Vol.1


「何でこんな遠いの?ハァ、ハァ。先端技術ラボって、何でこんな山奥なの――っ!?」


 リクルートスーツに身を包んだ女性が、今にも倒れそうな様子で愚痴をこぼしていた。

 何年も手入れをしていない事が一目で分かる長い黒髪を無造作にまとめ、今どき見ない瓶底メガネをかけた、痩せぎすなスラリとした女性だ。


「やっと、やっと、私の研究が陽の目を、見ると思ったのに、な、何でこんな目に。これでちゃんと、ご飯食べれると思ったのにー」


 見渡す限りの山と田んぼが広がっている。あるのは農道と、うら寂しい案山子だけだ。


「指示通りバスの終点で降りて、一本道をズーット歩いてるけど、いつ着くのーっ?」


 すると、道の先から、一台の軽トラがやって来る。


「の、農家の人かな?スイマセーン!車に乗せてくださーい。お願い、助けてくださーい!」


 そうすると軽トラが目の前に止まる。


「や、やった、あ、ありがとうございます。た、助かった~」


 軽トラから出てきたのは、車に似つかわしくない若い男だった。

 年齢はかなり若く、少し癖のある髪が顔の半ばまで覆っているが、整った顔立ちだ。

 もうかなり暑くなっているというのに、黒いコートを着ている。


「鬼頭華子だな」


「あっ…はい。」


「ラボから迎えに来た。乗れ」


 言うと青年は、すぐさま車に乗り込んだ。慌てて荷物を荷台にのせると、華子は助手席に乗り込んだ。


「あのー。……………ど、どちら様で?」


 青年は、しばらく黙り込んだ後、仕方なさそうに


「ラボで所長代理をやってる。堂院│はじめだ」

「ど、堂院さん。ハッ?!所長代理だったら偉いじゃないですか、こ、これお土産の、雷おこしです!」

 

 堂院は、あきれた顔で、

 

「一応、ここも東京なんだが…」

「で、でもここの雷おこしはすごく美味しくて固くて歯が欠けそうになるんですよ!でも、それがいいんです!!」

「歯が欠けるのは余計だな」

「え、あ、そ、そうですね、確かに、

はい…」


 青年は、溜め息をつくと小さな声で、

 

「何でうちは、こう変な奴が来るんだ」


 呟きながらラボへの道を急いでいた。

6月も半ばを過ぎ気温はかなり暑く、アスファルトからは、陽炎が立ち上っていた。

 しばらく走ると、前にトンネルが見えてきた。

 トンネルに入った瞬間、視界がゆがみ

 ぼやけたと思ったら、眼前には丘の上に建った、白亜の建造物の入り口に向かう道の半ばだった。


「うそっ!何で、いやっ、これは空間の位相をずらして、固定して元の空間から任意にゲートの開閉を出来る様にしてるんですか。

 いや~、凄い、凄いですよ、堂院さん。どういう理論なんですかっ、いや~ホントに興味深い!」


 堂院はあきれた様子で、


「本当に良くしゃべる女だ」

「えっ!何か言いました?」

「何も。」


 しばらくすると、建物のエントランスに車を止める。

 その、白亜の建造物は明らかに国会議事堂にそっくりで、

「堂院さん。ここ国会議事堂にそっくりですよね?……それにしても、ほんとに、似てるなー……」

「当たり前だ。本物だからな」

「はっ、はいっ?ど、どういう事ですか?」

「そんな事はどうでもいい。行くぞ」


 言い捨てると、先に中へ入って行く。


「あっ、待って下さい堂院さん!」


 正面玄関から右に曲がり真っ直ぐな廊下を

 どんどん歩いて行く。


 (あれ?おかしいな。いくらなんでも、

 こんな長かった?もう5分以上歩いてるけど)


「着いたぞ。今日からここがお前の棲みかだ」

「棲みか?あっ、あぁ、職場って、事ですね!」


 目の前に扉がある。

 高さが3m 幅も2mはある、巨大な物だ。


「開けてみろ」

「えっ?これをですか?」

 (普通、開けてくれるよね?まぁ開けろと言うなら開けますけどね。初日から悪印象持たれる訳にはイカンのです!ハァ、サラリーマンは悲しいよ)


 華子はドアノブを握ると、勢い良くドアを、

 (…………開かないっ!?開かないんですけど!)


「ど、堂院さん、開きません!」


 ドアノブを、いくら捻ってもビクともしない。

「ど、どうしたら、あ、開くの~」


華子がどんなに、押したり引いたり

しても、全く開く様子がない。


「ま、そうだろうな。この扉を開けられなければ、お前はクビだ」

「えっ?嘘、嘘ですよね!?」

「嘘をついてどうする」

「そ、そんな。わ、私もう行くとこが無いんです。が、頑張って研究しても誰も相手にしてくれないし、バイトしても、私こんなだから長続きしなくて、アパートも追い出されて、わたし、独りなんです。お願いです、見捨てないでくださいっ!」


華子はそう訴えて、泣きじゃくりながら、ぺこぺこお辞儀を繰り返していた。

堂院は、ひとつ溜め息をつくと、


「いつも家に帰る時の様に扉を開け」

「い、いつものように、ですか。やってみます!」


改めてドアノブを握り、


「ただいまーって、1人だけど…」


ドアノブを捻る。


ガチャツ、


「あ、開いた!開きました堂院さん!」

「取り敢えず、合格だ」


堂院は、チラリと一瞥した後、中に入って行った。


「あっ、ありがとうございます!」


堂院に続いて部屋に入ると、先程の廊下と同じ様に外から見るよりも、明らかに面積が広い。広大な部屋にズラリとスーパーコンピューターが果てしなく並び、壁一面には大きなディスプレイが、びっしりと埋め込まれている。

