vol.4
Chapter 3
6月に入り、東京も梅雨の真っ只中だ。今日も朝から強い雨が降り続いている。
亜里沙と華子は、ふたりで銀座を訪れていた。
「華子。今日は、これまでラボで学んだことを実践してもらうわよ」
そう言うと亜里沙は、バッグからスマートウォッチの様な装置を取り出した。
「見るのは初めてよね。これがマタレアス・ディバイセズ・テクノロジー《MDT》製の汎用型S.G.D――TALOSよ」
彼女はその装置を華子の手首に巻きながら続けた。
「復習よ、華子。S.G.Dで何ができるか、覚えてる?」
「S.G.D、ソウル・ジェネレーター・デバイスの略でーーーーーーーー
魂魄の固有振動から生体エネルギーを取り出す、魄動力場変換増幅器です。魄動の振動エネルギーを生体から取り出し、変換・増幅して、用途に応じて収束・拡散します! ……どうですか? 私、暗記だけは超得意なんです!」
華子はどや顔でふんぞり返った。
「そういうとこ、無駄にスペック高いのよね……」
「無駄とはなんですか、無駄とは! 確かにそれ以外は得意なことあんまりないですけど……」
それを聞いた亜里沙は笑いながら、
「ごめんごめん。本当にあんたは、からかい甲斐があるわね」
「ホントにもう……。で、これ、どう使うんです? 使い方までは教わってないですよ!」
亜里沙は、自分の手首に巻いておいたS.G.Dの画面をタッチし、起動させた。
「起動したあとは、音声で操作するの。今回使用するのは、魄動の固有振動を使った探査ね。“TALOS、空間の残像力場の異常歪曲を探査して”」
《わかりました。探査を開始します》
「こんなに小さいのに、いろんなことができるんですねー。スゴッ!」
華子が感心した様子で言うと、亜里沙は少し残念そうに答えた。
「この汎用型は、ラボのサーバーを通じてすべての処理をしてるから小さくできるの。それに、S.G.Dでできることも個人差があるから、向き不向きがあるのよ。私は探査、苦手なのよね」
華子は頷きながら、
「この間の蝿のとき、言ってましたもんね。じゃあ、私も試してみます!」
そう言って華子も端末を起動し、探査を開始した。
「異常を察知したら、画面に表示されるから。その地点を私と共有して」
「わかりました。……ん? なんか出ましたよ!」
「もう? いいわ、こっちの端末に共有して」
華子が端末を操作して情報を共有すると、それを見た亜里沙が方角を示した。
「あっちか、柳通りの方ね。行くよ」
「はい!」
ふたりは端末のマップと周囲の景色を照らし合わせながら歩き始めた。
「え〜っと……。亜里沙さん、この辺りですね」
それは25階建ての比較的新しいビルで、1階には有名なイタリアンレストランが入っている、銀座でもよく知られた場所だった。
「亜里沙さん! あの店、最近ミシュランに載ってるお店ですよね?」
「うん。去年、三ツ星とってたよ」
ふたりはその店の前にたどり着いた。
「ALPHA」
――それが、この店の名前だった。
一方、ラボの所長室では、堂院が所長に用意された椅子に深く腰を下ろし、肘掛けにもたれて何かを考えていた。
すると、不意にドアがノックされた。
「坊っちゃま。よろしいでしょうか?」
「紅林か。入れ」
「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
そう言って現れたのは、真っ白な髪を後ろになでつけ、まさしく執事そのものの服装を着こなした老年の男性だった。
「新しく入られた鬼頭華子様はいかがですか?」
「あれは面白い女だ。自分自身のことをまったく理解してないようだが……」
堂院はお茶を口に運びながら言った。
「面白い、とは何故にでございますか?」
「あれの目だ。あの女の目は、なかなか興味深い。使えるかどうかは、あの女次第だが」
「坊っちゃまが使える駒が増えるのは喜ばしいことですが……引き入れる者には、細心の注意をされた方がよろしいかと」
「わかっている。魂の色も見ているから、問題はない」
そう言うと、堂院は再び自分の思考の深みに沈んでいった。
Chapter4
「それで亜里沙さん。どうやって中に入るんですか?」
「バカね、客として入りゃ良いじゃない」
亜里沙が少し呆れた表情でつぶやく。
「私もこんな高級店入ったことないですけど、普通は予約がいるんじゃ……」
「うっ、そ、そんなの当たって砕けろよ!」
「砕けちゃダメでしょ!」
亜里沙は勢いよくドアを開けた。
「た、たのもー!」
「違うから!道場破りしてどうするんですか!」
華子が、亜里沙にかわって受付の女性に話しかける。
「すいませーん。予約してないんですが、2人お食事出来ないですか?」
