第3話 【幕間】姫と姫?

 モモが去った後の受付に、ひとりの男が現れた。

上品なスーツを着たその男は、赤い髪の受付嬢に声をかける。

「オニシャ様、外でちょっとした騒ぎがあったようです。暴れた騎士がいたとか……もうどこかに逃げたみたいですが。一応、お気をつけを」


「ふーん、興味ないわ~」


 先ほどモモと話してた時の明るさが嘘のように、オニシャの声はだるそうだった。赤髪をくるくると触りながら、頬杖ほほづえをついて視線すら寄越さない。


「それに、執事。ここで様づけはやめてって言ってるでしょ」

「かしこまりました、オニシャ……さん。ですが、私にもアークという名前がございます。執事呼ばわりはご遠慮願いたい」


「ええ、ええ。アークさん」

投げやりな声。それでもアークは慣れているのか、微笑を崩さない。


「それにしても……なぜ、あなたほどの人物が、あのモモという青年に興味をお持ちなのですか?」

アークがふと問いかけると、オニシャはにやりと口角を上げた。


「ふっふ~ん、ひ・み・つ」


 そのときだった。扉が静かに開き、ひとりの少女が姿を見せた。

金髪に大きな瞳、高貴な雰囲気をまとい、背後には老齢の男性がぴたりと控えている。

そちらもまた、見事なスーツ姿。少女の執事だろう。


 オニシャはイスに座ったまま、ちらりとその姿を見る。相手は歩み寄って、丁寧に会釈えしゃくをした。

「しッ、失礼します。……私はイッヌリア・ハウンドベルク。近衛九番隊のモモ様に、お会いしたいのですが」

その声は澄んでいるが、どこか緊張しているうだ。


「モモちゃん? あ~、ちょっと前に王都の外に出ちゃったのよねぇ。タイミング悪かったわね。今日は遅くなるんじゃないかしら」

オニシャは肩をすくめる。


 イッヌリアと名乗った少女は、深々と頭をさげ礼をした。

「そう、……そうですか。ご対応、感謝します」

老執事も一礼し、共に背を向けて歩き出す。


「ごきげんよう」

アークが丁寧に見送る。


 ふと、アークが言う。

「今の方、このハウンドベルク王国の第八王女、イッヌリア・ハウンドベルク様です。あの氷姫の異名で、冷酷だと噂されているお方……もう少し敬意をもって対応を」


「へ~、通りで金持ちそうな見た目してた。優秀そうな執事もついてたし。でも、冷酷には見えなかったなぁ」


「!? まさか……ご存じなかったんですか?」


「知らなーい、興味なーい」


 アークがため息をもらす。

「……もうすぐこの国の学園に入学されるのですよ? 王族の顔くらい覚えておいてください」


「はーい」

適当な返事を返しながら、オニシャは腕を組む。

「てか、私もあの老執事がいいなぁ。小言、言わなそうだし」

「なんですと」

「アークはうるさいのよ~」

「あなた様のためです」


「まぁ、いいわ……でもさ、なんでその氷姫がモモちゃんを探してたのかね?」

オニシャがふと、目を細めてつぶやく。


「さぁ……近衛九番隊に、何か依頼でもあるのでしょう」


「でも九番隊って、事務担当の部隊じゃない?とても王女がくるとことは思えないけど」


「それは表向きです」

アークの口元にわずかな笑みが浮かぶ。


「実際の九番隊は近衛騎士団公安部隊と呼ばれ、王国の治安維持を担う精鋭集団。一部の上層部しか正体を知らない、特殊任務部隊だと聞いています」


「……えぇ?」

オニシャがぽかんと口を開け、数秒沈黙する。

「ちょ、ちょっと待って。モモちゃんっ……その公安ってやつなの? 本当に? あのゆるっとしてる子が!?」


「ええ。騎士学校でかなりの成績を収めた者が極秘で配属されるようですよ。給料が他の隊より良いと聞きます」


「うそでしょ……? じゃあモモちゃん、実はすごい人だったってこと?」

オニシャは、額に手を当て、驚いたといった様子だ。


「その通りです。潜入や情報活動がしやすいよう、表向きは地味な部署に見せているだけですから」


「な、なによそれ……完全に油断してた……! てっきりのんびり屋さんかと思ってたのに!」

「実力があっても、表に出さない。それが公安の騎士たちです」


「うっわ~、知らなかった。びっくりっていうか、ちょっと尊敬しちゃうかも……」

「ふふ、それを聞いたら、モモ殿も少し照れるかもしれませんね」


「あれ、ん?」

オニシャが不思議そうな顔をする。

「……てかさ、なんであんたがそんなこと知ってんのよ?」


 アークは涼しい顔で微笑んだ。

「あなた様が働かれる職場ですから――国家を挙げて、調べました」

「……へ? まじで?」


「はい。先程、あの老執事のほうが良いと言ってましたが、有能さですと、私の方が上だと思いますねぇ」

「はいはい」


 ドヤっているアークを完全に受け流すオニシャ。

その目は、何かを思い出すように遠くを見つめていた。

「でも……どこかで会った気がするのよね、あの王女様……」

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