第2話 受付のお姉さんと瞬殺のダルマイン

 騎士団本部の門をくぐると、石造りの広いエントランスが広がる。

壁には騎士団の紋章もんしょうが掲げられ、剣と盾を模した装飾が控えめにほどこされている。


 さらに歴代騎士団長の肖像画がずらりと並び、威圧感を放っていた。どれも険しい顔ばかりであり、何だか面白い。

誰も見ていないときにふざけて顔真似するのが、マイブームだったりする。


「さてと、隊長にお会いするとしますか」

近衛九番隊の執務室しつむしつに向かって歩き出した、そのときだった。


「モモちゃ〜ん、ちょっとそっち行くのスト〜ップ」

俺の名前を呼ぶ声に、足を止める。顔を向けると、カウンター越しにひらひらと手を振る女性がいた。


 オニシャ・グリムワルト。鮮やかな赤髪を揺らす、受付係にして騎士団随一のつやっぽいお姉さん。

――いつも思うんが、この人、なんで俺にだけこんなに距離が近いんだ?


「……おはようございます、オニシャさん。今日は隊長に用があって――」

「そ・れ・が〜隊長さん、今朝になって急に王族の護衛に駆り出されちゃっててね。ほら最近、王都まわり物騒じゃない? 貴族やら王族やら、何件も暗殺が起きてるでしょ? 怖いわよねぇ〜」


 たしかに最近になって、王都の空気がどこかきな臭くなってきた。騎士団の中でも警戒の空気が広がり始めている。


「あれ、隊長いないってことは、今日の任務は……」

仕事がないんじゃ何もできまい。今日は執務室でゆっくり過ごすのもいいかも。


 オニシャさんが俺の考えを見透かしたかのように笑う。

「ふっふ〜、甘いわよモモちゃん。しっかり伝言、預かってるの」


 オニシャさんが一枚の地図を俺に差し出す。淡い香水の匂いがふわっと漂った。

地図をみると、「本日中に出発せよ」と手書きが加えられていた。

無果むかのダンジョンへ向かえ、だってさ。王都から東に馬車で三十分くらいかな」


 無果のダンジョン――名前の通り、果てしなく無意味なダンジョン。まともな資源も採れず、出てくる魔物はスライムや弱小ゴブリンばかり。冒険者も地元の人も寄り付かない場所だったかな。いちおう騎士団駐屯地きしだんちゅうとんちがあったはずだ。


「任務の詳細は?」

「駐屯地にいる騎士に聞けってさ〜。ほんと困った隊長さんね」


 ……うちの隊長は、おおざっぱな性格だ。普段から細かい指示は期待していないが――それにしても今回は、あまりにざっくりしすぎている。


 隊長は、オニシャさんにすら詳細を伝えていない。そこに妙な引っかかりを覚える。

まさか、騎士団内部での情報漏洩を警戒して? となると、これは極秘の任務ってことになる。


 飛躍した思い込みかもしれないが、九番隊のを考えるとあながち間違えではないかもしれない。


「ふぅん……まあいいや。分かりました。んじゃ、行ってきます」


「はいはい、明るいうちに帰ってくるのよ〜。変なもの買い食いしちゃダメよ〜」


 受付嬢というより、もうお母さんじゃねえか。


✳ ✳ ✳


 騎士団本部を出て、石畳の通りを歩き出した――その瞬間だった。

「オニシャ・グリムワルトと、なにコソコソ話してやがった!!!」


 背後から怒声が飛ぶ。振り向くと、ダルマインとその取り巻きが剣を抜いて突っ込んできた。

目には明らかな殺意。反射的に通行人が声を上げ、道の端へと避けていく。


 町中で斬りかかるとか正気か?

それに、なんで受付と話してただけでブチ切れてんだ?


 俺は眉ひとつ動かさず、わずかに右手で空気を切る。

見た目にはなんてことないその動作が、魔法の起動だった。


「なっ……!?」

ダルマインが目を見開く。その動きが唐突に鈍くなる。続いて、その背後にいた取り巻きたちも、次々に動きを止め始めた。


「な、なんだこれ、息ができねぇ……!」

「モモ……てめぇ、まさか2つの魔法を!?」

「お前の魔法は身体強化のはずだろ?」

「一人一つ……のはずだ……魔法は……」


 焦りと混乱が混じった声。動きは急速に鈍くなり、やがてひざががくりと折れる。抵抗の意志と意識が目から少しずつ薄れていく。


 太っているから普通の人よりパワーがあるのだろうか? ダルマインだけが、何故かムダに長く抵抗していたが、最終的には口から泡を吹いて、気絶した。


「町中で剣を抜くなんて……ほんとバカだなお前ら」

俺はその場を動かず、ただ軽く息を吐く。


 通行人たちのざわめきが遠巻きに響くなか、俺は足元の騎士たちをちらりと見下ろした。


 いや、いくらダルマインでも、ここまでバカな真似をするとは思わない。……本当に、ただダルマインがバカなだけなのか?

何かが……おかしい。


 一瞬、誰かに操られていたのではという考えが脳裏をよぎる。だが、よく見てもその痕跡こんせきはどこにもなさそうだ。ただ、あまりに突発的で、理性のない行動だった。


 いったいどんな真相が――って、そんなわけないか。頭の悪いダルマインなら十分あり得ることだ! 俺が美人と話しててムカついたんだろう。


 何かがこの王都で、静かに狂い始めている――そんな不穏な空気にまったく気がつかないまま、俺は無果のダンジョンへと向かうのである。


――――――――――――

 物語がいよいよ動き始めました。

次回はいよいよ正ヒロイン登場回! お楽しみに~

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