vol.2

「だから私、ハエがダメなんです!大きかろうが小さかろうが、ダメなものはダメなんです!」 


「うん。だから、気にするところが違うよね、華子」


巨大なハエを倒した後、ラボに帰ってきた二人。 

先ほどの大きな画面の前で、堂院が出迎えていた。


「…………。」 


「いやっ、普通何かありますよね!お疲れ様とか、怪我はないかとか」 


「…………。」 


「何か言ってください!!私が馬鹿みたいじゃないですか!!!」


華子が必死で言い募ると、


「華子。代理には期待しない方がいいわ。この人、必要ないことはほぼ喋らないから」


 「えーっ」


亜里沙は画面を見ながら、


「みんな、もう少しで帰ってくるわね」


「どういう方達なんですか?」


華子が聞くと、


「う~ん、……まあ、みんな普通よ!普通」 

(間が怖いんですけど……)


「ところで、あのハエなんですが、悪魔って言ってましたけど。何なんですか、あれ?」


「そのまんま、悪魔よ」 


「本気で言ってます?」


亜里沙が華子に向き直ると、


「本気も本気よ。でも、自我のない使い魔は、悪魔の中でも雑魚中の雑魚よ」 


「雑魚、ですか」


「そう、人間を見たら力任せに襲ってくるだけなんだもん。倒し甲斐がないってもんよ」 


「何か、ビカーッと光で消えてましたもんね」 


「本当はね、指輪だけじゃなくて、槍と一対になるように造られてるんだけど」


「槍ですか。でも、持って行ってなかったですよね」


華子が言うと亜里沙は呆れたように堂院を見て、


「どっかの馬鹿が、演習だってのに、五人全員の武装を破壊しちゃって、それで修理中なの」


「えっ!全員のをですか!」


「ペナルティで減給されて、バイトしてんのよ。ハハハッ!」


華子が堂院を哀れみの目で見ながら、


「貧乏は嫌ですよねー。わかります。うん!」 


「お前と一緒にするな。給料カットするぞ」


堂院の無慈悲な宣言に、


「嘘、嘘ですよ、そんな馬鹿になんて……」


「口に気を付けろ」


「わかりましたっ!」


最敬礼で堂院のご機嫌を取る華子だった。


「華子。みんなが帰る前に悪魔について説明するね。さっき倒したのは悪魔の中でも第一階梯、自我がなく暴れまわるだけね」


亜里沙が言葉を切り、画面を見ながら続けた。


「次の第二階梯は自我があり、命令を守るだけの知性があるわ。そして第三階梯になると、かなりの知性があってすごく厄介になるの。特殊能力も持ってるしね」


「ほぇ~、そんな風になってるんですね~」


華子が感心した様に呟くと、


「まあ、おいおいわかるわよ。さっ、みんな帰ってきたから出迎えに行くわよ!」


「俺はバトルデータを検証するから、お前たちだけで行ってこい」


そう言うと、堂院は部屋の奥に消えていった。


「付き合い悪いんだから」


亜里沙はそう言うと、玄関に向かって歩き出した。 それを追って華子も続く。


「みんな、おかえり!」


華子たちが玄関に着くと、既にメンバーが帰っていた。 

みんな同じ全身黒の、体にフィットしたバトルスーツを着ている。

胸や腰にはプロテクターを付けて急所をカバーしていた。

手にはこれも黒のグローブを、足元は頑丈そうなショートブーツを履いている。

目につくのは、すべてのパーツに鈍色に光る金属の補強が入っていることだ。



 一番最初に華子の目についたのは、ひときわ大きな男だった。 身長は優に二メートルを越え、山のような大男で、そればかりか、顔も胴体も腕も足も、全てが太かった。

次に目についたのが、どう考えても小学生にしか見えない少女だ。 身長は百四十センチないぐらい、先ほどの男と比べれば小人にしか見えない。顔を見ても可愛らしくあどけない。 

その隣にいるのは、髪をオールバックにして柄の悪いサングラスをした、年の頃は三十代の男だ。 口の上に髭を蓄え、口をへの字にして不機嫌そうな様子だ。

最後は長い黒髪を真っ直ぐにおろした美しい女性だった。細い眉、切れ長の目、桜色の柔そうな唇、そのパーツの配置も完璧で、華子が見たこともないような美女だった。


「みんな数が多かった割には早かったじゃない」


亜里沙が言うと、あのいちばん大きな男が、


「雑魚ばっかりだったからな。あれならあっしらじゃなくて、スイーパーでもよかったぐらいだ」 


「みんなの武装修理中だし、訓練としたら丁度よかったんじゃない?」


あの小学生がそれに答える。


(えっ!?あの小っさい子、大人の声だ!どう見ても小学生なのに)


明らかに少しハスキーな大人の女性の声がして、華子は驚いた。


「でもまだ慣れないですね。現実にあんな怪物がいるんですから。僕なんか未だに体が震えちゃって」


(オールバック!声っ!若っ!高っ!び、びっくりしたー!)


