卵の海を抜け出したい
「オムライスって、嫌いですか?」
そう訊かれたのは、五人目の彼だった。
マッチングアプリで知り合い、初めてのデート場所を相談中。予感はあった。プロフィールに「料理好き」と書いてあったし、なにより、彼のアイコンにはふわとろのオムライスが写っていた。
「嫌いじゃないです。でも……」
言いかけて、彼の笑顔が浮かんだ。初々しい、悪気のない提案。断るのが申し訳なくて、また笑ってうなずいた。
五人目だ。
これで、五連続のオムライス。
デートのたび、いろんな形の卵が目の前に現れた。デミグラス、トマトソース、ケチャップにクリーム。とろとろ、ふわふわ、固めの包み。どれも違うようで、でも、全部「同じ」だった。
オムライスはたしかにおいしい。
でもそれは、最初の一人目の彼との出会いのときだった。
──オムライスを選べば間違いない。
──誰でも好きな定番メニュー。
──可愛いって思ってもらえる。
──写真映えもするし、店も多い。
「オムライス」はいつの間にか、“男たちの無難”の象徴になっていた。
彼らが選んでくるのは、決まってSNSで流行った店。ふわとろの断面を撮るよう促され、「美味しいね」と言えば彼らは満足そうに笑う。
そして、「じゃあ次はこっちのオムライス屋、どう?」という言葉が飛び出すのだ。
私は笑顔を貼り付けて、食後のコーヒーを飲み込む。
何度も繰り返したやりとりに私はこう思った。
──この人たちは、私と話したいんじゃなくて、“正解のデート”をなぞって満足しているだけなのだ。
過去の風景を思い出していると、六人目からメッセージが届いた。
「はじめまして!突然ですが、オムライスって好きですか?」
私はスマホをそっと伏せて、溜息と一緒にソファに沈んだ。
「ねえ、私、本当はナシゴレンが食べたいんだけどな」
声に出してみた。誰も聞いていない部屋の中で、ひとり言ってみる。ナシゴレン。香辛料の香り、パラリとした米、甘辛い味──
もう、誰かの“正解”のなかに自分を詰め込むのは、やめにしよう。
私はスマホを取り上げ、六人目の彼に返信した。
「オムライスも悪くないけど、たまには違うもの食べてみたいな。ナシゴレンってどう思う?」
返信は、すぐに届いた。
「ナシゴレン!?ちょっと珍しいけど、食べたいな!いどこかおいしいお店知ってる?」
その瞬間、小さな泡が胸の中で弾けた。
初めて“会話”が始まったような気がした。
──たまには、卵の海から抜け出してもいい。
そう思いながら、私はキッチンへ向かった。
冷蔵庫には、昨日の残りのご飯と、ちょっと辛めのソース。フライパンに火をつけながら、私は小さく笑った。
新しい世界に飛び込むような気持ちを胸に、次の出会いに期待を込めて。
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