「あ、あんなに血が、あ、あの悪魔を攻撃しなさい!早く!」


しかし堂院の傷があっという間に元通りになっていく。


「き、傷が消えていく?……そんなことが」


その姿を見て由利亜は落ち着きを取り戻していたが、その力に疑問を持っていた。

昔の堂院は確かに傷の治りは早かったが、こんな不死身めいた力はなかったからだ。


「十三、あんなに治りが早い能力など、聞いたことはあるか?」


由利亜は目の前の十三に聞いてみる

十三は少しの間考えていたが、首を振りながら答える。


「鬼の血を引くものなどで、回復が早いものはおりますが、あれ程の回復など常人では考えられませぬ。それにあやつは寿命の問題もありますゆえ、化生の類いの力かと存じます」


由利亜は表情を曇らせた。

そして三百年前と同じ姿を保っている、かっての仲間を見ていた。

その力をどんな思いで手に入れたのか由利亜は思いやっていた。


「堂院、お前はそれほどまでに……」


この三百年の年月をどんな風に思って生きてきたのか、それは余人では思い知れない、辛い道程であったろうことは想像にかたくない。

そしてそれを感じた、由利亜の頬に涙が一雫こぼれていた。


「姫様……」


十三は主の涙を驚きをもって見ていた。

なぜなら由利亜は涙を他人に見せることなどなかったからだ。


「……十三、“ほこ”の準備を」


「いつでも投下出来ます」


由利亜はモニターに映る堂院を見た。


瞬く星が散りばめられた夜の伽藍の下で、その空を見上げていた。


何かを待っているように。


「投下せよ!」


由利亜の声が舞台に響く。


モニター横に据え付けられたスピーカーから応答がある。


「投下シークエンス起動。……5、4、3、2、1、投下!」


その瞬間、“天磐船あめのいわふね”から、一本の槍の形状を持つものが地球に向かって投下された。

それは全長五メートル程の金属製の槍で、尾部が少し膨らんでいるが直径三センチメートルとかなり細く、横から見ると針のようだった。


そしてその槍は投下されてしばらくはゆっくりと落ちていたが、どんどんスピードを増してゆき、凄まじいスピードで落下してゆく。


その槍は名を、“天之瓊矛あめのぬぼこ”、と言う。


槍はまさしく堂院と悪魔のいるランドマークタワーに向かっていた。



































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