壬生の屯所で近藤勇から妖刀退治を頼まれた俺

稲富良次

第1話 太秦壬生狼伝

壬生大念仏狂言は

玉藻前(たまものまえ)

土蜘蛛(つちぐも)

道成寺(どうじょうじ)

鵺(ぬえ)

など妖怪を主題とした演目で一杯だ。

賽の河原、羅生門、餓鬼角力は今年の四月に朱美と僕で演じたみたいな・・・


そんな場所で怪異と遭わない訳がない。


奥の離れに薫と入った。

「歳と総司か・・・入んな」

「ああ、近藤さん」


「会津藩からお達しだ。

京に出没する「鬼辻斬り」を斬れとよ」

この四角い顔・・・見覚えがある。

ああ鶴屋朱美に横恋慕して生き霊を放った箕面の道場主か・・・


「黒い炎を纏った妖刀で侍、町人見境なく切って捨てる奴ですね」

男でも惚れる目元涼しい沖田総司が座る。

僕もならった。

「なにやら土佐の岡田以蔵かとの噂もありますが、

町人まで切るとなるとこれは違う」

「観察方からの報告じゃ西の果て、太秦(うずまさ)あたりに出るそうじゃないか・・・

そこらへんの盗人宿を改めるかぁ」

僕はかなりの「べらんめぇ」口調になっている。

「見廻り組の「佐々木只三郎」も躍起になってる。遅れをとるな。

手練れを連れて行ってくれるかい歳さん」

「おうよ!突きの「斎藤一」貸してくれ」

佐々木・・・僕の先祖か・・・そうなると出会いたくないな・・・矛盾が生じる。

「頼むぜ」



そして路面電車で太秦の東映撮影場兼遊園地「映画村」に向かう。


入口に入る前の「衣裳部屋」で貸衣装と模造剣を仕込む。

化粧付きで三人で三万円は痛かった。


相棒はノリノリになってきた。

新選組のガイドブックで「斎藤一」の情報を仕込んで役作りしている。

「牙突」という必殺技の項目を見て小躍りしている。

そうだな…折角だから「記念写真」撮っとくか、三千円か・・・


会場に入る。

そこは明治時代、江戸時代


「位相」

つまり、これは過去におこったかもしれない「現実」


「位相は同期を高めると精度が上がる…」

だから新選組の衣装を着て、なるだけ現実との乖離、矛盾をなくす。

まぁ気休め程度だが・・・覚悟を決める縁にはなる。


僕の脳にある記憶が流れ込む・・・


「おまえ二ノ宮銀次郎の身内か…」

逢魔が時に着流しの素浪人が目の前に現れた。

「あんた江戸時代の人間か?」

ぼくは身構えた。


こんな時間にこんな風体の男が現れる。

もちろん生きた人間じゃない。


「親の因果が子に報いというやつよ」

素浪人が仕込み杖の日本刀を抜いた。



この素浪人の男の顔・・・風体・・・

こいつを探せという事か・・・

「鬼辻斬り」

そぞろ歩きの現代の観光客から・・・


江戸時代の町人の風体に・・


ゆっくり変化していく・・・

佐々木望の自我は・・・とりあえず脇に置け。


俺は鬼の副長「新選組 土方歳三」

同郷の「一番隊組長 沖田総司」

「四番隊組長、斎藤一」を連れて

太秦の旅籠を虱潰しに

「御用改メである」来た・・・


「近江屋」という旅籠

その女将の「お登勢」


「まぁまあ新選組のみなさん、お役目ご苦労さんどす。

御用改メでおますか・・この宿には・・・勤王の志士さんなんぞ

いてしまへんで」

といって袋に包んだ物を袖に入れる。

小判一枚二枚か・・・舐められたもんだな・・・

「そういうことなら御用改メはしまいだ。

だがここに逗留する。一番上等な部屋を用意しろ・・・

そして酒と肴だ」


無論、押し通して部屋を回って客の面通しをすることもできる。

しかし賊を現行犯で取り押さえる方が隊として後腐れがない。

なにより正義の味方がすることか?

