第4話 ダンジョンと騎士の失踪

 俺は無果のダンジョンがある田舎へ馬を走らせた。道中は特にトラブルもなく、実にすんなり目的地に到着。


「まずは、騎士団駐屯地に顔を出さないとな……」

地図を頼りにたどり着いた場所で、俺は思わず馬の手綱たづなを引いた。

 

 目の前にあるのは、みすぼらしい小屋。そして、その前で背中を丸めて立っているのは――ん? あれが騎士か?

ヨボヨボの老人だった。


「……あの、近衛騎士団九番隊の者です。モモといいます」

俺が声をかけると、老人はちょっと驚いたように顔をあげた。


「ほう、君が噂のモモ君か。私はクチキ。東部騎士団十五番隊の者だよ。昔は名の知れた騎士だったんだがね、今じゃこの辺境でのんびり老後さ」

くたびれた外見とは裏腹に、その顔つきだけは妙に鋭い。

年寄りだからって、ナメたらいけない――俺が好きなタイプの老人だな。


「では、こちらに――」

そう、案内された小屋の中は、意外にも整っていた。道具は手入れされて並び、書類もキレイに積み重ねられている。


「さっそくで悪いが、君に頼みたいことがある」

クチキは腰を下ろすと、真剣な口調で言った。

「最近、王国各地で騎士が……数十人単位で失踪しっそうしている」


「へ?」

思わず変な声が出た。そんな話、聞いたことない。というか、それ、普通に国家レベルの異常事態じゃないか。


「ごく一部しか知らない極秘情報だ。だからこそ、君に頼むんだ」


 なるほど……どうやらクチキさんは、俺たち近衛九番隊の本当の姿を知っているらしい。なんだか、うちの隊長とも面識がありそな気がする。


 クチキさんは続ける。

「この駐屯地には三人配属されていてな、私とノア、それに新人が一人。だが、ひと月ほど前、その新人が行方不明になったんだ」


「逃げた、ってことじゃないんですか?」


「いや、真面目な子だった。きっちり仕事をして、いつも報告は欠かさなかった。それがある日、突然だ」


 ノアという騎士は、失踪した新人と仲が良かったらしく、どうも最近、様子がおかしいらしい。

怒りっぽくなったり、口数が減ったりしているようだ。


「いろいろ探したが、もう行ってない場所はひとつしかない。無果のダンジョンだ。……正直、もう生きてはいまい」

クチキさんが目を閉じて祈る姿を見て、俺の胸がチクリと痛む。


 正直、思っていたよりも大変な任務になりそうだが――目の前の老人を見ると、どうしても力になりたくなる。もしかして俺、年寄りに弱いのかもしれない。


 ガチャリ。

その時、扉が開いて、若い騎士が入ってきた。例のノアだろう。

「……食料、買ってきた。で、誰?」

ノアの視線が俺に突き刺さる。警戒しているようだ。


 俺は軽く会釈して、口を開く。

「初めまして、俺は近衛――」

「――ああ、彼はモモ君。知り合いのでね」

クチキさんが俺の言葉にかぶせる。さえぎるように、ぴしゃりと。


「仕事がなくてヒマだというから、新人捜索の手伝いをお願いしたんだよ。新米でも無果のダンジョンのモンスターくらい倒せるだろうからね」


 ノアが目を細めてクチキさんを見る。

俺は一瞬、口を閉じたまま固まった。


 ……俺が騎士だってこと、言わない?

何かあるのか? そう思った瞬間、背筋にひやりと冷たいものが走る。


 クチキさんは微笑んでいたが、その裏で何かを計算しているように見えた。


「ふーん……まあ、勝手にすれば」

ノアはそれ以上何も言わず、持ってきた荷物を整理し始めた。


 俺はただ、クチキさんの横顔を見て、黙っていた。


✳ ✳ ✳


 クチキさんに見送られて、無果のダンジョンへ、俺とノアは並んで歩き出した。


 空は晴れてるし、木々には風が吹いてるし、馬じゃなくても全然アリな道のり――ただ、めちゃくちゃキツイ。ノアがとにかく無口で気まずさが限界突破している。

さっきまでの老騎士とのトークが恋しくなる。


 しばらくして、ぽつりとノアが言った。

「……あの新人、逃げたんだと思う」

「急にどうした」

「いや、そういう気がして。真面目なやつだったけどさ。探すだけムダだと思う」


 そうか……とはいえ、クチキさんは、逃げたとは考えていない。たぶんあの感じからして、遺体を探してほしいのだろう。

何でわざわざ俺に探させるかは謎だが……。


 そんなことを考えていると、ノアがふと思い出したように言った。

「そういえば、ダンジョンの中は気をつけたほうがいい。ガスが出てるから」


「……ガス?」

思わず足を止める俺。


「そう。即死はしないけど、長くいると気分が悪くなる。吐き気とか、めまいとか。俺も一回入ったけど、三十分でフラフラになった」


「ちょっと待て、そんな話聞いてないんだけど?」

ガスって。そういう大事なことは先に言ってくれ。俺、ダンジョン入る気満々だったんだぞ。


✳ ✳ ✳


 ようやくたどり着いた無果のダンジョンは……やっぱり、見た目はしょぼかった。


 バリケードでぐるりと囲われてて、モンスターが出てきたら音が鳴る仕組みにはなってるらしい。


「ここが……無果のダンジョン?」

「そう。一応、モンスター監視と封鎖はしてる。例のガスもあるから入る人は少ない」

 

 ノアがそう言った瞬間だった。ふと、鼻先にかすかなガスの匂いが引っかかった。


 ん? んんん?

――この匂い、どこかで。いや、知ってる。めっちゃ知ってるぞ。俺の社畜だった前世を思い出す。


「え、これ……マジで、そういうやつじゃないの?」

鼻をくんくんさせながら、俺の中の何かがぶわっと湧き上がってくる。夢とかロマンとか、ばあちゃんと豪遊するとか。


 このガスの正体。もしかして、とんでもなくお金になるんじゃ……?


「よし、今日はここまで! 下見だけで入らないことにするよ。明日、ちゃんと準備してまた来る」

急に俺が言うと、ノアがキョトンとした顔になった。

「は? 帰るのか? って、準備って……何を?」


「お楽しみに。明日教えるよ」

俺はニヤッと笑って、きびすを返した。

さて……準備しようか。失踪した新人のためにも、俺の未来のためにも。


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