vol.15 16日目裏⑦
堂院がゆっくりと悪魔との距離を詰めてゆく。
出血は止まっていたが、一歩一歩が重く、なんとか歩みを進めているように見えた。
そして、ようやく屋上の中央までたどり着いた。
「まったく、お前とやり合うのは大変だ。一応いろんなシミュレーションしてたんだけどな」
苦しそうに話す堂院。
それを楽しそうに見る悪魔。
「いや、あなたも大変強くなっているのでビックリしましたよ。人としての限界を超えています。昔もかなりの強さでしたが、今はレベルが違いますね」
悪魔の言葉に堂院は顔をしかめる。
「ふん、余裕綽々じゃねえか。大したダメージも見えねえし、お前を倒すのは骨が折れるぜ」
堂院はとても疲れたようすで膝に手をついてうなだれてしまった。
悪魔はそれを見て、心底嬉しそうに笑っていた。
まるで獲物を品定めするかのように。
「あなたの再生も、体力までは回復しないようですね」
堂院は未だに顔を上げられない。
「クックックッ、さあ、そろそろ決着といきますか」
悪魔はおもむろに手を堂院にかざそうとした。
その時、堂院が勢いよく身体を起こした。
その手には腰のホルスターから抜き放った“
「唸れ、たけ──」
“建御雷”を撃つ瞬間、堂院の視界が反転する。
堂院は虚空に向けて、“建御雷”を撃ち放っていた。
悪魔はまたもや堂院と己の位置を入れ替えていた。
そのいやらしい笑みを顔に張り付けながら。
「オーッホッホッ、愚かな、なんと愚かな、先程入れ替えられたばかりではないですか、本当にあなたは愚かな男だ!」
悪魔は高らかに嘲笑った。
ゆっくりと堂院は振り返った。
その顔には、これも悪魔を嘲る笑みを張り付けて。
その表情を見た悪魔は不信を抱く。
「ん?なぜ笑っているのです?この土壇場で壊れてしまったのですか?」
なおも堂院は嗤う。
「な、なにがおかしいのです!?」
なおも悪魔は言いつのる。
それを見た堂院がやっと口を開いた。
「いや、判ってたぜ。お前が足りねえ頭で、俺とお前の位置を入れ替えることなんてな」
堂院はそう言うと、空を見上げた。
「な、馬鹿な、そんな訳が───」
空気が割れる音を聞いたことがあるだろうか。
高速で落ちてくる物体が、空気を割る音を。
それは音の暴力だ。
雷の比ではない、轟音。
それが今、悪魔の上に落ちてきた。
「な、に、──」
天の鉄槌が悪魔の脳天から胴体を縦に貫いていた。
三メートル程の高さの金属の棒が、悪魔を串刺しにして屋上に突き立っていた。
「ガッ、───ガハッ!」
頭から、目から、口から、あらゆる所から血が吹き出す。
すると悪魔が串刺しになっている床が、直径二メートル程の円の形で沈んでいく。
堂院のイヤモニに音声が届く。
『半重力カタパルト、発射シークエンスに移行します。カタパルト、ボトムラインに到達しました。カウントダウンを開始します。……5、4、3、2、1、──ファイア!』
円形の穴から音が響いてくる。
空気の塊が穴から勢いよく吐き出されていく。
それは高速の礫。
質量の暴力。
嵐のような大気の震動があたりを震わせていた。
穴から打ち出された金属の塊は、初速で音速を超えて空に打ち出された。
「ふう、これで一段落だ───なっ!」
堂院の足が空に向かって引っ張られた。
いやそれは、そんな生易しいものではなく、
堂院は激痛を伴って空に打ち出されていた。
その足には触手のような物が巻き付いていて、それが堂院を空に引っ張り上げていた。
それは悪魔が打った手だった。
串刺しにされた瞬間、悪魔は触手を堂院の足にそれと判らぬように巻き付けていたのだ。
「くっ──糞が!」
堂院は身体がバラバラになったような激痛に耐えながら考えを巡らしていた。
(どうする!?どうすれば良い!?考えろ俺!)
すでにカタパルトは高度一万メートルを超えていた。
この高度から落ちればその身体は原型を留めないなどと言う生易しいものではなく、それこそ細胞レベルでバラバラになるかもしれない。
「クエビコ!応答しろ、クエビコ!」
堂院はクエビコを呼び出そうとしていた。
『なんですか堂院さん。ご用でしょうか?』
なんとも能天気な声で答えるクエビコ。
「氷室家のサーバーにアクセスしろ!そして俺が助かる方法を考えろ!」
『わ、わかりました。……はあっ、な、なにしてるんですか、堂院さん!』
クエビコは堂院の現状のデータを見て声を上げる。
すでに高度は一万五千メートルを越えている。
『なんでそんなとこにいるんですかっ!?』
「悪魔に引っ張られてるんだ!どうにかして助かる方法を考えろっ!」
『くっ、五秒くださいっ!』
クエビコが思考している。
その間にも高度はどんどん上がっていく。
『ん?こ、これだ!堂院さん!もうすぐ頂点まで上がって自由落下に入ります。その時に槍を絶対に捕まえて下さい!必ずですよ!』
その困難さを考えたとき堂院は絶望しかけた。
「なんとかやってみる!」
堂院は瞬時に考えを巡らせる。
そしてその瞬間はすぐにやって来た。
カタパルトから打ち出された円柱状の金属塊は、かなりスピードを落としていた。
やがて頂点に到達して、自由落下を始めるだろう。
(槍を掴むなら、ここしかねえ!)
堂院は頂点に到達する時を待っていた。
富士山、氷室家別宅能舞台──
能舞台の中央で由利亜は精神を集中させていた。
静かに立ち上がると目をつぶり両手を開いて天に向かって突き上げた。
その唇から、厳かに言の葉を紡ぎ出す。
「高天原に神留坐す 神漏岐神漏美の命以ちて 皇御祖神伊邪那岐命 筑紫日向の阿波岐原に 御禊祓ひ給ひ時 生坐せし祓戸の大神等 諸の禍事罪穢を 祓へ給ひ清め給ふと申す事の由を 天神地祇八百万神等共に 天の斑駒の耳振立えて聞食せと 畏み畏みも白す。」
それは天津祝詞だった。
八百万の神に奏上する祝詞。
由利亜は続ける。
「
「
「
やがて由利亜の全身から光がほとばしる。
その光は空に向かって立ち上がっていく。
それが眩いばかりの光の柱となって舞台に満ちてゆく。
光の柱は龍穴の施設にそびえる、煙突の様に開いた口に、吸い込まれていく。
そして大地に光の筋が走ってゆく。
それは大地の血管の様に光輝いていた。
「乞ひ願ひ
更に由利亜が光り輝く。
あまりの神々しく眩い光に目を開けることさえ出来ない。
「
そして、最後の言の葉を奏上する。
「『
瞬間、大地の光の流れが凄まじく光輝く。
その光は、龍をかたどった日本の全ての龍穴から光を溢れさせていた。
その光は各地の龍穴に設置された施設に吸い込まれてゆく。
そしてその光が溢れ出すと施設の天面に設置された、大きなレンズのようなものから、光が立ち上がり夜空に立ち上ってゆく。
ああ、それは正しく光の傘だ。
光の糸が綾なす細かく編み込まれた光の傘が、
神々の龍である日本を包み込んでゆく。
それは一度眩く輝くと、静かに消えていった。
奏上が終わると由利亜はその場に倒れてしまった。
「姫様!」
十三が駆け寄る。
しかし由利亜はそれを手で制した。
「だ、大丈夫だ!こんなことで倒れておっては、やつに笑われるわ……」
由利亜は不敵に笑って、星が輝いている筈の見えない空を見上げた。
「のう、堂院」
「クエビコ!最高到達点までをカウントダウンしろっ!」
堂院はクエビコに叫ぶ。
『わかりましたっ!……残り十五秒!』
堂院は足に巻き付いている触手を、両手で握りしめた。
『10、9、8、7、6、5、4、3、』
もうほとんど停止しそうになっている。
堂院は身構えた。
『2、1、ゼロッ!』
刹那、堂院は全力で触手を引っ張る。
無重力になっていた金属の円柱を、軽々と引き付ける。
凄い勢いで円柱が近づいてくる。
堂院は狙いをすまして右手で掴もうとする。
しかし手が寒さで固まって掴み損なってしまう。
「くそがっ!──諦めるかよっ!!」
堂院は強引に足を振り上げて槍に足を絡めてゆく。
そして今度は確実に槍をとらえることに成功する。
「ヨッシャー!クエビコ、次はどうするんだ!?」
『由利亜さんが結界を張り終えてますので、じきに悪魔と槍は分離する筈です。分離し終えたら槍が突き刺さっている円柱を破壊してください』
それを聞いた堂院は瞠目する。
「は、破壊?この円柱、破壊できんのか?」
ここから見ても異常に頑丈そうな金属が使われている。
『いや……まぁ、ヒヒイロカネみたいなんですよね……ちなみにその槍も、ヒヒイロカネ製です』
「ヒヒイロカネだと!?」
『堂院さん、考えてみてください。三万六千メートルから投下された槍が二メートル程しか刺さってないんですよ?普通そんなことあったら、ランドマークタワー半壊してますよ』
そんなやり取りをしていると、遂に自由落下に入ってゆく。
ゆっくりと落ちてゆく。
地球へと。
そして堂院は目にした。
薄く光の膜が貼られていることを。
その膜が遥か彼方まで続いていることを。
槍に掴まった堂院がその膜に突っ込む。
膜に触れた円柱が膜の中に入ってゆく。
そして、あまりの衝撃に意識を失っているだろう悪魔が膜に触れた瞬間、そこに強固な壁があるように悪魔がつぶれてゆく。
そして槍から悪魔が、まさに引きちぎられるように分離した。
「す、すげえな、あんな結界見たことねえぞ……」
堂院が常識はずれの結界を目にして驚いていた。
『いや、本当に凄いですよね。氷室家のサーバーをハッキングしてるんで色々見てるんですが、論理に関しては今もって良く判んないんですよ』
自由落下は当然続いていて、今や凄まじいスピードで落下している。
(さて、ヒヒイロカネの円柱か。『
堂院は落ちながら槍の根本まで移動した。
目をつぶり、集中する。
「”色即ちこれ空なり”」
魄動力を高めてゆく。
「“ひとつは全なり”」
堂院の髪が輝いてくる。
「“全はひとつなり”」
あらゆる空間から光が左手に集中して、はめたグローブから眩い光があたりを輝かせていた。
「
堂院が叫ぶ。
「頼むからもってくれよ、俺の魂っ!」
左手を振り上げて、思い切り引き絞る。
そして弓から放たれた矢のように、思い切り突き出した。
「──
拳がヒヒイロカネの円柱に衝突した瞬間、轟音が轟いて円柱内部から光が溢れ出して、そのヒヒイロカネの塊を粉々に砕いていた。
『残り二千メートル!半重力ユニット起動!
重力波確認!残り千五百メートル、斥力最大展開!半重力ブレーキ最大出力!』
急速に落下速度が落ちてゆく。
それでもかなりのスピードだ。
『残り千!八百、五百』
更に落ちるスピード。
『四百、堂院さん!衝撃に備えてっ!』
「く、くそっ!」
堂院は出来るだけ身体を丸めた。
『二百、着水します!───』
凄い衝撃が堂院を襲った。
海の底に沈んでゆく。
身体にまとわりつく水。
遠くなる意識。
だが───
「ブハッ!!」
堂院は水面に勢いよく顔を出すと、近くにあった槍を掴む。
なんとか浮いている槍に掴まって、呼吸を整える。
「ハア、ハア、な、なんとか、助かったぁ~」
堂院は仰向けに浮かびながら、安堵の溜め息を漏らす。
空はもう全くの闇に沈んでいた。
星々が夜空に燦然と輝いていた。
(なんとかなったな。いや本当に死ぬかと思ったぜ。あんな高さから落ちたら、いかに不死身と言えどもどうなるか判ったもんじゃねえからな……)
その時イヤモニから声が聞こえた。
『!……ど、…堂、い、ん……堂院聞こえるか?』
「姫か!?なんとか成功したぞ。ヤツも結界の中に入れなかったしな」
無線の向こうの由利亜から安堵の溜め息が漏れる。
『もう、どうなるかと思っただろ!?心配かけるんじゃない!バカ堂院!』
堂院は由利亜のあまりの剣幕に顔をしかめた。
「うるせえな、死にそうになった人間に言う言葉か?もう少しいたわってくれよ」
無線が沈黙した。
そして息を飲む音。
『あ、ありがとう、助かった。……それと、お前が生きてて……良かった』
由利亜が素直にお礼を言う。
堂院は懐かしさがこみ上げるのを、押さえられなかった。
堂院は静かに笑った。
そして三百年ぶりに、かつての仲間に呟いた。
「ただいま、姫」
答える由利亜。
『お帰り、堂院』
かつての仲間はようやく邂逅したのだった。
長き時を経て。
Reverse 物部堂 @monobe67
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