罰ゲームと甘い罠

 蒼真の部屋で、ふたりは小さなローテーブルに並んで座っていた。


 陽菜がちょっとだけ苦手な数学――とくに関数の文章題を、蒼真が丁寧に解説してくれている。

 普段は強気な陽菜も、こういうときは素直だ。


 なぜ蒼真の家で勉強しているかといえば、もちろん彼が頭がいいから。

 成績上位の蒼真に、陽菜はときどきこうして教えてもらっている。


(ていうか、蒼真の頼みに比べたら、私のお願いなんてありんこみたいなもんだし……)


「じゃあ、よし。小テストしてみようか」


 蒼真が手元のノートをめくり、ペンを走らせていく。


「一問ずつ出すけど、間違えたら罰ゲームね」


「はっ!?」


 唐突なお仕置き発言に、陽菜は一瞬ビクッと反応する。


「ちょっと、どういう“罰ゲーム”……?」


 不安げに聞く陽菜に、蒼真はケロッと笑って答える。


「そんなひどいことしないって。陽菜を僕の足の間に座らせて、後ろから手を取って、もう一度ゆっくり教えるだけだよ」


「蒼真……どの口が言ってんのよ……」


 そう思いつつも、陽菜は少し安心した。

 確かに恥ずかしい。でも、これまでの仕打ちを思えば、むしろ楽な方だ。


(というか……間違えてもいいかも)


 蒼真が用意した小テストの問題は、さっき教えてもらった内容の基礎ばかり。

 陽菜はスラスラと答えを書いていく。


 そして最終問題。


(……やばい、普通に全部わかる)


 陽菜は別に勉強ができないわけではない。教えてもらえればしっかり理解するタイプだ。 それに問題も、かなり簡単。


 でも、そこでふと、手が止まった。


(これ、間違えたら……後ろから……)


「ずいぶん考えるね。陽菜ならできると思うけど?」


 蒼真が優しく微笑む。


(はっ……!)

(コイツ……選ばせようとしてる……!)


 陽菜は確信した。これは“にやにや系罠”だ。

 だが、正直、今までよりはるかに優しい罠だった。


(この程度でラブラブできるなら、乗ってやってもいいかも……!)


 陽菜はほんのわずかに悔しさを滲ませながら、わざと間違えた答えを記入した。 


「はーい、あんなに丁寧に教えたのに、間違えた陽菜さーん」


 蒼真がわざとらしく歌うように言う。


「罰ゲームをするので、僕の間に座ってくださーい」


「……なんかむかつく」


 ちょっとだけ顔を赤くしながら、蒼真の間にちょこんと座る。


 その瞬間、後ろから蒼真がそっと密着して、耳元で囁いた。

 いつもの気の抜けた口調ではあったが、どこかトーンが違う。


「なんでわざと間違えたの? ダメでしょ?」


「だ、だって蒼真が……」


「問題も簡単だったでしょ? そんなに罰ゲームしてほしかったの?」


 耳元で囁かれるたび、どきどきして頭が回らない。


 そして、思考を放棄した陽菜は、降参するように背中をあずけた。


「……蒼真とイチャイチャしたかった」


「正直でよろしい。しばらくこのままでいよう」


 蒼真の腕が、ふわりと陽菜の腰に回される。


「それでさ、今度陽菜にやってほしいことがあるんだけど……」


「あんまり、人目につくのは……ほんとにダメだからねっ」

 顔をそらしながら、小さな声で釘を刺すように言った。

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