vol.11 16日目裏③

「相変わらず糞重てぇなっ!!」


堂院は、抱えていた悪魔をビルの屋上に力任せに叩きつけた。凄まじい轟音と共に、叩きつけられた悪魔を中心に放射状にコンクリートがひび割れて、破片が辺りに散らばっていた。


「これは、これは驚きましたね!」


悪魔は少しもダメージを受けたようには見えなかった。屋上に立ち上がると服の埃を払いながら心底驚いた様に、(多分に芝居めいていたが)顔を歪めていた。


「まさか貴方とまた会うことになろうとは思いませんでした。名も無き神の貴方に!」


悪魔は思いついたような表情をした。


「いえ、確かアララギと名乗っていましたね。あの時」


悪魔は続けて言った。


「それにしても何故なにゆえですか?人の殻を持つ貴方が、何故なにゆえ未だに生きているのです?」


「三百年も」


堂院はそれに答えずに話し始める。


「お前達は進歩がない。相変わらず人を陥穽に嵌める事しか考えていない。低脳な生命である証だな」


「言うようになったではないですか。自らの無能と力の無さに立ち上がれ無かった負け犬の癖に」


堂院が言い返す。


「何を言っている。あの時もお前を何度も殺したのを忘れたのか。貴様の特殊能力で命を繋いだに過ぎん」


悪魔はそれを聞いてその赤い唇をニタリと下弦の月の様におぞましく歪めた。


「そうですね。それは認めましょう。ですがあの時、あの方を守れずに泣き叫んでいたのは誰でしたかね。いやー、あの女の血は美味かったですよ」


堂院はその言葉を聞いた瞬間、色を無くした。全ての感情がその面から消えていた。


「貴様、また何度も死にたいらしいな。あの時も言っていたが死ぬ時は痛みを感じるらしいじゃないか。あの時より俺も少し強くなったからな、あの時の何倍もその痛みを貴様に与えてやれる。嬉しいよ」


堂院は静かに怒っていた。あまりの怒りに、髪が逆立って陽炎で揺らめいている。

手は握りしめられ、コンクリートの床に血が滴っていた。


それ程の怒りが堂院の体から溢れ出していた。


「塵も残さず滅してやる!!」


堂院は足を開いて、腰を落とした。


魄動力限界突破ソウルフォースオーバードライブ!」


堂院が叫ぶとベルトに取り付けられたS.G.Dが白くひかり始めた。いつも着けている鈍色のグローブとブーツが眩いばかりに輝き始めた。


「”色即ちこれ空なり”」


右の拳を後ろに引き、左手を前に突き出す。


成住壊空じょうじゅうえくう


堂院の右拳が突き出された。全く見えはしなかったが。


凄まじい力の奔流が悪魔を飲み込む。


ビルの屋上が爆発した。爆音が響き渡り、爆風が滅びの風の如く辺りを破壊していく。


風がようやく止み始めた。立ち込めていた煙がようやく晴れてくると、惨状が姿を現した。ビルの屋上はコンクリートの大きな瓦礫が剣山の様にいくつも天を突いて屹立していた。


そして悪魔もその身をぐちゃぐちゃに引き潰されて、それでもなお立ち尽くしていた。


「ガフッ、ゴホッ、ゴホッ」


悪魔は口から血を噴水の様に吹き出していた。


「なんだ、昔より随分脆くなったんじゃないのか?クックッ、もうボロボロじゃないか」


その惨状を見た堂院が嘲笑する。


「ガッ、ハッハッ、……貴方、あの頃とは比較にならない程強くなっていますね」


悪魔が声を絞り出す様に話した。


「ただ、私には全く効果がないですが」


そう言うと悪魔の体が震えだした。そして、体から赤い光が漏れだして、みるみるうちに体全体を覆い尽くした。


しばらくすると光が弱くなり、悪魔の姿が見え始めた。


すると、どういう事かあれほどのダメージが全く消え去っていた。後ろにベッタリと撫で付けた髪も、気持ち悪い程赤いその唇も、あんなにボロボロになっていた体も全てが元通りになっていた。


