vol.13 16日目裏⑤

『鈴、鬼頭は観測できてるか?』


 堂院からイヤーモニターに通信が入った。


「観測中よ。ただ天眼通って大丈夫なの?色々、華子ちゃんにやってたけど……」


『問題ない。日常生活に支障は出ないからな』


それを聞いた鈴花は眉をひそめた。


「あなたね、もう少し他人に優しくしなさい。特に女の子に!」


鈴花が堂院の弱味を持ち出す。


「──ハルカに言うからね」


イヤモニの向こうで堂院が慌てる様子が目に見えるようで。


『な、なに言ってんだ。だ、駄目だからな。本当に駄目だからな!』


鈴花は意地悪そうな笑みを浮かべた。


「優しくする?」


『わ、わかったよ、わかりました。優しくするよ……』


鈴花は満足気に頷いた。


「良い返事ね。それよりも悪魔の現界が近いわ、気をつけてね」


『わかっている。やつが現界したら手筈通り追い込むだけだ』


鈴花は堂院の前方で、どんどん大きくなる黒く蠢く物を見ていた。


それは、もう黒点ではなく直径一メートル程の黒く表面がぶよぶよとした塊となっていた。


(華子ちゃん、本当に大丈夫かな……)


鈴花は目の前に跪いて観測中の、華子に目をやった。

先程出ていた鼻血は止まったが、ずっと誰かにしゃべり続けている。


そして今もその黒いなにかは大きくなっている。


(頼んだわよ。なんとか答えを見つけ出して……)


華子はなおも、なにかとしゃべりながら観測し続けている。

鈴花は、その姿を祈るような気持ちで見ていた。



(クエビコ、現在の観測イメージをストレージに保存して。浮遊因子の起点にフラグを立てて、そこからの線形グラフを視覚データに挿入してくれる?)


『わかりました。全ての起点からのデータを視覚情報に展開します。それにしても因子の情報が全て同一だというのはどういうことなんでしょう?』


クエビコは不自然なまでの同一性に疑問を持った。


(この情報だけ見たら同じ存在が、多数存在してその因子を集めて一つの身体を作っているとしか思えないわ)


『それが存在する世界が、それだけ存在するということですか……』


華子は展開されているデータを読み解きながら検証を続ける。


そこには、あれを構成するものが全て同一のものであるデータが羅列していた。


(同じ物が集まって何故、体を構築できるの?

やっぱりあれは肉体を構成しているのではなく、一定の体積を満たしているだけなんじゃ。

肉体として成立させる別のなにかがあるのでは……)


そこまで考えて、華子は少しおかしくなった。

相手は悪魔なのだ。

人間ではないのだから、論理的に考えても無駄なんじゃないか、と。


(簡単に考えるべきなんじゃないかな。一つ一つが同じものだとしたら、それを統合するためになにか必要だと思ったけど、あれ一つ一つが自我があってそれが意識の統一性をもたらしていると考えるのが自然だよね。だって精神生命体である悪魔の、その精神はどこから来るのか?って話だもん。──うん、それが一番可能性が高いね)


華子は後ろの鈴花に振り返って話しかける。


「鈴花っち、ちょっと堂院君と話したいんだけど」


鈴花はその台詞に驚いていた。

ずいぶん今までと違ったからだ。


「華子ちゃんそれは良いんだけど、随分話し方が変わってるような……と、取りあえず、右のイヤモニに触ると通話できるわよ」


(やばっ、中身変わってたの忘れてた)


