一話 血湧き肉躍るキャラメイク

視界を埋め尽くされるような白さと、VRMMOを始めた瞬間にくる違和感で少し感覚が狂う。

段々と意識がはっきりしてくると目の前に、のっぺりとしたマネキンがあるのに気づいた。



『ようこそ、第二の大地へ。貴方の来訪を心より歓迎致します』


「口も無いマネキンの癖に変に流暢……!」


「っ……喋れてる!久しぶりに喉をちゃんと動かす感覚がある!」



二年間、節約の為に何だかんだとVRMMOゲームをやって来なかったので、昔を思い出せるような自由に動けるという当たり前のことに感動が込み上げてくる。

感情が抑えられなくなり、思わずその場で動き回っていると凹凸も無いマネキンから伝わるはずの無い生暖かい視線を感じ冷静になった。


…なんか、始めての挑戦を見守る親みたいな雰囲気醸し出してきてるな。



「中身の人いる?」


『そんな!マネキンをマネキンと思わぬような辛辣な物言いをするなんて…私はそんな子に育てた覚えはありませんよっ、ヒカル君…』


「誰が育ての親ロールプレイしろって言ったんだよ!」


『22歳でこのツッコミ力、ウチの子天才??』


「親バカになれとは言ってないんだが?」


『言葉遣いが少し乱暴でしてよ、坊っちゃま』



ダメだ…何を言ってもコイツを喜ばせるだけで終わってしまう。

暖簾に腕押し、馬耳東風と言ったところだな。

ツルっとしたマネキン野郎?には、顔が無いから私が入院生活で磨き上げたポーカーフェイス勝負をする訳にもいかない。

そもそも耳すらも付いてないしな。



『まぁまぁ、そんな熱くならないで。> <私のこの、完成された肉体美と話術にメロメロなのは分かりました。

時間をかけ過ぎるのも良くないので、ゲームの説明をさせて頂きますが宜しいですか?』


「無駄に疲れたからもう好きにしてくれ…」


『はい、まずは本人確認ですが斉藤ヒカル様22歳男性で宜しいですか?自己乖離性の有無の確認でもあるので、正直にお答え下さい』



嘘をつく必要も無い為、質問に無言で頷くとそこからは真面目な雰囲気で次々と質問を繰り出してきた。

医療措置として売り出してるだけあって色んな病気や危険性の確認があり、少し面倒臭かったので大事なことだけまとめると…


1、私に異常は無い。

2、名目通り制限は無く言動は自由だが、

常識を大切にしないと痛い目を見る。

3、色々なモードと機能があり自分好みに調整、作り上げる必要がある。

4、スポーン位置は自由でNPC側とプレイヤー側等も選べるがやり直しNG。

5、と混同させ過ぎないこと。

6、ログインしていなくても時間は過ぎていく為放置は非推奨。時間加速により現実時間の1.5倍で一日が過ぎていくこと。


二つ目に関してはかなり注意をされた。

注意をしても馬鹿なクレーマーは後を絶たないと話すマネキンには悲壮感が漂っていた。

三つ目に関してはゲーム初心者の私には少々手厳しいと感じていたが…マネキンが私との質疑応答で得たデータで、オススメプランを用意してくれた為一旦それにした。


最初の少しウザイムーブも大量の質問も必要な行為だからやっていたと思うと、少しカッコよく見えるから不思議だ

『最初のは完全に趣味ですね!初心な子っ』

…前言撤回せざるを得ないだろう。


背後には気をつけておけ。



『((((;゚Д゚)』



まあ、茶番は後にして残りの三つは説明だけして貰っていた。

四つ目はやり直しが効かない分、しっかりと考えたいから後回しにしていきたい。


五つ目と六つ目に関しては行き当たりばったりとしか言いようがない為、とりあえずスルー一択だ問題があればその都度確認してみよう。





そんなこんなで説明を全部聞き終えると私のお待ちかね…そう、キャラメイキングタイム!

