Reverse

物部堂

序章

夜の闇に閉ざされた山が、黒い翼を広げた悪魔のように、周りをを黒い世界がおおっていた。

奥多摩の山中にあるキャンプ場にその闇から、にじみ出るように異変が降り立とうとしていた。

闇の塊から悪意がこぼれ落ちる。

醜悪な悪の子が生まれ落ちた。


「次元震動、確認しました。位置情報出ます。A11-2オートキャンプ場の近くです。魄動力レベルC、第二階梯と思われます」


小さな部屋に何台ものモニターが並んでいて、大きな機械がところ狭しと置かれていた。


モニターの情報を報告していた男の背後に、山のような大男とスラッとした身長に筋肉質な体躯をした若い男が立っていた。


「若、あっしが行ってきやすんで──」


大男が隣の若い男に話しかけていたが、気がつくと男は姿を消していた。


「あっ、また先に。はあ~、あっしが追い付くわけねえ……全く」


大男はうなだれながらも外に出て男を追いかけていった。




「うわーっ、ヤバい、ヤバい、早く、早く!」


「あれ、なに!?く、熊だった?違うよねっ!?」


アウトドアウェアに身を包んだ、2人の男女が山道を凄い勢いで駆け降りてくる。

2人は背後を何度も振り返りながら、ひたすら足を運んだ。


「ハァ、ハァ、待って、もう走れないっ!」


「無理、無理、死んじゃう、早く、早くっ!」


男の方が女の手を引っ張り全力でかけ降りてゆく。


そして、それはいた。


その2人の背後から闇を引きずる様に、人を潰して丸め、悪意をもって形づくったような、醜悪な肉のオブジェが二人を追いかけていた。


『い、いたいっ、いたイーッ!』


「いや――――っ!!」


『なんでイタイの──』


「誰か、助けて――――っ!!」


『いたイ、イタイ、なんでイタいんだ―』


「死にたくないっ!」


『オマエタちも、いたクシテやルっ!』


それは人間性を試されるような、腐肉の塊。

目や口や鼻や耳があらゆる所にくっ付けられた、まさしく怪物だった。


そして、今にも2人がその口に飲み込まれそうになろうとした時、


「うるせえぞウジ虫が、黙れ」


いつの間にか、その肉塊の上に男が立っていた。

黒いコートを靡かせ、少し癖のある髪が顔の半ばまで覆っている。

年は二十歳そこそこでかなり若く整った顔立ちをしている。

手には鈍色に光るグローブを嵌め、足元にはこれも鈍色に光るブーツを履いていた。


『お、おマエ、なんダ!』


「生まれたてでも喋れるのか……お前らの言語能力はどっからくるんだ?」


『オマエ――』


「黙れ、貴様は喋るな。口が臭えんだよ」


男が軽く肉塊を踏みつける。

男のブーツから光が走り肉塊が激しく震える。


「はあ、なんか特殊能力でもあるかと思ったら、やっぱ雑魚か……。いや、もしかしたら奥の手とかあるかもしれん。おいお前、反撃しろ」


肉塊が震えるのをやめると、途端にしゃべり始める。


『おまエ、いたクシテやル──っ!』


すると肉塊から何本もの触手が飛び出て、男に向かっていく。

しかし、当たらない。

その触手全てを紙一重で躱してゆく。

驚くべきことに男は、一歩も動いていなかった。

しばらく躱し続けていたが、それに飽きてしまったのか、またしゃべりだした。


「ああー、もう良い、もう良い。やっぱお前雑魚だわ」


そしてまたもブーツから光が発生すると、肉塊からの攻撃が止まった。


ばく

 

