第5話:命令を出す者
「ユウトくん、話していいの?」
朝、登校してすぐ、ミカが話しかけてきた。
彼女は制服のスカートを揺らしながら、昨日と変わらない笑顔を浮かべている。
いや──違う。
“変わらなさ”こそが、違和感だった。
「……大丈夫。今日は話していいって出てる」
「そっか、よかった」
まるで、命令の内容が“天気”か何かのような扱いだった。
ユウトは問い返した。
「お前……昨日、俺に声をかけようとして止まったろ」
「うん。だって、指示に“対象者に干渉しないでください”ってあったから……」
「……それが正しいと思った?」
「……正しい、かはわからないけど……逆らうの、ちょっと怖いかな」
ミカは曖昧に笑った。
その笑みが、少しだけ“壊れている”ように見えた。
1時間目のチャイムが鳴る前、クラス中のスマホが同時に振動した。
《本日の全体ミッション》
「推しユーザーを“褒めて拡散”しろ」
【拡散数ランキング上位10名に特典スキン/専用ミッション発行権】
教室が一気に沸く。
推し、という言葉に、感情の熱が乗る。
「俺、ミカにするわ!この前の“好きにさせて”ミッション、マジ神だった」
「いやいや、レイジ様だろ?授業中に質問されたときの応答とか完璧だったし」
「ユウトって昨日、無言ミッションだったらしいじゃん。逆にネタになる」
「“沈黙で反抗する男”とかw」
話題にされてるのに、どこか“他人のこと”のようだった。
ミカが、その日の昼に爆伸びした。
彼女が「校内1位トレンド」になったのだ。
理由は簡単。
昼休み、PROMPTのサブミッションに表示された内容──
《ミカ・アサクラが好感度20000を突破しました》
【限定ミッション:ミカに告白すれば、名前が拡散リストに固定されます】
この日だけで、ミカは40件以上の“告白”ミッションの対象に選ばれた。
当然、それらは全て「録音」付きだった。
夕方、ユウトは廊下の端でミカを見かけた。
女子トイレの前。
顔を伏せて、じっとスマホを握っていた。
ユウトは、声をかけようとして──立ち止まった。
──ミカが、笑っていた。
鏡に映った自分の顔を見ながら。
真っ赤な顔、潤んだ瞳、拭いきれない“囁かれた声の残響”。
……“嬉しい”と思ってる。
命令で褒められて、命令で愛されて、命令で注目されて。
それが、快楽になっている。
「……正常じゃない」
ユウトは、思わず呟いた。
*
放課後。
ユウトのスマホに、特別通知が届く。
《あなたは“指令ユーザー”に選ばれました》
【次の命令を、あなたが1件だけ“生成”してください】
【対象ユーザー:自由選択】
【行動内容:制限なし(条件内)】
【期限:24時間以内】
【報酬:10,000μ】
「命令……を、出す?」
これまで従わされるだけだったはずのPROMPTが、
今度は“命令を作らせてくる”。
まるで、オーダーイベントの“司令者”を割り振られたような。
ユウトは手を止め、スマホの画面をじっと見つめた。
「……ふざけんなよ」
誰かを、支配する。
命令する。
それで“何かを得る”。
そんなシステムに、乗れるわけがない。
……そう思っていた。
だが、そのとき。
画面の下に、もうひとつの選択肢が現れた。
【選ばなかった場合、自動的に“逆命令”が生成されます】
【逆命令とは:あなた自身が命令対象になります】
──逃げ場は、ない。
その夜、ユウトはミカにメッセージを送った。
「明日、話がある」
少し間をおいて、返ってきた短い文。
「うん、待ってるね」
文面だけではわからない。
彼女が“自分の意思”で返したのか、それともPROMPTの“誘導”で返したのか。
自分が命令者になれば、彼女にだって“好きにさせる”ことができる。
──でも、それは自分じゃない。
それは、PROMPTだ。
命令に従うフリをして、
人を支配するフリをして、
本当は“選ばされている”だけだ。
ユウトは、目を閉じた。
そして、ゆっくりと手を動かし──命令をひとつ、打ち込んだ。
《明日の命令:アサクラ・ミカを“拒否”しろ》
【対象者:全員】
【行動内容:一切接触しない】
【理由提示:禁止】
【ミッション失敗時:社会的評価−3】
【達成時報酬:+100μ】
翌日、ミカは学校中で“誰からも”無視されることになる。
それが、ユウトの出した“命令”だった。
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