はずかしすぎーーーっ!!

 私は、今――山登りをしている。


 なんでかって? 理由は単純。

 蒼真が「たまには自然の中でのんびりしよう」なんて言い出したからだ。

 お弁当もしっかり作ってきた。


「空気、気持ちいいね」


「うん、こういうの、たまにはアリかも」


「ね、やっぱ自然の中って、なぜか癒されるよね」


「……うん、怪しいくらい穏やか……」


 そんなやり取りをしつつ、ふたりは山頂へ到着した。


 風が涼しくて気持ちよく、見晴らしも最高。

 さっきまでいた登山客たちは、ちょうど下山し始めたところで、周囲は一気に静かになった。


――その静寂を破るように、蒼真が笑顔で言った。


「じゃ、陽菜。やろっか」


「な、なにを……?」


 やっぱりきたかと、陽菜は身構える。

 すると蒼真がふいに近づき、陽菜の耳元でごにょごにょと説明を始めた。


 その内容を聞いた陽菜の顔は、みるみるうちに赤くなる。


「ほ、ほんとうにやるの……?」


 涙目でそう言う陽菜に、蒼真はあくまで穏やかな口調で返す。


「約束通り、人目は避けたじゃん」


 確かに人気は少ない。けれど、さすがに恥ずかしすぎて、陽菜はもじもじと視線を泳がせながら、周囲を見回す。

 誰もいないことは確認できたが、それでも踏ん切りがつかず、とりあえず話題をそらそうと「お、お弁当食べない……?」と切り出しかけた、その瞬間――


 蒼真が突如として声を張り上げた。


「ひなあああああ、愛してるーーーー!!!」


 鳥が飛び立ちそうなほどの大声。

 陽菜は呆然とその場に立ち尽くした。


 けろっとした顔で、蒼真が振り返る。


「はい、次、陽菜の番ね」


 やられたっ!こうなってしまっては、逃げ場がない。

 これはいつもの羞恥プレイ――でも、ある意味、私の“愛”が試されているのだ。

 覚悟を決めた陽菜は、顔を真っ赤にしながら、叫ぶ。


「そうまあああああ 愛してるーーーー!!!」


 叫び終えて、ふう、と息を吐く。

 そして恐る恐る後ろを振り返った。


 そこには、満足そうに頷く蒼真と――そのさらに奥に、目を丸くして固まっている高齢の夫婦がいた。


「…………」


「…………」


「……聞いてました?」


「若いっていいわねぇ」


 穴があったら入りたいとは、まさにこのことだった。


……けれど、なんだかんだでそのあと。


 陽菜と蒼真は、その高齢の夫婦と一緒に山頂でお弁当を広げることになった。

 「せっかくだから、四人で食べましょう」と勧められ、断る間もなく輪になって座らされる。


 お茶を注いでくれたり、手作りの漬物をおすそ分けしてくれたりと、和やかで優しい空気が流れていた。


 先ほどまでの羞恥が、少しだけ和らいでいく。


「ほんと若いっていいわねぇ」「昔を思い出す」

 そんな言葉を聞きながら、陽菜は心の中でそっとつぶやいた。


(いや絶対、叫んだことなんかないでしょ! ていうか、私の“愛してる”があんな風に響き渡るなんて……一生忘れられないよ……)


 そう、一生の思い出だった。胸の奥が、じんわりと熱くなる。あんなに恥ずかしかったのに、不思議と後悔はない。思い切って叫んでよかった。……そう思えてきた。


 ――と思ったのも束の間。


「ところで陽菜」


 蒼真がにこりと笑う。


「さっきの、実は録音してたんだけど……みんなでもう一度聞いてみますか?」


「はあああああ!?!? ちょ、待って待って! 絶対ダメ!! 今すぐ消してえええええ!!!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る