オールバックの男が喋り出すと、そのギャップに華子はまたも驚いた。


(まさか、あの美女も?変な声だったり……)


そして、その時が!


「いや~ん!アタシのゴージャスな黒髪に枝毛がある~!」

(野太っ!いやいや絶対男の人だよね!?えっ!?オネエなのっ!?)


「あ、亜里沙さん!あの美人さん、男の人ですか?」 


「うん。男。通称、一条ゆかり。本名、斎藤太さいとうふとし


「ふ、太っ!?っていうか、なんで有◯倶楽部!?」 


「あ、あんたもよく知ってるわね」


華子が亜里沙と喋っていると、


「亜里沙!お前その名前呼んだら殺すって言ったよなー!!」


「やばっ!華子、私、逃げるからっ!」


そう言った瞬間、猛スピードで玄関から外に飛び出していった。


「待てや、ごらぁー!」


◯閑倶楽部こと斎藤太が、猛然と追いかけていった。


(何か、色々すごい人たちだなー)


華子が唖然としていると、あの全てが大きい男が声をかけてきた。


「あんた、若が言ってた新入りだな」 


「若?」


 

「あんたを迎えにいった男だよ」


「ああ、堂院さんですか」


「おう、そうだ。今日からよろしくなっ。 あっしは、ガンテツだ」


「ガ、ガンテツ?ほ、本名なんですか?」


そう言うと、ガンテツさんは残念な子を見るようにして華子を見ていた。


(今の私が悪い?ど、どうしたらいいの?)


「馬鹿ね、ガンテツ。この子困ってるじゃない。よろしく、石原鈴花いしはらすずかよ。こんななりだけどあなたより年上だから」


あの小学生にしか見えない少女が声をかけてきた。改めて聞くと、少しハスキーでセクシーな声だった。


「いやぁ、やっと普通っぽい人が入ってきて良かったです。あっ、僕は蕨和彦わらひかずひこと申します。お見知りおきください」


(あんたが一番普通じゃないから!見た目からしてヤバい職業の人ですよね!?)


「な、何かすごすぎて、何だか目の前が……」


(あれ、何かクラクラするぞ。えっ、なっ、なんで……そ、そういえば、昨日から何も食べてない……)


「あ、あなた大丈夫!?」


「な、なんか大丈夫じゃあない、みたい、です……」


そう言うと、華子はその場で倒れていった。







「はっ!?」


華子が目覚めると、天蓋つきの見たこともないようなベッドの上で横たわっていた。


「私。……そうだ、あまりにもお腹空きすぎて倒れちゃったんだ」


改めてその部屋をよく見ると、全ての調度品が豪奢なアンティークで統一されていて、こんな家具など見たこともない華子は気圧されていた。


「起きたようだな」


堂院がノックもせずに入ってきた。 その手には、大きめなトレイの上に大盛りのカツ丼が!


「ふぉーっ!!カツ丼様ー!!ど、堂院さんっ!!そ、そのカツ丼様は、もしや私にー!?」 


「ガンテツに持ってけって言われたからな。食っていいぞ」 


「ありがとうございますっ!いただきまーっす!」


そう言うと華子は猛烈な勢いで食べ始めた。


「う、うまいっ!に、二ヶ月ぶりのカツ丼様ー!!」 


「貧乏にはなりたくないな……」


「何か、言いました?モグモグ」


がっつきながらも聞き返す華子。


「なんでもない。食べながら聞いてくれ。お前が研究していたことについてだ」


あっという間に全て食べ終えた華子が、サイドテーブルに丼を置いて聞き返す。


「研究ですか……。でも、このラボの目的とは少し違う気がするんですが」 


「俺にとってはお前の研究が非常に重要だ。確か『量子力学の観測問題における多世界解釈の実存性について』だったな」


頷く華子。


「ラプラスの悪魔について考えていたら思いついたんですが……で、でも思考実験の域を出てなくて」 


「いや、それでいい。お前にはここでその研究をやって欲しい」


堂院はサイドテーブルに置いていた書類を手に取り、


「これが契約書だ。うちは年俸制でな」


渡された契約書を見て華子は目を剥いた。


「えっ!に、二千万。ほ、本当にいただけるんですか!?」 


「そう書いてある。嫌ならしなくてもいいぞ」 


「と、とんでもない。い、今します、すぐしますっ!」


そう言うと、契約書をひったくってサインする。


「これで食べ物の心配しなくてすむ~」 


「おめでとう。これでお前もここの一員だ」


堂院はそう言うと、



「ようこそ。秘密結社アララギへ。ここは地獄のとば口だ」



それを聞いて、華子は自分がとんでもない間違いを犯してしまったのではないかと、おののいていた。


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