男が言った瞬間ブーツから爆発的に光と音が迸り、そこから発生した雷が肉塊を爆散させた。


そして辺りに闇が戻り、静寂が満ちていた。

おびただしい肉と、血と、濃密なまでの死が漂っていた。


「全く、無駄足だったじゃねえか……」


「若ぁ――――っ!若――――っ!」


男が振り返ると大男が必死に坂道を登って来た。


「遅いぞ、ガンテツ」


麓から駆け上がってきた、大男が黒コートの男に呼び掛けていた。


「若っ、酷いじゃないですか。自分は、あっしに独断専行するなって言うくせに」


「のろいお前が悪い」


「そんな事言っても、この巨体じゃしょうがないじゃないですか」


確かに男は巨体だった。

身長は2mを優に超え、その顔も体も腕も足も、全てが太かった。

まさしく岩の様な巨体だった。


「それにしても、派手にやりましたね。」


ガンテツと呼ばれた大男が、あたりを見渡しながら言った。


「この悪魔が、モロ過ぎただけだ。"スイーパー"を呼んで掃除しておけ」


ガンテツは頷きながら答える。


「へい、分かりやした。若はこの後どうされるおつもりで?」


「ラボに戻る。S·G·Dのデータログを取っておく」

若と呼ばれた男は腰から機械を取り出して答える。

ガンテツはスマートフォンでどこかに連絡しながら話しかける。


「では、ここはおまかせくだせぇ」


「たのむ」


そして、黒コートの男が何か呟くと、男の姿はかき消えていた。

ガンテツは気を失って倒れている二人の男女を両の肩に担ぎながら呟く。


「それにこの2人も何処かに置いておかねぇとな」


そう言うと夜の闇に消えていった。



東京八王子氷室財閥別邸────


応接室で氷室由利亜が、斑目まだらめ 十三から報告を受けていた。


「昨晩、奥多摩に悪魔が出現したと言うのか?」


報告書に目を通しながら目の前の十三に問いかける。


「はい、鬼眼衆の感知にひっかかったようです。ただ、影が向かった頃には跡形もなく、男女2人が発見されただけでした」


「ふん、どうせ奴の仕業だろう。他に何か異常は?」


由利亜は苦々しげな表情で問いかける。


「今回は特に何も」


溜め息をつく由利亜。


「わかった。何か有れば直ぐに報告を」


「御意」


(この程度で済んでいると言うことは"アレ"ではないと言う事だ。ただ気になるのは、最近悪魔の出現が多いと言うことだ。何も無ければ良いのだが……)


由利亜は溜め息をつきながら、窓に広がる青い空を見ていた。



紅い月が闇に浮かんでいた。


いや、違う。


俺の目に血が。


血臭が周りに満ちている。


───守れなかった。


俺は守れなかった。


彼女は俺の横で血の海の中横たわっていた。


“お主は自由で良いのじゃ、自由でな”


守ると、必ず守ると誓ったのに。

守れなかった


俺は。 俺は…


「はっ!……はぁっ、はぁっ──また、あの夢か」


男がベッドから飛び起きる。

それは、あの山で悪魔を倒した黒コートの男だった。


(最近、良く見るな。何かの前触れか?)


ドアがおもむろにノックされた。


「失礼致します。はじめ坊っちゃま。水をお持ちしました」


「紅林か、悪いな。そこに置いておいてくれ。起こしてしまったか?」


「いえ、たまたまで御座います」


紅林と呼ばれた男は答えると、水差しとコップをサイドボードに置く。

紅林は自らの主を心配するように話しかける。


「坊っちゃま、最近うなされることが多いようですが、なにか心配事でもおありですか?」


紅林に問われた男は頭を振った。


「いや、なんでもない。少し昔のことを思い出しただけだ」


「それなら良いのですが……では、私はこれにて……」


そう言って紅林は部屋を出た。

ベッドの上で男は、手を握りしめて絞り出すように声を出す。



「今度こそ、必ず守る。俺の魂にちかって」


そしてその誓いは虚空の闇に消えていった。


 


 


 

  


  

 



 

 

 

 


 

 


 

 

 

 


 

 

 

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