vol.12 16日目裏④
夕闇が辺りに満ちあふれていて、血のような赤が空間を支配していた。
そして、宙空には白い月がその姿を現しはじめていた。
華子と鈴花は屋上を目指して階段を登っていた。
エレベーターは先程の堂院の攻撃で止まってしまったからだ。
「す、鈴花さん、ち、ちょっと待って……」
日頃の運動不足から華子が遅れだした。
鈴花が振り返って手を差しのべる。
「華子ちゃん、早く。あの悪魔が動き出す前に屋上に行かないと、しっかり観察出来ないわ!」
「そ、そんなこと、言ってもですね、ハァ、ハァ……」
鈴花は何か思いついたようで、
「華子ちゃん、私より早く着いたら一万円あげるわよ?」
それを聞いた瞬間、華子の姿がかき消えた。
一瞬で鈴花の前方を凄まじい勢いで駆け上がっていく。
「一万円もらったー!」
あっという間に華子の姿が見えなくなった。
「す、すごいわね。流石、金の亡者……」
そして鈴花も全力で後を追い始めた。
「よっしゃー、勝った~!」
屋上のドアを開け放って外に飛び出したのは華子だった。
続けて鈴花が出てくる。
「なんとか間に合ったわね」
鈴花が、目の前にいる華子に注意する。
「華子ちゃん、
「もちろん作動中です!」
二十メートルほど先に堂院が佇んでいた。
華子は膝をついて、その堂院の更に前方を凝視していた。
それは黒。
一つの黒点。
華子の目には黒い点が宙に浮かんでいた。
(なに?──黒い点があるけど、情報が表示されない。こんなことなかったのに……)
確かに黒点が堂院の前方に浮かんでいるのに、そこに情報が全く付随されていなかった。
(きっと私の集中が足りないんだ。なんにもわかんなかったら、堂院さんに殺される!)
華子は更に集中を高めようとしていた。
(集中!私、もっと集中だっ!)
華子の視界が狭まっていく。
周りが黒くブラックアウトしてゆき、黒点にどこまでも集中していく。
(もっとだ、もっと!もっと!!)
華子が細かく震え出す。
それを見た鈴花が異変に気が付く。
「は、華子ちゃん?あなた血が出てるわよ、鼻血!」
見ると華子の鼻から多量の鼻血が流れている。
やがて華子の髪が
すると華子のイヤーモニターから言葉が流れ出した。
『
(な、なに?なんか聞こえるんですけど!?)
『アララギ本部のサーバーとの空間情報共有シークエンスに入ります。サーバーに接続試行中……接続しました。これより並行思考及びシナプスの拡張作業に入ります。』
天眼通のベルト部分、頸椎を通る所から針が飛び出てきて、華子の首に突き刺さる。
「痛い、いたーい!」
「は、華子ちゃん?どうしたの!?」
華子が首を押さえながら叫んでいる。
「く、首が。首に何か刺さってる~!?」
『静かに。これよりナノマシンによる、シナプスの拡張作業に入ります。これには十秒ほどかかります。…………完了しました。これによりシナプスの電位交換が二十倍となりました。脳とサーバーの並列処理回路を連結します。……完了しました。空間電位、及びプラーナ量と流速の視覚情報を展開します。華子さん、あとは頼みましたよ』
(ていうか、あんた誰ー?)
『申し遅れました。私、アララギのメインAIの“クエビコ”と申します。エキスパートモードでの華子さんのアシストをさせていただきます』
(な、なら、教えて欲しいんですけど、私は何を見ればいいんでしょう?堂院さん、なんにも教えてくれなくて……)
『わかりました。これより多重化した空間情報を展開します。そこから導き出される、悪魔の再生の秘密を解き明かしてください。それがあなたの使命です』
華子は少しホッとした。
アララギに来てはじめてちゃんとした指示を受けた気がした。
(はい!わかりました!なんかAIが一番まともだなんて……)
華子は先程と同じように黒点に集中していく。
(でも、やっぱり何も表示されないんだよな……)
黒点は間違いなくあるのにそれが発生した因果が見えないなんてことが、ある筈がないのに。
(何かを見落としているんじゃ……見えない、か。んー?)
華子は自分が見ている前方の景色を注視した。
魂のエネルギーの発露である、プラーナが見えないことがまずおかしい。
プラーナは魂や精神生命体を構成するエネルギーの残滓だ。
精神生命体である悪魔の構造体を構成するものである以上、プラーナの発露がある筈なのだ。
(クエビコさん、天眼通の情報は、この地球上の時空連続体の情報のみが現れてるんですよね?)
『当然です。天眼通がいかにプラーナや重力波、空間振動を感知出来るとはいえ、あくまでもそれはこの次元に限定されます。間違いなくあの黒点は存在しますが、エネルギーの流入が認められません』
華子は目を閉じた。
自身の意識を内に沈めていく。
(いつものように、自分の意識下に自我を沈めて行こう。私は私の理論を構築していくのだ)
華子は自我が沈みながら、いつもの自我が励起していくのを知覚した。
それは私であって私じゃない。
私は裏で私は表。
そう、私は私だから。
(理論構築開始)
(Q,なぜ知覚できないか)
(A,それは認識の外であるからだ)
(Q,なぜ認識できないのか)
(A,センサーや肉眼でそれを捉えることが出来ないからだ)
(Q,なぜ捉えられないのか?)
