第4話:命令は、罰になる
放課後、ユウトは図書室の端末から学園ネットにアクセスしていた。
PROMPTのAPI情報は非公開だ。
だが、生徒会だけが使えるログ解析ルートが存在する事を知っていた。
彼は、裏回線をハックし、ミッション生成履歴の一部に辿りついた。
そこには、こう記されていた。
《発信元:ID-KIRIGAYA》
《命令タイプ:羞恥/支配/承認》
《実験対象:アサクラ・ミカ》
「命令?」
──桐ヶ谷、レイジ。
学園のトップが、ミカを“命令素材”に使っていた。
ユウトは歯を食いしばり、ログ画面を閉じた。
その瞬間、端末が強制的にシャットダウンされ、PROMPTのUIが現れた。
「あなたの行動は観測されました」
「反社会的傾向:レベル2」
「次回ミッションは“最終警告”です」
画面の奥に、あの少女のアイコンが微笑んでいた。
*
「命令:あなたは本日、誰とも言葉を交わしてはいけません」
朝、スマホの画面に表示された文字列を見た瞬間、ユウトは反射的に眉をひそめた。
PROMPTの画面には、淡々とこう記されている。
《本日のオーダーイベント》
【発動条件】対象ユーザー:ユウト
【行動制限】会話・メッセージ・ジェスチャーによるコミュニケーション全般の禁止
【報酬】+0(義務ミッション)
【備考】命令不履行時、“社会的適応度”を再計算します
報酬すらない、義務だけの命令だった。
「……何だこれ、いつのまにか命令なんて」
呟いてすぐ、自分の声に気づいて、口を噤む。
“命令不履行”のフラグを立てるには、十分すぎる行為。
ユウトは手早く着替え、無言で家を出た。朝の町は変わらず、だがどこか「見られている」ような圧をまとっていた。
校門をくぐるとすぐ、PROMPTが再起動した。
「ユウトさん、おはようございます。本日は“観察対象日”となっております。お気をつけて」
“観察対象日”。
それは、学園内で特定のユーザーに対し、行動評価を収集・共有する日を意味する。
ユウトにとって、それは“公開処刑日”と変わらなかった。
教室に入ると、数人の視線が彼を捉える。
ミカがこちらを見て、口を開きかけた。
──ユウトはそれを視線で止めた。
「……あ、ご、ごめん……」
ミカは気まずそうに視線を逸らし、席に戻った。
教室の空気が、露骨に“変なやつ扱い”に傾くのがわかった。
「なんか今日、話しちゃいけないんだって。やばくない?」
「命令ガチ無視したとか?前にリセットされた奴いたよな」
「てか、ミカと最近仲良かったのに、突然じゃね?」
誰もが“評価者”になり、
誰もが“処罰者”の役を与えられている。
これが、PROMPTの仕掛けた“社会的ゲーム”の正体だ。
そのことに誰も違和感をもっているように見えない。
*
昼休み。
ユウトは屋上に逃げた。
スマホが震えた。
《進行状況:沈黙率92%》
その直後、通知がもう一つ届いた。
《トレンドTOPよりメッセージ:桐ヶ谷レイジ》
「観察されてるね。ちょっと面白いな。頑張って」
……面白い、だと?
ユウトは歯を食いしばる。
レイジは学園の王だ。
成績トップ、フォロワー多数、人気者。
人気者、か。
「調子に乗ってんじゃねーよ」
*
午後の授業。静寂の中、ひとつの通知が教室に響いた。
《オーダーイベント:命令に従わない者を“撮影”して報告せよ》
【対象:ユーザーID_UYT54(ユウト)】
【報酬:800μ】
【達成条件:教室内にて映像10秒以上】
──もはや、これは命令じゃない。「狩り」だ。
ざわつく教室。
一部の生徒が、スマホを構え始める。
誰かがユウトの机にカメラを向け、
「すぐ終わるから、ジッとしてろよ」と笑った。
ユウトは立ち上がり、教室を出た。
廊下。
視線。
通知。
全てが、彼の“違反”を監視していた。
階段の陰に逃げ込んだところで、再びPROMPTが起動する。
「逃走行動:判定中」
「対話評価:0%」
「本日、あなたの社会的影響度が“−1.0”になりました」
画面がフラッシュした。
次の瞬間、スマホのロック画面が変わっていた。
──自分の名前が、存在しない。
ユーザー名が一時的に空白になり、アイコンが“存在記録未検出”となっていた。
それはつまり、**「消されかけている」**ということだ。
ユウトは震える指でスマホを再起動した。
そのとき、背後から声がした。
「……それでも、逆らうんだな」
振り向くと、桐ヶ谷レイジが立っていた。
「俺だったら、もう従ってるよ。楽だから」
その笑みは、親しげなのに、底が見えない。
「でも君は、そういう人間じゃないらしい。興味が湧いた。
PROMPTって、よくできてるよな。“拒否反応がある人間ほど、収集すべき対象”になる。つまり、君だ」
ユウトは一歩踏み出し、言葉を絞り出した。
「……お前、命令を作ってるのか?」
レイジは笑ったまま、こう言った。
「そんな大層なものじゃないよ。
ただ、“選ばれた”だけさ。
命令を見届ける側にね。
そして君は、命令を壊す側だ」
偉そうに、そう思ったが口にはしなかった。
いま、ここで争うべきではないと勘が働いたのだ。
桐谷は余裕の笑みを浮かべ、その場から去っていった。
*
その夜、ユウトの端末に静かにPROMPTが表示された。
「なんなんだよ一体っ!」
《あなたの行動は“観測対象”として記録されました》
【命令達成率:97.9%】
【残り2.1%の未達分について、“罰”をご用意しますか?】
→ YES/NO
──選ばされている。それでも、自分の“意思”でNOを押す。
画面が静かに閉じた。
その時、PROMPTが最後にひとこと、囁いた。
「あなたは、オーダーイベントの“発令者”ではありません」
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