「えっ、そ、そうかな……ア、アハハ」


そして、鈴花に教えてもらったようにすると、堂院から応答があった。


『なんだ鬼頭、なにかわかったのか?』


「大体わかったんだけど、ちょっと厄介だよ」


会話の向こうで堂院が困惑しているのが伝わる。


『貴様、誰だ。鬼頭じゃ……いや、言霊の色が同じだ』


「まあそういうことよ、堂院君」


堂院がひとつ溜息をついた。


『やっぱりうちはまともな奴が来ないな』


華子は導き出した結論を報告する。


「あの悪魔の復活のカラクリは、増殖よ」


『増殖?この世界から奴の魂すら消し飛ばしても増殖するってことか?』


「そういうこと、もし全てが消えても別の世界からやってくるのよ、魂すらね」


堂院はしばらく沈黙していた。


「──多元宇宙論か。奴が色んな時空間に同時に存在するということか……」


「しかも!奴の構成する因子全てが同一なのよ」


「どういうことだ?俺にわかるように説明しろよ。俺は地頭良くねぇんだ」


華子は少し驚いた表情で呟いた。


「堂院君、そんなだったっけ?」


『ああ?そんなの今どうでもいい。とりあえずちゃんと説明しろ!』


華子はイヤーモニターから聞こえる堂院の大きな声をうるさそうにしながら、負けずに怒鳴り返す。


「うっさいわね、あんた!耳かっぽじってよく聞きな!あれを構成する因子自体が、あの悪魔なの!要するに無茶苦茶沢山の小さいあの悪魔が、あの悪魔自体を作ってるのよ、わかった!?」


『うるせぇな、聞こえてるよ!』


それを聞いた鈴花が割り込んで喋り出す。


「堂院!約束は!?」


『わかってるよ……解明してくれてありがとう』


華子は驚いたが、少し気になって鈴花に聞いてみた。


「鈴花っち、約束ってなに?」


鈴花は少し逡巡していたが華子に頷いた。


「後で教えてあげる」


鈴花の言葉に堂院が焦った声で、


『言うなよ、絶対、言うなよ!』


華子はその言葉を遮って、


「堂院君、もう時間ないから後頼んまーす」


『おい、軽いな、くそ軽いな!──もういいから、このビルから出てろっ!』


華子は内心ホッとしていた。

堂院のことだからこの場で見ておけって言うんじゃないかと、ヒヤヒヤしていたからだ。


(よ、良かった~!こんなとこ、早くおさらばしないと)


「じゃあ、早く出ましょう!」


二人はその場を急いで立ち去ろうとする。


「それにしても堂院君、なんか別人になってない?」


鈴花は肩を竦めて残念そうな顔になった。


「少し前にも言ったけど、あの子は昔はあんなだったのよ。最近は冷静な話し方になってたから、大人になったんだなって思ってたんだけど……」


「そうなんだ。なんかあったのかな?」


二人は脱出の準備が出来たので屋上の出口に向かう。


「じゃあ、堂院君、後は任せた!」


そう言って二人は屋上から姿を消した。


そしてまた、屋上は堂院と悪魔だけの戦場になっていた。




「ところで鈴花っち、さっき堂院君と話してたときの、ハルカって誰なの?」


「えっ、あなた聞いてたの?あの状況で!?」


「なんだか並列思考が仕事しまして……」


「下に着いたら話したげる。急ぐわよ」


「はーい!」


こうして情報は拡散されるのだった。




堂院は考えていた。


(さて、どうやってコイツをまで追い込むかな?)


目の前の黒い塊は更に大きくなっていて、いつ復活してもおかしくない。

ここから、由利亜との打ち合わせの場所まで誘導しなくてはならない。


そうしないと、目の前の悪魔を厄介払い出来ないからだ。


(どうすっかな…………はあ~、めんどくせえな。まあ、なんとかなんだろ)


