vol.9 16日目裏

横浜、暗闇坂──────


一軒の民家の中にある集団が息を潜めていた。その集団は密かに横浜の街に散らばり

ある場所への人の出入りを監視していた。


その民家の玄関の、前に黒いリムジンが横付けされて中から腰まである長い黒髪が特徴的な若く美しい女性が降りてきた。


その女性が玄関をくぐると十人ばかりいるその集団は一斉に跪いた。

その集団のリーダーとおぼしき女性が部下であろう跪いている女性に話しかけた。


「ヤツはなにもしていないと ? 」


女性は氷室財閥の令嬢、氷室由利亜であった。


「はい。看板を掲げているのですが客が店に入っている様子がありません」


由利亜はなにも言わず物憂げに視線を宙に泳がせていた。


(アレがなにもしないなどという事があるわけがない。店を再開して二週間も経っているのに……)


「こんな使えない奴らが集まったって、ヤツの行動を監視するなんて出来るわけがないじゃないか、姫」


皆が集まっているその部屋の壁際に、いつの間にか一人の男が佇んでいた。


「堂院、貴様いつの間に入り込んだ !? 」


由利亜はいつもの言葉使いを忘れて叫んでいた。

壁際の男はいつの間にか入り込んでいた、堂院一だった。


「そりゃあこんなザルな監視体制で俺の侵入を感知出来るわけがない。……だろ」


堂院は馬鹿にしたようにあたりを睥睨する。そこに並んだ一同は一斉に気色ばむ。


「堂院、わざと挑発するのは辞めよ。何が目的か !? 」


由利亜が堂院をたしなめる。堂院はニヤリと笑いながら口を開いた。


「あの悪魔が横浜に舞い戻っているのは当然わかっていると思う。しかし残念だが今の俺にはヤツを倒す力が少し足りないんでな」


堂院は言葉を切ると由利亜と目を合わせる。


「そこでだ、ここは共同でヤツを追い払うことにしないか ? 」


由利亜は堂院をにらみ返しながら、


「自分たちだけでは出来ないから、わたくしたちに助けを求めると ? ……情けないことだ」


堂院はお手上げのような仕草をして答える。


「あぁ、それでいいぜ。ヤツを追い払う方法としては、あんたがいないと出来ないからな。もう考えてあるんだろ」


堂院はいつものような丁寧な口調ではなく、随分とぞんざいに話していた。それが本来の口調であるかのように。


「ふん。貴様、昔に戻っているではないか。猫かぶりは辞めか?」


「その言葉、そのまま返すぜ。ハルカがいなきゃ猫をかぶる必要はないってか?」


その言葉を聞いた瞬間、由利亜が怒り狂った。


「貴様 !? あの方を呼び捨てにするとは、貴様のような野良の神の分際で、無礼であろう ! 」


由利亜はすぐにでも飛びかからんばかりに

柳眉を逆立てる。


「あの時も貴様が言っていただけだからな、神などという話も眉唾だ!」


由利亜は凄い勢いで捲し立てた。


「あんたに言われなくてもわかっている。もうあんなことは起きてはならないんだ」


堂院は由利亜から目をそらして苦渋に満ちた顔で呟いた。


「それにまたあの方の身になにかあれば、それこそこの国の根幹に関わる。だからこそ、今回は貴様と手を組む。我々では何かあったときの直接的な火力が足りない」


由利亜は先程の怒りを納めて、真剣な表情で堂院を見つめていた。


「ではこれで同盟締結だな?今回限定になるが、よろしく頼む」


堂院はそう言って手を差し出した。


「貴様と握手を交わす手などわたくしは持ち合わせておらぬ」


堂院は苦笑いをして手を引っ込める。引っ込めた手をアゴにやりながら、由利亜に聞く。


「では、そちらの策を聞こう」


そうして今回の脅威を回避するための夜が更けていった。




───────────


翌日、鬼頭華子と石原鈴花は横浜に呼びだれていた。


「鈴花さん、なんで呼び出されたかわかります ? 」


「ううん、あの子なんにも言ってなかったから」


華子は以前から気になっていたことを訊ねてみた。


「鈴花さんは堂院さんのこと、あの子って良く言いますけど昔からの知り合いなんですか?」


質問された鈴花はきょとんとした顔をしていた。


「まあね、かなり昔からの知り合いかな。本当に昔からの」


鈴花はなぜか少し微笑んで華子を見ていた。その姿はなぜか母性を感じさせた。

そんな会話をしていた二人の前に黒いリムジンが音もなく停車した。


「ビ、ビックリしたー。この車、リ、リムジンって言うんですよね。初めて見ました」