ここは近隣じゃ一番高級な店構え

ここに長逗留して根を張り夜半出張った方がマシの策だろう。


番頭が直々に膳を運んできた。

壬生狼が控えている部屋に飯盛り女だろうと

何かされたら丸損という算段だろ・・・

「おい鯉か・・「軍鶏の水炊き」くらい持って来いよ」

と悪目立ちしてみる。

存外、これは面白い。


総司と斎藤がニヤニヤ笑っている

芹沢さん譲りの「強請り」が出ましたねと・・・

「なんだよ・・・バツが悪いな」

「いえね、歳さんがこんな晴れ晴れとしているのが久しぶりで

つい嬉しくなっちまったんですよ」

「なんだかな・・・池田屋以来、偉くなっちまって

おまえらと角つきあわすのも久しぶりだな。今夜は呑もうせ」

斎藤がしっと口を押さえる。


隣の部屋の様子が気になるらしい。


「わしゃ鳥はたしかに好きぜよ。

しかしこの皮だけは好かん。

あれは人間の食うもんじゃないきに」

土佐弁だ。

「そういう先から才谷さん、箸が進んでいるじゃないですか」

「おう二ノ宮、この軍鶏は絶品じゃ」


二ノ宮、二宮・・・聞き覚えがある。


「おい総司、斎藤君、新選組のだんだら羽織を箪笥に仕舞え」

彼らと俺は浅黄色の羽織を脱ぎ箪笥に仕舞った。


隣との障子をガラっと開けた。


「無礼ですいません。

いや「軍鶏」といえば僕の好物でして

どうです、膳を合わせませんか?」

「もちろんじゃあ

高そうな「鯉の洗い」じゃのう」


僕らは肴を合わせ

一緒に吞みだした

すぐに打ち解ける


「わしゃ才谷というき・・・こいつは、なかお・・」

「二ノ宮銀次郎です」

「そうそう銀の字じゃ」


「僕は「佐々木望太郎」

こいつは「橘薫太郎」

こいつは「北条魔紀朗」」

「はてさて、おまんは神道精武流の佐々木只三郎の身内かえ」

「ど、どうしてそう思います」

「いやおまんに似た御仁と幕府の講武所で手合わせしたことがあるぜよ」

「それは他人の空似でしょう。

さぁ才谷さん吞みましょう」


だいぶ酔いが回り出した。

「才谷さん、ここじゃ女っけがない。

島原に繰り出しましょう!」

「色里か・・・

しかしのう、わしら路銀が心もとないんじゃ」

「なにぃ僕の馴染みの天神の店があります。

「ツケ」がききますよ」

「そうかえ、なら甘えようかの」


僕らは近江屋を出た。

実際なら「島原」は一里か二里の距離があるが

ここでは半町ほどで着く。


「ここです「輪違屋」

さあ入りましょう、入りましょう」


実際は吉原の街並みだが島原となっている。

赤い提灯が眩しい。


「まぁ歳さん、ひさしぃわぁ

なんやのこの男前さん二人と・・・それなりさん、まぁ上がって」

とやり手の女将に座敷に案内される。

「糸里は?」

「生憎、もうお客さんついとんどす、堪忍え」

「旦那の俺がきて・・・いやいや廓(くるわ)で無粋は言うまい」

しまった・・・これではツケがきかねぇじゃねぇか・・・

ええぃままよ

「まぁいいやヘルプの娘を三人つけてくれ

宴や宴じゃ」

「へるぷ?」


薫と魔紀の間に一人

才谷さんと二ノ宮君の間に一人

僕に一人つけてくれた。

廊下に総司を呼び出す。

「帳場に行って「これ」で足りるか聴いてきてくれ」

とお登勢からもらった包みを渡す。

暫くして総司が耳元に囁く。

「土方さん、これじゃ泊まりは無しだそうです」

ええっ面目丸潰れじゃん。


土佐の高知のはりまや橋でぇ

坊さん簪(かんざし)買うをみぃた

よさこい、よさこい


三味線の調べにのせて才谷が踊っている。


これは酔い潰して背負って帰るしかないか・・・

しかし二ノ宮は下戸らしく酒に口を付けてはいない。


一時が過ぎた。

呑ませに呑ませたので才谷は潰れている。


「二ノ宮君すまん・・・今日は割り勘にしてくれるか?

