5話 満腹ならば戦も出来る
この世界に来て初の朝日が、窓越しに私へ降り注ぎ寝ぼけ眼を叩き起してきた。
…朝が特別強いわけでもない私は、軽く身体を揉んだり伸びたりして何とか頭を覚醒させた。
「よし、ログイン成功だな。しかし、朝起きる感覚も現実そのままとは…まぁ違和感があるよりマシだから良いか」
すぐに動く気分では無かったので、少しストレッチをしながら昨日の事を思い出す。
匂いに釣られて扉から出ると同時に呼びに来てくれたサーニャ君と共に行った一階の食堂では、広い宿屋に見合った沢山の人が居て騒がしかった。
しかし、賑やかな雰囲気は悪く無かったしご飯も異世界だから不味いなんて事も無くとても美味しかった。
普通に考えれば、中世だとしても食事はなるべく工夫して美味しくしようとしてたわけだし特有の食文化があるのだから大ハズレなんて事は無いだろう。
少し味付けが濃いめで固さもあった気はするが、朝と夜しか食事が無い分腹持ちが良いのは利点だし旅行会社で働いていた時で行った先の文化に触れ慣れていたので許容範囲内。
電気等化学の力が無い代わりに、魔法が発展しているというお決まりの流れのお陰で魔道具がふんだんに使われているらしい宿は快適だ。
良いところしか見つけられないこの宿なら、一日無料宿泊なんて強気な戦略も欠点以上の成果を得られるだろうしアリだと思った。
「ん、この変なリズムのノックは…彼かな?私は起きてるよ」
「よしよし、ヒカルさんは朝早くて感心だね!他のお客さん粘りに粘ったりするから、起こすのが大変なんだよ…」
私が一人頷いていたら、昨日と同じようにサーニャ君が呼びに来てくれた。
客全員から好かれている彼は、食堂で見ただけでも独り身のおじさん達から駄々を捏ねられていたのでアレを朝からやられていたら確かに疲れるだろう。
だる絡みするような客は、付け上がらせないように相手をしなければ良いと私は前職の経験から考えているが…
サーニャ君の優しい性格とサージヤ(女将)さんの活力が、売りの接客だろうから余計な事を言うのは野暮というやつだ。
「ところで、呼びに来てくれたということはご飯が出来たのかな」
「ああ。うん、そうなんだ!ごめんね朝から愚痴を言っちゃってさ。冷めないうちに行こう」
「扉を開けてくれて有難う、気が利くね。ちなみに、私からすると君くらいの年なら悩むのも仕事みたいなものだと思うよ?そういう時は、気楽にやれば良いんだ」
「うーん、助言はありがたいけどその目は何だかなー。俺の事子供扱いしてない?」
「してないしてない、本当だよ。あははは」
「結構怪しいけど、まあ良いか。皿、落とさないようにね」
「どうも、昨日も思ったけど今日も一段と美味しそうだなあ…それじゃあ、いただきます」
「神の恵みに感謝を捧げます」
ジト目になってしまったサーニャ君と話しながら、カウンターに置かれた料理を取って食堂の席につきそれぞれの挨拶をする。
挨拶には、そこの習慣や宗教が色濃く反映されるので話題にしやすいが私も周りの人も全く触れなかった。
現実だと外国は勿論国内の旅行客でも、宗教上の違いで苦労する事ばかりで折り合いを付けるにも知識不足で見当違いの行動を取ってしまうこともあった。
それで、私個人としては違いを理解し合える仲になるまで見ざる聞かざる言わざるの方針を徹底してトラブルを避けていたのだが、この宿では全員それを弁えているようで安心だ。
これまでの癖で、ふとした瞬間に気を張ってしまい無駄に疲れるところだったが雰囲気の良さと黙々と食べていた食事の温かさで心に余裕を持ててきた。
今日のメニューは、麦飯のような穀物系・肉の炒め物・野菜たっぷりなスープだ。
「一粒ずつしっかり熱が伝わってて食感もはっきりしていて美味しいな…こっちの炒め物はタレが光を反射して誘惑してきて堪らない。二つ合わせて食べたらこれは、もう…」
「良い食べっぷりだね〜、俺も手伝ったからそんなに喜んでくれるなら作った甲斐があるな!おかわりも持ってこようか?」
「すまないが頼むよ、スープも野菜の旨みが凝縮されてて昨日飲んだばかりなのに全く飽きがこないんだ」
「ふふっ、いやー褒め上手だねヒカルさんは!そこまで言うならおまけの果物も付けよう!」
「おおっ!これもまた美味しそうだな」