絵を描くという事は自画像を描く事もある為、そんな時に理想の自分で無いと悲惨なことになるのだ。


手鏡で自分を写した時に、雰囲気を台無しにするような浮腫んだ顔をしていたのはかなり辛い経験だった。

一旦筆を置かないと、家出してしまった私の感性を取り戻すのも大変な作業というのを身をもって味わったものだ。


少し思い出に浸りながら、マネキン野郎の事も忘れ一人黙々と理想を追い求めていた私だが中々決まらない。

これは、最初からラスボスが出るタイプのゲームだったのかもしれないな…。



「…っ、高難易度ミッションというやつか」


『違いますからね?貴方が我儘を言っているだけですよ』


「止めるな、これは神聖なる戦い」


『いや、現実から変え過ぎると没入感が落ちます。プレイ中の違和感も度々生じますが、それでも良いんですか?』



マネキン野郎が次々にマジレスしてくるのを無視していた私だが、没入感が落ちるという言葉と更に続いた言葉で冷静になった。

没入感が無いのは絵のモデルである自然や建物を肌で上手く感じれないことであり、違和感があるのは絵描きが最も忌むべきスランプへの特急列車だ。


体感時間で、30分程かけて作っている最中な私のキャラを見てみると…

ウエストとヒップの比率9:10、肩周りとヒップの比率13:10等黄金比率を追い求めた結果がそこにあった。

自分の仕事ながら惚れ惚れとして見つめていると、マネキン野郎によって現実の私と健康状態から予測したと思しき過去の私の等身大素体が黄金比率君の隣に並べられた。



『少し違うどころじゃ収められないレベルですね…流石の私も改善を求めます』


「冷静になると170cmの私と黄金比率君の185cmでは雲泥の差、筋肉量もインドア派の私の二倍以上…お前の言う通り改善が必要かもしれないな」


『私をツッコミに回らせるなんて中々の猛者…貴方みたいに周りの話を効かない人の相手は、AIである私でも疲労を感じてしまいます(泣)。

ですが、疲れてばかりでは居られませんね。

斉藤様がキャラメイクで、居座り続ける魂胆なのは分かっていますので仕方ありません。』



マネキン野郎が言葉を区切り、その場で軽く手を叩くと態とらしいエフェクトで新たな素体が現れる。

どうせ、お巫山戯の下らないマネキンみたいなのが出るだろうし鼻で笑って…笑っ、いや笑えないな?予想外の展開だ。



『どうでしょう!天才天使である私のパーフェクトな素体は』


「悔しいが、本当に悔しいが理想に近いっ」


『くっ殺お兄さんかな?』



油断すると変なノリにしてこようとするマネキンを無視して、アイツの作品という事を忘却し一旦客観的に出された素体を眺めてみる。

日本人らしい黒髪に175cmでがっしりとした筋肉、私の面影を残した小顔寄りの顔で比率もそれなり…


よく見てみると私の黄金比率君のこだわりポイントも幾つか流用されているようでー



「完璧かもしれない!中年男性を思い浮かべてしまう言動からマネキン野郎などと失礼なことを言って悪かったよ、これからは同好の君と呼ぼうじゃないか」


『何だか…かなり失礼な事を言われた気もしますが、心が広い私は笑って許してあげるとしましょう。ですが、私は貴方の好みとキャラメイクを元に素体を作っただけで別に絵が好きでは「なら贋作師くん」は?』


「冗談だとも友人殿、あまり目くじらを立てないでくれ。あとこれから微調整に入るから邪魔をせずに黙っていて欲しい」


『……』



少し温度が下がったように感じる中で、夢中になってキャラメイクの仕上げに入って暫く…

途中からブツブツと近くから文句を言われているのを放置しつつ、遂にゲームキャラの完成となった。

短く切りそろえた髪が健康的に焼けた肌と合わさり清潔感ある男性という雰囲気がある中々理想に近しい形だ。


服がシンプルな無地のシャツとズボンなのは…まぁ初期だから仕方ないと割り切ろう。



『やっと終わりですか?…3時間超えコースじゃなくて良かったです、本当に』


「?友人殿、私をせっついていた割にはキャラメイクにはもっと時間を割いても良いのかな。どうなんだろうか教えて欲しいな」


『それは企業秘密と言いますか規約とかナンチャラが…っ痛いイタイ、肩を全力で掴まないで下さい。そのドロっとした目も禁止ですよ!』



裏切り者に対して仕置を加えようとしたが、するりと逃げられてしまう。

追撃しようとしたが素体を盾のように後ろに逃げられ、万が一にも素体を傷つけないよう不動の私VS一歩も引かない怪しきマネキン…


傍から見たら馬鹿げた膠着状態となり、逆に正気に戻れたので試しに容疑者の陳述を聞いてみることにする。



「ところで何故私ばかり急かすんだ?まだキャラメイクに2時間しかかけていない筈…先程の言い方通り3時間以上で許されている人も居るなら不公平だと思うぞ」


『地獄耳デスネ˙꒳​˙)まあ、ぶっちゃけてしまいますと人手不足ならぬAI不足なので仕事がつっかえないようになる早を目指しているんです』


「それならそうと早く言って欲しかった、流石の私も人の仕事を邪魔する気は無いんだよ。ならば、キャラメイクはこれで終わりだ次は陣営決めだったかな?テンポを上げていこう」


『意外と素直…』








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