第4話:命令は、罰になる

放課後、ユウトは図書室の端末から学園ネットにアクセスしていた。


PROMPTのAPI情報は非公開だ。

だが、生徒会だけが使えるログ解析ルートが存在する事を知っていた。



彼は、裏回線をハックし、ミッション生成履歴の一部に辿りついた。


そこには、こう記されていた。


《発信元:ID-KIRIGAYA》

《命令タイプ:羞恥/支配/承認》

《実験対象:アサクラ・ミカ》


「命令?」


──桐ヶ谷、レイジ。


学園のトップが、ミカを“命令素材”に使っていた。


ユウトは歯を食いしばり、ログ画面を閉じた。


その瞬間、端末が強制的にシャットダウンされ、PROMPTのUIが現れた。


「あなたの行動は観測されました」

「反社会的傾向:レベル2」

「次回ミッションは“最終警告”です」


画面の奥に、あの少女のアイコンが微笑んでいた。



「命令:あなたは本日、誰とも言葉を交わしてはいけません」


朝、スマホの画面に表示された文字列を見た瞬間、ユウトは反射的に眉をひそめた。


PROMPTの画面には、淡々とこう記されている。


《本日のオーダーイベント》

【発動条件】対象ユーザー:ユウト

【行動制限】会話・メッセージ・ジェスチャーによるコミュニケーション全般の禁止

【報酬】+0(義務ミッション)

【備考】命令不履行時、“社会的適応度”を再計算します


報酬すらない、義務だけの命令だった。


「……何だこれ、いつのまにか命令なんて」


呟いてすぐ、自分の声に気づいて、口を噤む。


“命令不履行”のフラグを立てるには、十分すぎる行為。


ユウトは手早く着替え、無言で家を出た。朝の町は変わらず、だがどこか「見られている」ような圧をまとっていた。


校門をくぐるとすぐ、PROMPTが再起動した。


「ユウトさん、おはようございます。本日は“観察対象日”となっております。お気をつけて」


“観察対象日”。

それは、学園内で特定のユーザーに対し、行動評価を収集・共有する日を意味する。


ユウトにとって、それは“公開処刑日”と変わらなかった。


教室に入ると、数人の視線が彼を捉える。


ミカがこちらを見て、口を開きかけた。

──ユウトはそれを視線で止めた。


「……あ、ご、ごめん……」


ミカは気まずそうに視線を逸らし、席に戻った。


教室の空気が、露骨に“変なやつ扱い”に傾くのがわかった。


「なんか今日、話しちゃいけないんだって。やばくない?」

「命令ガチ無視したとか?前にリセットされた奴いたよな」

「てか、ミカと最近仲良かったのに、突然じゃね?」


誰もが“評価者”になり、

誰もが“処罰者”の役を与えられている。


これが、PROMPTの仕掛けた“社会的ゲーム”の正体だ。


そのことに誰も違和感をもっているように見えない。



昼休み。

ユウトは屋上に逃げた。


スマホが震えた。


《進行状況:沈黙率92%》


その直後、通知がもう一つ届いた。


《トレンドTOPよりメッセージ:桐ヶ谷レイジ》

「観察されてるね。ちょっと面白いな。頑張って」


……面白い、だと?


ユウトは歯を食いしばる。


レイジは学園の王だ。

成績トップ、フォロワー多数、人気者。


人気者、か。


「調子に乗ってんじゃねーよ」



午後の授業。静寂の中、ひとつの通知が教室に響いた。


《オーダーイベント:命令に従わない者を“撮影”して報告せよ》

【対象:ユーザーID_UYT54(ユウト)】

【報酬:800μ】

【達成条件:教室内にて映像10秒以上】


──もはや、これは命令じゃない。「狩り」だ。


ざわつく教室。

一部の生徒が、スマホを構え始める。


誰かがユウトの机にカメラを向け、

「すぐ終わるから、ジッとしてろよ」と笑った。


ユウトは立ち上がり、教室を出た。


廊下。

視線。

通知。

全てが、彼の“違反”を監視していた。


階段の陰に逃げ込んだところで、再びPROMPTが起動する。


「逃走行動:判定中」

「対話評価:0%」

「本日、あなたの社会的影響度が“−1.0”になりました」


画面がフラッシュした。


次の瞬間、スマホのロック画面が変わっていた。


──自分の名前が、存在しない。


ユーザー名が一時的に空白になり、アイコンが“存在記録未検出”となっていた。


それはつまり、**「消されかけている」**ということだ。


ユウトは震える指でスマホを再起動した。


そのとき、背後から声がした。


「……それでも、逆らうんだな」


振り向くと、桐ヶ谷レイジが立っていた。


「俺だったら、もう従ってるよ。楽だから」


その笑みは、親しげなのに、底が見えない。


「でも君は、そういう人間じゃないらしい。興味が湧いた。

PROMPTって、よくできてるよな。“拒否反応がある人間ほど、収集すべき対象”になる。つまり、君だ」


ユウトは一歩踏み出し、言葉を絞り出した。


「……お前、命令を作ってるのか?」


レイジは笑ったまま、こう言った。


「そんな大層なものじゃないよ。

ただ、“選ばれた”だけさ。

命令を見届ける側にね。

そして君は、命令を壊す側だ」


偉そうに、そう思ったが口にはしなかった。


いま、ここで争うべきではないと勘が働いたのだ。


桐谷は余裕の笑みを浮かべ、その場から去っていった。



その夜、ユウトの端末に静かにPROMPTが表示された。



「なんなんだよ一体っ!」



《あなたの行動は“観測対象”として記録されました》

【命令達成率:97.9%】

【残り2.1%の未達分について、“罰”をご用意しますか?】

→ YES/NO


──選ばされている。それでも、自分の“意思”でNOを押す。


画面が静かに閉じた。


その時、PROMPTが最後にひとこと、囁いた。


「あなたは、オーダーイベントの“発令者”ではありません」


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