受付の女性は申し訳なさそうに、
「お客様申し訳ございません。本日は予約で満席になっておりまして」
「そりゃそうですよねぇ。……亜里沙さん、ここは出直しましょう」
華子たちが話していると奥からもう一人女性がやってきて受付の女性に耳打ちをしていた。
「……そうですか。お客様実は今キャンセルが出まして、お二人でしたらご案内できます」
それを聞いた亜里沙は満面の笑みになり、
「やっぱわたしムッチャ豪運。いくよ、華子!」
「調子いいなー。さっきまでシュンとしてたのに」
華子が呆れた様子で亜里沙に続いて店内に入っていった。
席に案内された2人は店内をキョロキョロと見回していた。
「亜里沙さん、ここヤバイです。絶対お高いですよ、払えるんですかお金!」
「フッフッフッ、華子こういう時のためにこういうものを持ってきたのよ!」
そう言ってバックから取り出したのは、一枚のカードだった。
「ガンテツから場所がら使うかもしれないからって預かったこの、ブラックカード!」
それを見た華子が目を丸くして、
「は、初めて見ました。それが、ブラックカード……でブラックカードってなんです?」
それを聞いた亜里沙がズッコケる。
「ブ、ブラックよブラック!あんたカード持ってないの?」
「カ、カード……もちろん持ってますよ!?ポイントたまるやつなら……」
「ポイントカードじゃ払えないよね!お支払いに使える最上級のカード、それがブラックカードよ!」
「す、すごい。これがブラックカード様!
ハハーッ!」
ブラックカードの威光の前にひれ伏す
華子だった。
「あの~。そろそろオーダーお聞きしてもよろしいですか?」
2人の漫才を見ていたスタッフの女性がおそるおそる聞いてきた。
華子が申し訳なさそうに、
「すいません!い、一番安い料理で、」
「何言ってんの華子。一番高いのに決まってるでしょ。こんな時じゃないと、お高い料理なんか食べられないじゃない!」
「そうですよね、自分が払うんじゃないんだから、ここは思いきって一番高いの持ってきて下さい!」
そう言うと2人は一番高いお昼のランチコースを頼むのだった。
「ところで亜里沙さん、なんか反応ありました?」
「私の方はなんもないのよ。華子の方は?」
「それが、私の方も店の中に入ってからは反応が消えちゃって……」
それを聞いた亜里沙が、
「この店じゃなかったのかな?」
「まあ取りあえず腹ごしらえしましょう」
そうして2人が話していると早速前菜が運ばれて来た。
「華子来たよ!これが三ツ星の料理かー」
「おいしそ、う……ん?……亜里沙さん。何か色が変じゃないですか?」
「なに?」
「んー。やっぱり、これ食べない方がいいですよ」
それを聞いて亜里沙が怪訝な顔で、
「どういう事?なにもおかしな所はないみたいだけど」
「いや。すぐ出ましょう。今すぐ」
そう言うと華子はあっという間に出ていった。
「あっ、ち、ちょっと待ってよ。支払いしなきゃダメでしょ!」
支払いを済ませた亜里沙が出てくると、入り口から少し離れた歩道で華子がこちらをじっと見ていた。
「どうしたの、華子。なんか異常でもあった?」
華子は少し考えてゆっくり口を開いた。
「あの料理の中になんか変なのが混じってたので」
「変って、なにも無かったけど……」
「うまく言えないんですけど、なんか黒いぐちゃぐちゃしたものが蠢いていて……」
それを聞いた亜里沙は驚いて、
「……あんた、“視える人”?」
「はぁ。視力は1.0ですが……」
「そうじゃなくて、他の人に見えないものが、見えたりする?」
「ま、まあ部屋で椅子にすわってる影を見たりとか、変な音とかはよく聞きますが」
亜里沙は振り返ってビルを見ながら、
「今なんか視える?」
「ウ~ン、さっきとは違ってビル全体がどす黒くてところどころ、黒いネチャネチャしたものが色んな所から染みだしてきてますね」
「そうか。……ここは一旦帰りましょう。下手に深入りして取り返しがつかなくならないうちに」
それを聞いた華子が、
「でも、亜里沙さん。」
「なに?」
「その前にどっかでご飯たべましょうよー
お腹がすきました!」
亜里沙が心底呆れた様子で、
「あんたにゃ負けるわ。わかった、わかった何か食べていこう」
「やったー!これで食費が一食分浮きました!」
「ふざけてんだか、真面目なんだかよくわからないわ、あんた」
「失礼な、私はいつでも真面目です!」
呆れながらも亜里沙は振り返って、ビルから不吉な未来が見えるような気がして憂鬱な気分で華子の後ろを歩きだした。
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