もちろん才谷君の分は僕が出す」


「わかりました。

察しています、近江屋に戻りましょう」

「すまんな…次回に埋め合わせはするよ」

「お気になさらずに」


僕は才谷を背負って店を出た。

ちょっと酒が過ぎたか・・・

気持ち悪い。


大きな堀池があったので吐く。

水面に青白い炎が光っている。

鬼火か人魂か

あれ、おれ何しにここに来てたのかな・・・


黒い炎を纏った妖刀

鬼辻斬り

そいつを退治しに来てたのだ。

その妖刀を持った素浪人

斬られた百姓二人

町人二人

会津藩の幕臣

薩摩藩士が

虚ろな目で、それぞれの獲物を持って

こちらにユラユラと近付いてくる。


僕は才谷を堀池に落として

剣を構えた。

沖田、斎藤、二ノ宮が続く。


「斬られて果てたら「七人岬」になるんでしょうかね・・・」


「しっちゅうか「七人岬」ちゅうんは長曾我部元親

吉良の家臣七人の馴れの果てよ

つまりはワシら「郷士」の無念の塊でもあるき。

成仏させんと示しがつかんぜよ!」

二ノ宮が真っ先に斬りかかる。

魁先生か?!


「沖田君、斎藤君、遅れをとるな!

南無阿弥陀仏

オオッ!」


集団戦になる。

斬り結ぶ…

適当にアルコールが回っている…


なにか馴れで体が動いている。

本当ならば

恐怖、悲壮感があるのだか・・・

酩酊状態ならば

本来の地金がでるのだろう・・・

百姓、町人どもは

雑魚だ、余裕で倒す・・・


幕臣・・・

薩摩藩士は・・・

流石に骨がある・・・

鬼辻切は

二ノ宮と相対している。

一合、二合

二ノ宮の太刀筋は

良い・・・品がある・・・


僕が炎の剣なら

あいつは金剛の剣だ!

鬼辻切の妖刀が飛んだ!!

袈裟懸けに一刀両断される・・・

見事!

憶えておけよ!!

この我の顔を、そして・・・

お前の顔を憶えたぞ! 名前もいま知ったわ!

末代まで祟ってやる!!

と鬼辻切は自身の黒い炎に巻かれ

焼かれて果てた・・・


二ノ宮の業物

「備前長船長光」

その使い手に相応しい業物だな。

納刀する。

敵に対する礼はない。


「あ、その妖刀、触れんほうがよかよ」

僕が地面に刺さった刀に

近寄っていくのを諫めたのだろう。

「それは大丈夫だ・・・

対処法は用意している」


僕は東京の代々木公園で拾った交通遮断用の黄色と黒の棒を持ってきた。

これは器物妖怪「百鬼」の妖気を吸い上げ

現在の七人岬を二度も壊滅させた特級呪物

それを鞘に見立て

この妖刀を納刀した。

これで名実ともに

「妖刀ムラマサ」が完成した。


この手に馴染む。

これを使いこなせるのは当代は僕しかいまい。

幕臣は薫が

薩摩藩士は魔紀が始末した。


堀池から才谷が上がってくる。

「酔いが醒めた。

いい立ち合い魅せてくれたのう。

感謝するぜよ」


才谷は亡骸に手を合わせる。

「無念じゃろ

成仏しいや」


「あんたら新選組じゃね。

その太刀筋みたら一目瞭然じゃけん。

あんたが三段突きの「沖田総司」

悪即斬の牙突「斎藤一」

おまんは「佐々木只三郎」と思ったが

鬼の副長「土方歳三」じゃね・・・」


「そういう貴方は「坂本龍馬」さん

二ノ宮銀次郎さんは「中岡慎太郎」さん

違いませんよね」


「そうとわかればここでお別れじゃ

一時は楽しかったぜよ。

おまんたちにはわしらの最後の最後に

また遭いそうな気がするの」


「いくでぃ中岡

あ、お登勢さんにはよろしゅうしてつかあさい。

宿代を踏み倒すのはこれが最初でもないし

最後でもないきに」


二人は暗闇に消えていった。

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壬生の屯所で近藤勇から妖刀退治を頼まれた俺 稲富良次 @nakancp

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