「「「「俺達もおかわり!!」」」」
「そっちの人達は二杯目以降だから駄目だよ」
「「「「そこを何とか…っ!」」」」
「何を騒いでるかと思えば…」
「「「「?!」」」」
「いい年こいて我儘坊主になってんじゃないよ!大人しくしてな!」
サーニャ君に構いたくて仕方が無い様子のおじさん達が、おかわり権を巡り熾烈な争いを繰り広げ終いにはサージヤさんの拳骨がお見舞いされたりして…
終始賑やかな様子で、朝らしい陽気と熱気が続いた食堂で私も頬を緩めながら食事を楽しんだ。
◇◇◇
三種類全ておかわりをして満腹になった後に、有り金の半分を払って宿泊料金を払い忙しそうな二人に見送られてきた。
そんな私は、冒険者組合と大きく達筆な字が目立つ看板を掲げた建物の前に立っている。
扉の前で、宿の時のように長々と立っているのは周りの人へ迷惑をかけるので歩いてきた歩幅を緩めることなく汗の匂いが充満した空間へと足を踏み入れる。
「はい鑑定終了です。依頼達成報酬の銀貨五枚となります…それでは次の方!どうぞー!」
「出来れば支援職の方!これから行く討伐の為に、臨時編成を組みませんか!」
「聞いてくれよ昨日の俺様の武勇伝をよ…!」
重厚な扉を隔てた先には、まだ朝だと言うのに沢山の奇抜な格好をした人達が出入りしており誰もが喧騒に飲まれぬよう声を張り上げているのが私の耳に響いてきた。
人が殺到する大きなボードには、様々な数字が割り振られた分厚い紙が貼られているのが見えたがそれはすぐに剥がされ取り合う声と睨みを効かせる人が…
「あちらも気になるが、今は厳しそうだし先ずは冒険者証の更新をしよう」
冒険者証は、この世界では犯罪歴や依頼達成内容・魔力波長等の重要な情報が魔法で刻まれていて身分証明書のような物らしい。
基本的に誰もが持っているが、盗難や偽造の場合もあるので定期的な更新をする必要があると門番さんに教えられていたのでそれを済ませてしまおう。
どこの受付も人が押し合い圧し合いしているので、何とか空いてるところを見つけたいと思い私は目をさらにして辺りを見回す。
暫く手がかりを探していると、扉の近くにあるテーブルの上で突っ伏している受付と同じ服装の人を見つけた。
「お休み中のところすみません、受付の方ですよね?冒険者証の更新をお願いしたいんですが宜しいでしょうか」
「アタイは寝てるよーぐっすりだよー」
「無理は承知の上ですので、貴方にはこのお酒を譲ろうと考えていたのですが要らなかったようーー「ちょい待ち」はい」
「貸してみなよ」
小柄な女性職員は、気だるげでやる気も無さそうだったのでこういう時の為に道すがら買っておいた美味しいお酒で釣ると一発だった。
前職で鍛えた観察力で、アルコールの匂いが微かにする事とお酒を飲む男性達を目で追っているのに気づき効果がありそうだとアタリを付けたのは正解らしい。
突然やる気を出し始めた彼女に、奪われるような勢いでお酒と冒険者証を取られここで待ってるように合図される。
専用の道具が必要なんだろうが、人混みを150cm程の体格でどう進むか気になり眺めていたら人々の頭を飛び越える高いジャンプをしていた。
走り高跳び選手のような反った姿勢で飛び越え、受付の奥へ回転しながら入り込み去って行くのは流石の私も驚いた。
「おお、流石異世界…あんなダイナミックな動きも出来るんだな」
「やべぇ…久しぶりにアレ見たけど、ソルシエールさんが本気出してるの何日ぶりだ?」
「また誰かが変な事でもしたのか」
「難癖付けられると悪いし、ちょっと道開けようぜ?」
「「そうだな」」
私が感心していると、騒いでいた列に並ぶ人達がコソコソと彼女について話し始め頷き合い受付で作業中の人以外は、戻ってくる彼女が通れるよう一人また一人と道を開けていった。
そうやって人波が割れるのは、モーセの海割りのような迫力と勢いがあって思わず拍手をしてしまう。
「何拍手してんだ…アタイの美貌に目をうばわれちゃったんか?」
「いえ、周りの人達がソルシエールさんの為に花道を作るのが面白いなと思いまして」
「こんなのいつも通りだが…お前見ない顔だし、この支部に来るのは初めてで分からないのか。約束のブツだ、受け取りな」
あの異様な光景を気にしない彼女に、実力者の風格を感じ興味を唆られたが冒険者証を投げてきたのでそれを受け取る為に視線が逸れた。