そして、その前に白衣を着た女性が立っていた。


「あら、めずらしい。門を通れるなんて」

「門、ですか?」


良く見ると外見は明らかに金髪碧眼の典型的な白人なのに、ネイティブな日本語を喋っている。身長は170cm程で、モデルのような体型の女性だった。


「あの扉は、“愚者の門”って言って、心に嘘が無いものだけが通ることが出来るの。」

「嘘がない、ですか…」

「そう。正直者が馬鹿を見るって言うでしょ。それぐらいの正直者じゃ無いと通れない。だから、“愚者の門”なの」

「でも、通れて良かったです。これでご飯が食べられます」

「あなた、食べてないの?」

「昨日の晩から何も。ここまでの交通費とお土産代でお金無くなっちゃったので」


華子はバッグから財布を出すと、中を見せた。


「えっと、じ、13円!?あなた、今まで良く生きてこれたわね。本当に面白い子ね」


白衣の美女は手を差し出して、


「古泉亜里沙よ。見た目こんなだけど日本人だから」

「あっ、はっ、初めまして、鬼頭華子と申します。ふつつか者ですがよろしくお願いします」


亜里沙はそれを聞いて、


「やっぱり、あなた面白い!」


と言って、華子をギュッと抱きしめた。


「えっと、あっ、は、はなしで、ぐだざいっ、グッ、苦しいっ」

「古泉。力入れすぎ。殺すぞ」

「ほっ、ほんとに死んじゃう~っ!」


亜里沙は我に返ると、


「メンゴ、メンゴ。力入り過ぎちゃった。テヘッ!」


首をかしげながら舌を出して、所謂てへぺろをして見せる。


(ここの人達、ヤバい人しかいないーっ)


ここに着て本当に良かったのか、少し後悔してきた華子だった。




「改めて自己紹介を。ラボの主任研究員の古泉亜里沙よ。マタレアスホールディングス先端技術ラボラトリーにようこそ!」

「よろしくお願いします!鬼頭華子です!

得意なことは昼寝で自慢じゃ無いけどお金は有りません!」


堂院は溜め息をつくと、


「やっぱり、うちは変な奴しか来ない」


亜里沙が続ける。


「うちは、後5人主任研究員がいるんだけど、今みんなフィールドワークに出てるのよ。じきに帰るから、帰ったら紹介するね」

「フィールドワーク、ですか。何か外で研究するんでしょうか?」

「フィールドワークと言っても、うちの場合は実践ね」

「実践、ですか…」


亜里沙は壁面のディスプレイを指差して、


「緑の光点が5つ有るでしょ?あれがメンバーの位置を示してるの。」


華子が、がめんを見ていると、


「あの近くの赤い光点は何ですか?」

「あぁ、あれはね、ん?」


亜里沙が急に口ごもる。


「あ、亜里沙さん、どうしました?」


亜里沙は、ニヤリと笑うと、


「聞くより見た方が早いわ。丁度良いタイミングで近くに実践対象が出現したから」

「出現?」


亜里沙は堂院に向き直ると、


「新入り連れてオリエンテーション行ってくるわ。いいわよね?所長代理」


堂院は画面を見ながら見向きもせず、


「許可する」

「じゃあ行ってきまーす」


そう言って華子の手を掴み部屋を出ていく。


「長続きすれば良いがな」


堂院は画面を凝視しながら呟いた。




「さぁ、行くわよ!華子!!」


亜里沙は外に出ると、華子を掴んでいた手を離し、どんどん先に進んでいく。


「ま、待って下さい!どこ行くんです?」

「ここら辺なんだけど、おかしいな?

私、魄動使った探査苦手なんだよな…」


亜里沙がそう言った瞬間、

上から何かが凄い勢いで落ちてきた!


「何だ、上だったの?そりゃ分かる訳が、…」


轟音を響かせて落ちてきた物が着地する。


「な、なな何、何なのこれ!!!!」


華子が指差した先には、人間大の蝿が

体をブルブルと振るわせながら、

こちらを見ていた。


「いやっ!助けて、助けてー!」

「華子、大丈夫よ。あんなの雑魚だから」

「いやー、蝿嫌いなんですー!!」


それを聞いた亜里沙があきれて、


「あなた、本当に面白いわね。普通、気にするのそっちじゃ無いと思うんだけど」


その間にも巨大な蝿は2人に襲い掛かろうと羽を震わせる。

その振動で回りの木が大きく揺れている。


「見てなさい!」


そう言うといつの間にかはめていた、

大きな宝石の指輪を蝿に向け、


「“単槍匹馬たんそうひつば”」


「“御手杵おてぎね”」


亜里沙が呟くと、指輪から

まばゆい程の白い光が溢れ真っ直ぐ

蝿に向かっていく。


「グギャーーーッ!?」


その光が蝿に当たった瞬間、蝿は爆散して跡形もなく消え去っていた。


「華子?」


見ると華子は尻餅をついて、失禁していた。


「な、何なんですかーー! い、今の何なのー!!」

「あっ、あれはね悪魔」

「あ、悪魔ー!?」

「そう。悪魔。テヘッ」



テヘッ!じゃない!やっぱりここヤバイッ!

誰か説明してー!!!!
















 

 

 

 


 

 


 




 

 

 

 

 


 

 



 

 

 

 

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