華子は初めて見るリムジンに興味津々で隣の鈴花はあきれ気味だ。するとリムジンの後部ドアが開いた。


「二人とも乗れ」


そこには堂院と見知らぬ美しい女性が乗っていた。リムジンの後部は対面で座れるシートになっていて、二人はその対面に並んで乗り込んだ。


「ど、堂院さん、急にどうしたんですか?横浜には近づくなって言ってたのに」


華子が聞くと隣の鈴花も頷いた。


「少し計画に変更が入った。氷室家と共同でことに当たることにした」


堂院がそう言うと隣の美女が話し出した。


「氷室由利亜と申します。鬼頭華子さんと、まさか鈴花先輩が来るとは思っていませんでした。お久しぶりです」


由利亜は隣の堂院を睨み付けて言った。


「鈴花先輩も貴様の手の者だったとはな」


「近くで彼女を守る者が必要だったからな。鈴花は容姿も含めて適任だった」


堂院の後から鈴花が由利亜に話し始める。


「ユリア、言ってなかったのは悪かったわ。でも私がハルカの友人で、あの子を大事にしてるのは本当だから。それは疑わないで欲しいの」


「わかっています。少し拗ねただけです。でもわたくしには話して欲しかったですわ。ハルカ先輩との共通の友人として」


由利亜は少し怒って見せたが、それは明らかに親しいものに向けたポーズのようなものだった。


「この車の中は結界を引いていて、現界と隔絶されているので御安心を」


由利亜が事情を説明し始めた。


「私たちの宿敵である悪魔については説明されていると思います。今の我々では倒すことは残念ながら出来ません。だから今回は追い払うようにします」


華子は素直に疑問を口にする。


「でもどうやって追い払うんですか?倒すより大変な気がしますが……」


「それについてはわたくしの能力と最近完成した設備で確実に追い払うことが出来ます。ただそこまで誘き出すことに頭を悩ませていたんですが、それを堂院さんにやって頂けることになったんです」


鈴花は少し顔をしかめた。


「堂院、あなたアレと顔を合わせる気?そのまま戦闘に入ってしまうんじゃないの」


鈴花の問い掛けに笑いながら堂院が答えた。


「勿論戦うよ。そうしないとヤツは穴蔵から出てこないからな。ただ今回の肝はヤツを


それを聞いた鈴花は、少し考えて何かに気付いたようだった。


「あぁ、そう言うことか。だからのね」


華子は自分以外の全員の顔を見て不思議そうな顔で言った。


「えっ、えっ? 私だけわかってないような気がするんですが、どう言うことですか?」


「それについては後で詳しく説明する。今回は鬼頭の“天眼通”と、おまえの能力をフルで使うからな」


「いやっ!?ちょっと待ってくださいよ!いきなりそんな主役みたいなめんどくさいこと押し付けないでください!」


華子が抗議すると、


「多分、危険はないと思う。まあ、多分だが」


その堂院の答えに華子は震えあがる。


「多分ってどう言うことですか?多分って !? 」


「うるせぇな、多分は多分だよ。最悪死ぬだけだ」


堂院のぞんざいな口調に華子は目を丸くした。


「鈴花さん、堂院さんが不良になりましたよ? く、口調が……」


鈴花は当然のような顔をして答える。


「あの子はアレがデフォよ。本来はああいう頭の悪いしゃべり方するから」


「し、知らなかった、皆さんは知ってるんですか ? 」


「ううん。あの口調もう何年も使ってないから。知らないと思うわ」


鈴花は少しあきれながら堂院を見ていた。


「少しは大人になったと思ったのに。まだまだ子供ね」


それを横目に堂院が告げる。


「作戦は今晩21時からだ。これから決行までリハーサルだ」


「マジですか。私今日はお休みなんですよ、お休みですよ。大事なことなんで二回言いました」



華子の言葉に堂院は呆れたように言う。


「ちっ、休日手当は出す。50万だ。やるな?」


「やります!勿論やりますよ堂院さん ! もう、休日手当あるんなら先に言ってくださいよ。不肖この鬼頭華子全力を尽くします ! 」


華子は現金な態度で、揉み手をしながら堂院に笑いかけた。


「堂院、この子大丈夫なのか ? 」


心配そうに話す由利亜に堂院が答える。


「いや、多分……」


その言葉に一抹の不安を覚える由利亜だった。


































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