その目を離した一瞬でお礼の言葉を言う私の視界から消え、いつの間にか元の席へと戻っており身体能力の高さを感じさせる。
席に戻ると同時に、勢いよく酒瓶に口付け一気飲みしているので小柄な体格に見合わぬ酒豪のようだ。
「…半年ぶりに飲んだがやっぱうめぇな、それにしても新入りなのにこの酒を選ぶなんて中々良い感覚してるじゃねえか」
「良い品を見抜くのは得意でして」
「言うねえ!よし気に入った、最近分かりやすい仕事をしろって上が煩いから、お前の専属担当になってやる。組合に用事がある時はアタイに通しな」
「有難う御座います。私は実力者に頼れて、貴方は仕事を程々で出来る…互いに利がある関係ですね。今後とも宜しくお願いしますよ」
「はい、よろしくよろしく〜…」
手をヒラヒラと酒瓶を握っていない左手を振りながら、飄々とした表情を浮かぶるソルシエールさん。
新入りのような顔立ちの少年少女は、ヒソヒソと侮るような言葉を口にしているが中堅どころの人達からは、尊敬や畏怖が浮かんだ表情を向けられている。
酒を水のように浴びるその姿に、少し呆れなくもないが私の人を見抜く目は間違っていない気がする。
何故なら、私が話しかけるまでは突っ伏している間も耳を動かし周囲を探るような雰囲気を出していたので恐らく監視役の人だと予想がつくからだ。
しかし、そんな中間管理職的な立ち位置で周りから煩くされるのは定石だとしてもソルシエールさん程仕事を放棄したような態度をとる人は居なかった。
なので、彼女が上司から注意されるのは下に示しが付かないだのなんだのということかもしれない。
長い付き合いになる予感がする彼女について、色々と思考を巡らせているとあっという間に渡した酒瓶を空にしてしまったようだ。
私は、凄まじい勢いで飲んだ彼女が余韻に浸り終わるのを待ち話しかける。
「ソルシエールさん質問宜しいでしょうか?」
「良いぞ、だが手短にな」
「あまり戦闘経験が無い上にこの街に来てから二日目な私でも、こなせる討伐依頼を教えて欲しいんです」
「んー、それならラッシュラビットを殺ってみたらどうだ。これが依頼書な、破るなよ」
私が尋ねるとすぐさま肩からかけてるトートバッグ型の鞄を漁り、一枚の分厚い紙を渡してくれた。
その依頼書には、ラッシュラビットの討伐・死体を傷つけずに持ってきて実験用に使わせて欲しい(数は多ければ多い程良いので報酬は変動式)と書かれていた。
「その依頼なら解体も討伐数も気にしなくて良い分、楽な仕事になるし初心者の森でやれるから往復も用意だ」
「中々良い依頼みたいですね…流石ソルシエールさん、お目が高い。これ以上の依頼を見つけるのも大変ですし、受けようと思います」
「なら良し、じゃあ紙を寄越しな。アタイは、受理の手続きをしてくるけどお前はもう依頼へ行っていいぞ」
「それではすぐに行ってきますね、また戻ってきたら頼みます」
マイペースなところがある私と彼女は似た者同士のようで、まるで何年かの付き合いがあるかのように会話がテンポ良く進んだ。
依頼書を持って受付の奥にまた去っていく彼女の背中に私は軽く頭を下げると、門番さんの地図を見ながら初心者の森の道を確認しながら冒険組合を出る。
初めての異世界らしい戦闘と動ける身体に期待で胸をふくらませていた私の後ろで、不穏な会話をする女性二人に気付かぬまま去っていったのだった。
「先輩、ラッシュラビットの依頼書見かけませんでしたか?昨日から見当たらなくて…」
「それならヒカルとかいう新入りに任せておいたぞ、ほら受理した判子も押してある」
「新入りさんに任せたんですか?!あの依頼結構初見殺しな上に不人気なやつですが…」
「まぁ大丈夫だろ、中々面白そうなやつだったから何とか上手くやるだろうさ」
「先輩…毎度の事ながらそのテキトーさどうにかしましょうよ…上司から怒られるのは、私達受付担当全員なんですから」
「余裕余裕〜、それにラッシュラビット如きでへばってるようじゃあ…その程度のやつってことだ」
「はぁ…新入りさん、何事もなく帰ってきて下さい!説教は長いから面倒なんです!」
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