「私にはどんな攻撃も効果はありませんよ。先程の言葉をお返ししましょう、貴方も進歩のない人だ。クックックックッ」


悪魔は堂院に向かって笑いかけた。


「貴様のその詐術の種がどこにあるかだが……」


「貴方にはこれが詐術に見えるんでしょうね。愚かなことだ」


悪魔はさらに唇を歪める。その唇の端が頬の半ばまで裂けている。その様はまさしく悪魔的な様相を呈していた。


「まあ良いさ。少しこの機会に試したいことがあったんでな」


堂院はそう言うと腰のホルスターから拳銃を取り出した。


「この”建御雷たけみかづち”のフルパワーで貴様をどこまで破壊できるかと思ってな」


建御雷たけみかづちの遊底をスライドさせると、銃身が30cmほど前に伸びた。更に弾倉の部分を下に引き出すと、腰のS.G.Dからケーブルを延ばしてそれに装着した。


「“色即ちこれ空なり”」


堂院が”建御雷たけみかづち”を悪魔に構える。


「”吼えろ、建御雷たけみかづち”」


次の瞬間眩いばかりの光の奔流が悪魔に向かって流れ出す。その光が巻き起こす、滅びの風で悪魔の体が徐々に塵となって消えて行く。


やがて光の奔流が収まると、悪魔の姿は跡形も無くなっていた。


堂院は悪魔が立っていた場所をいつまでも凝視していた。


夏の日差しが照りつけて屋上もとんでもない暑さだが、堂院は汗ひとつかいていない。それどころかその表情は冬の最中だといわんばかりに青ざめていた。


(ここからだ、ここからが最も重要だ。鬼頭、必ずここを見ろよ!)


堂院は部屋に残して来た華子に思いを馳せていた。



──────────



その少し前、華子は鈴花の亡骸をかき抱いて号泣していた。


「す、鈴花さん、ぐっ……ず、ずかざーん、やっと仲良くなれだのに、うわーん」


華子は鈴花の頭部と身体を両手で力一杯抱きしめていた。


「……ぃたぃ、……ゃん」


華子は自分以外の言葉が聞こえてような気がした。静かにして耳をすませる。


「…なこ……ゃん、ぃたい」


間違いなく、声が聞こえる。

しかも自分の腕の中から!

恐る恐る自分の腕を見下ろす。


そこには、


「華子ちゃん、痛いよ。力入れすぎ!」


死んだはずの鈴花が目を開いて華子に喋りかけていた。


「ギャ────ッ!!!」

「お、お化け、鈴花さん成仏してーっ!」


「お、落ち着いて、華子ちゃん、私死んでないから。だから落ち着いて!」


必死で華子をなだめる鈴花。


「うそー、な、なんで、その状態で生きてるんですかー!?」


「す、すぐ説明するから、とりあえず頭と体、くっ付けてくれる?」


華子はそれを聞いて、焦りながらも頭を胴体にくっ付けてみる。


くっ付けた瞬間、映像の逆回転の様に頭と胴体が癒着して行く。しばらくすると全く傷口が分からなくなってしまった。


「全く、あのクソ悪魔、いきなり殺しに来るとは……まぁ、予定通りは予定通りなんだけど」


鈴花は何も無かったような口調で華子に話しかける。ただ服は自分の血に塗れていたが。


「意味がわかんないんですけど……どういうこと?」


あまりの理不尽さに華子の顔から表情が消えていた。


「ごめんね、びっくりさせて。華子ちゃん、演技出来なさそうだったから言えなかったのよ」


手を合わせて謝る、鈴花。


「でも間違いなく、死んでましたよね!?本当にどういう理屈なんですか!?」


「実は、私ね……不死身なの!テヘッ」


首をかしげながら舌を出す鈴花。


「テヘペロ(´>ω∂`)じゃないわ!!」


手の甲を鈴花の胸にツッコム華子。


「私の涙を返せー!」


華子は分かりやすく鈴花に怒ってみせる。


「でも、……本当に生きてて良かったです」


改めて涙をこぼす華子だった。


「ありがとう、華子ちゃん」


「後で詳しく説明して下さいよ!」


華子を抱きしめる鈴花。まるでその様子は姉に抱きつく妹にしか見えなかったが。


「華子ちゃん、感慨にふけってるとこ悪いんだけど、上であの子が戦ってると思うから、”天眼通てんげんつう”でその様子を見て欲しいの」


「”天眼通てんげんつう”で、ですか?」


「そう特にあの悪魔を、貴女の最大の力で」


真剣な顔で呟く鈴花だった。それを聞いた華子はゴーグルをつけ直して上を見た。


「“森羅万象しんらばんしょう”」


「“天眼通てんげんつう”」


途端に華子の目に周りの視覚情報が見え始める。そしてそこには空間のプラーナの流れや、力場のエネルギーの流れさえ情報として表示されていく。


そして確かに見えた。

ビルの屋上で対峙する堂院と悪魔を。


「み、見えました!堂院さん、屋上で戦ってます!」


「華子ちゃん、あの悪魔を見逃さないで。悪魔の状態を、そのプラーナの流れを!」


「分かりました!任せてくださいっ!」


そしてここから華子の戦いが始まったのだ。











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