(A,それはこの次元に存在しないからだ)
(Q,ではなぜ見えるのか?)
(A,それは重なりあって二重になって存在するからだ)
(Q,ではあの黒点は、この次元に影響を与えられない筈では?)
(A,この次元の事象に関与するためには、この次元に存在せねばならない)
(解─この次元に入り込むときに、その事象を確認することで次元転移の理論を構築すべき)
(──それが最善ね、悔しいけど……)
『華子さん、どうされましたか?パーソナリティーに変動がありますが……』
(クエビコ。
『はい、可能です』
(黒点の回りの空間の重力波を測定し、それを全て記録すること。プラーナと空間の流体力場のエネルギーベクトルの視覚情報を直接シナプスに流してくれれば良いから。それを重力波の情報と重ね合わせれば、必ず次元の裂け目が見つかる筈よ)
華子は一度言葉を切ると、言い含めるように、ゆっくりと指示をする。
(そしてこれが一番重要だけど必ず全ての事象を記録しなさい)
『華子さん、ですよね?──貴女は誰ですか?』
(あら、最近のAIは少し賢くなったみたいね。もちろん私は鬼頭華子よ。本体といえばいいかな)
『解離性同一性障害、ですか』
(いやね、病気みたいに言わないでくれる?アナザー、くらい言ってよね)
『便宜上、華子さんと呼びますが……』
(それでいいわ、よろしくねクエビコ)
『華子さん、黒点が僅かに大きくなりました』
見ると黒点が先程よりも大きくなっている。
だが相変わらすエネルギーの干渉が見えない。
(そろそろ動きそうね。クエビコ、黒点の前方1メートル以内に全センサーを集中させなさい。優先順位は流体力場、次に重力波よ)
『えっ、重力波を優先させないのですか?』
(こういうときは原始的な情報の方が有効な気がするのよ)
『人間の勘というものですか』
(まあ、そういうこと)
二人がやり取りをしている間も黒点は膨れあがっていく。
(さあ、来るわよ)
『全センサー及びレーザー干渉計を黒点に集中しています』
(では、行きましょう!IT'S SHOWTIME!)
そして、華子は見るのだった。
世界の果てを。
─────────無。
あ。 ───始まりの音。
始まりの色。 それは白。
黒点から色が溢れる、音がする。
色に音が見える。
光が脳に鳴り響く。
見える音に。 色が聞こえる。
それは情報の海。
光の奔流。
この次元に溢れる物が、流れていく、壊れていく。
それは構成の柱。
砂上の楼閣。
崩れ行く砂の欠片。
それは情報の破壊、創生の
それはまず空間を
それにこの世界が流れていく。
(クエビコ!空間の構成物質の流体を三次元データにして、重力波のデータを重ね合わせて!)
『わかりました。……完了。シナプスに流します』
華子の脳に神経シナプスを通して全ての視覚データが流れていく。
拡張したといっても、それは人の処理する上限を越えていた。
(ちっ、クエビコ、ナノマシンでシナプスの拡張まだ出来る?)
『三十倍が限度ですが、出来ます』
(最大値に上げて。空間用マイクロセンサーを前方に散布!空間に消えていってる気体に紛れさせて!)
天眼通から白い煙のような、センサーが吐き出されていく。
それは前方の空気が消えていっている空間に、向かっていた。
『センサーの位置情報がこの次元から消えていきます。ただセンサーの情報はこちらに送られています』
(現在は時空連続体として認識されているわね。クエビコ、情報処理、間に合う?)
『こ、これは、華子さん、忠告です。この情報量は人には処理できません。おやめください!』
(クエビコ。私を誰だと思ってるの?この天才、鬼頭華子に全て任せなさい!)
『本当に知りませんよ。私は忠告しましたからね』
(どんと、こいやー!)
華子が言った瞬間、大量とすらいえない、理解できない黒いもやのような情報の渦が華子の脳に満ちていく。
(ぐっ!?多すぎる、情報の走査が出来ない!)
華子はその情報の海に絶望しかけた。
(クエビコ!この次元の時空連続体に関わる情報全てをカットして。不明のイメージのみ、そのまま表示して!)
一瞬にして消える世界。
ひとつのイメージだけがその広大な空間に流れている。
それは、赤と黒で蠢く、虫の波で。
あらゆる場所から、あらゆる次元から、あまりにも小さな原子が集まり雲を形作っていた。
そしてそれが、この世界に重なりあった次元の黒点に集まっていく。
その全ての因子は、全てが同じものから由来していた。
あらゆる次元に存在する同一の存在からもたらされる同一の因子。
それは全くの同一存在が構成するアメーバのように。
欠けたものを埋め合わせるように。
それは復活ではなく。
増殖だ。
増殖してこの世界に降り立つのだ。
故にやつは不死身に、見えるのだ。
そして、その意識の連続性がこの悪魔を不死身に見せているのだ。
それは同一で同一ではない。
やつも裏で表なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます