耳は聞こえる

白川津 中々

◾️

「もし俺が倒れて、延命するかどうかの選択肢を提示されたら、躊躇なくしないと言ってくれ」


妻にはそう頼んでいた。

当時は半分冗談のつもりであったが、自由が効かず自立もできないような人生に価値などなく、死んだ方がマジだと思っていたのは本音であった。


「こりゃあかんね。ご家族はもういらっしゃってる?」


「はい」


「説明するかぁ。しかし、まだ若いのに気の毒だねぇ」


医者と看護師だろう。

どんな状態かは分からないがとにかく体が動かなくなり病院に担ぎ込まれ、そんな会話を聞かされる。恐らくここは地元の市民病院だ。まったくデリカシーがない。


しかしおかげでなんとなく察した。恐らく駄目なのだろう。生か死か、例え生きても寝たきりとか、そんな重篤具合のようだ。相変わらず体はぴくりともしないが意識があり、聴覚はしっかりしている。もしかしたら生涯このままなのかもしれないと、ゾッとする。それならば、死んだ方が……


……


……本当にそうだろうか。


確かに四肢が麻痺している中生きていくのは困難と苦痛ばかりだろうが、死という絶対的な終焉を迎える恐怖はそれ以上の拒絶感がある。死にたくたいと、本心から思うのだ。妻には殺せと頼んでいたが、いざその時がくると、死にたくないと、生きたいと願わずにはいられない。例え長い年月、自らの意志で動けなかったとしてもである。生き汚く、糞尿を垂れ流すだけの存在になっても、俺は、生きたい。


「じゃあ、準備するから、よろしく」


医者が戻ってきた。妻と話したのだろうか。だとしたら、どうなった。どんな決断をした。妻は俺を生かすのか殺すのか、どちらだ……!


ガチャガチャと作業をする音が聞こえる。

生か死か。俺はどうなるのか。


頼む。

生かしてくれ。

死にたくない。


死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない! 


死にたく……

死にたく……

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