堂院は意識していなかったかも知れないが、随分とぞんざいな口調になってきていた。

それは昔の堂院そのもので精神の在り方も、昔の堂院に戻っていた。


それは目の前の悪魔の影響であったろう。

その存在が堂院に復讐の炎を心に灯したのだ。

もちろんそれはずっと堂院の中に存在していたが、長い時の中でその炎が小さくなっていたようだ。

それが悪魔を見たことで、以前の思いを取り戻していた。


自分自身でも恐ろしくなるほどの、狂おしい程の憎悪を。


そしてそれが、あの頃の堂院を目覚めさせたのだ。

華子がもう一人いたように。


もうすっかり、元の堂院に戻っていた。


あの頃の傲慢なまでに自信家な堂院に。




やがて、黒の塊は顔が出来、腕が伸び、足が生えていく。

顔が判別出来るようになっていき、塊の下から全てが浮き出して来たと見えた瞬間、全てが終わっていた。


消え去る前と寸分違わない、悪魔がそこにいた。


「本当に救いがないですね。人間も全く進歩していないではないですか」


悪魔が慇懃に礼をしながら堂院を煽っていく。


「言うわりには、えらく再生に時間がかかったじゃないか、下っ端君」


悪魔は片方の眉をつり上げて唇をニタリと歪めると嘲るように囃し立てる。


「愚かな、全く、愚かすぎて涙が出ます。あなたのような眷属がいるようでは、あの神もろくでもないのでしょう、くっ、くっ、くっ……」


その瞬間、堂院が消えた。

悪魔には、まさしく消えたように見えたのだ。


凄まじい衝撃が悪魔を襲う。

それは体を下から突き上げる衝撃で、悪魔の体は中空に舞っていた。


今度は上からの衝撃が。


まさしく、それは純粋な暴力であった。体全てが引き裂かれるような、エネルギーの爆発が悪魔の体をまた床に叩きつけていた。


「──ガハッ、!」


悪魔は再生したばかりの服や髪形が、またもバラバラになっていた。


「あれ、やっぱお前弱くなったな」


刹那、堂院の視界が歪む。


目の前の悪魔が何故か赤く染まって見える。


身体中に衝撃が走る。


激痛が稲妻のように身体をめぐる。


「──くっ、な、なにが……」


堂院が途切れ途切れに言葉を吐き出す。


目の前の悪魔は、先程のダメージを全く受けたようには見えなかった。

その姿は尚も人の神経を逆撫でするように、ニヤニヤと堂院を嘲笑っていた。


「どうしました?少しお加減が良くないようですが、クッ、クッ、クッ」


堂院は立っているのがやっとの様子だった。

全身が小刻みに震えあちこちから出血していた。


「ハァ、ハァ、忘れていたよ……お前の糞みたいな能力。てめえの因果を俺に擦り付けたな?」


悪魔は更にいやらしく嗤った。


「やられてばかりでは私も困りますのでね。少しばかり意趣返しということです」


そう言った悪魔が目の前の現象に驚くことになる。

堂院の傷が逆再生のように巻き戻っていく。

みるみるうちに元の無傷に戻っていく。

やがて全く元の堂院がそこに立っていた。


「なんですかその出鱈目な身体は。いくらなんでも人間の範疇を越えていますよ」


「まあちょっとした手品さ。お前と同じだな」


口調とは裏腹に堂院は内心焦っていた。


(今のでかなり体力を消耗した。完全に俺のミスだ。こうなったら力技でなんとかしねえと。時間はかけられねえ……)


堂院はコンバットスーツのベルトに固定された物を掴んだ。


(はあ、これ使いたくねえんだよな……)


「どうしました?なんだか大人しい──」


堂院はベルトからそれを引き剥がすと、振りかぶって、それを床に叩きつけた。


「太陽拳!」


叩きつけた物は、超強力な、スタングレネードだった。


(くそっ、完二の野郎、わざわざ起動ワードなんか設定しやがって。しかも太陽拳って!俺はクリリンかっての!)


堂院は、装備課の本田完二に毒づいていた。


「な、なにを──」


その瞬間、悪魔の身体が衝撃に吹き飛ぶ。


目にも止まらぬ堂院の空中での蹴りに、悪魔の身体が後方に凄い勢いで飛んでゆく。


(さて、これであそこまで連れていければ良いんだがな……)


堂院は悪魔を蹴り続けながら、心の中で呟いていた。




















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