2話 彼の名前は-----

「よし、陣営決めだな」


『急にテンポ感良くなったね…絵以外はそこまで執着しない分全部早いか。じゃあ、陣営についてだけどまず最初に決めるスポーン位置の要望はあるかな?』


「景色が良く事件もあるものの適度に平和な場所が候補だな、つまりスケッチに最適な場所は無いだろうか」



絵を描く時に注意すべき事の一つが場所選びだ。人間の手が加えられ過ぎた自然はあまりに人工的で面白みに欠ける、しかしあまりに自然的だと日々の生活が厳しくなり心が疲弊してしまう。

両方を上手く満たした上で、人の営みや動物との触れ合いのようにある程度刺激を受けることで感性を美しく育てられるというのが、私の持論だ。


事故に合う前は、インスピレーションの為に自ら色々な事件に首を突っ込んでいたが流石に反省しているのだ…

誰であれ異論は認めず妥協もしない。


だが、この条件を全て叶える場所を即座に選ぶのはAIのマネキン君と言えど難しいだろうから迷惑にならないよう多少の融通は『検索終了』



「速いな!」(意外と有能か…?)


『慣れてるから速度と応用力には自信あり!私の凄さを更にアピールしたいところだけど…

あまり説明すると楽しみを奪う形になって、

今後が退屈になるだろうから我慢するよ。

じゃあ今度は、NPC側かプレイヤー側かを選んでね〜』


「どちらがやりやすいとか共通点とかはあるか?私はそういうのに疎いから軽くで良い、説明してくれ」


『…やりやすさについては遊び方によるから、何とも言えない。共通点は、どちらも常に活動して成長出来る住民に劣らないよう成長補正がある事かな』


『NPC側の強みを上げるなら、住人として現地での家族を作れて年齢や性別も選べるのもあり、独身の方や高齢者の方から人気だね。憑依スタートだけど、持ち主の記憶をダイジェストで見れるからロールプレイも記憶喪失のフリも思うがまま!異世界転生好きからも好評だし、何かにこだわる人向け』


『ちなみに、憑依してるだけで持ち主の魂は残っているから何時でも交替して貰えて慣れない内や忙しい時でも、困らない。本人達は、二重人格的な認識なので必要以上に騒がれないよ』


「成程…面白そうだが、私にはハードルが高めかもしれない。プレイヤー側は?」


『プレイヤー側は全員旅人としてのスタートで、王道の人気さだねー。種族はスポーン位置によってランダムで左右されるけど、キャラメイクを崩すことは無い程度だから安心して欲しい。ハズレ無しガチャみたいなものだからさ』


「王道か…それなら、私でも何とかなりそうだ。よし、プレイヤー側にするから他に説明があるならしてくれるか?」


『了解。ヒカル君は、そうやってすぐに分からない事を聞いてくれるから助かるわ(^^)』



それくらい当たり前だろと、私は言おうとしたが出かかった言葉を飲み込み黙っておいた。

マネキン君に、これまでの苦労を感じさせるような雰囲気が漂っておりここで見え透いた地雷を踏めば、長くなるのを感じたからだ。


私も、当たり前の事が出来ない奴等は前職の旅行会社に勤めていた時に客と同僚の両方で見かけることがあったものだ。

もう少し優しく接してあげようと心の中で思いながら、話の続きを促す。



『プレイヤー側の補足としては主に二つ。一つは、環境でほぼ確定する住人側と違い悪・混沌・秩序・中庸からなる四つの派閥に属するか選べるよ。…好感の持てるヒカル君にだから教えるけど、一度決めた派閥は大事にしてね?』


「派閥の中身は名前からして大体想像出来るが、根無し草の旅人でこだわる必要が何処にあるんだ?」


『良い質問!このゲームでは全NPCに高性能AIを搭載、生身の人間とほぼ変わらないからゲームの都合の良い展開ばかりとはいかないんだよね。ご都合主義は期待しないようにね?解決策もあるけどこれは二つ目で紹介するから…ここまではいいかな』



常識を大事に〜の下りとも繋がる話で、NPCだからぞんざいに扱ってはならないということだろう。

派閥の話の理由も何となく理解出来たところで、私の態度を見て察しがいいと言うように頷くとマネキン君が続けて話す。



『住人側と違い身体を委ねる相手も居ないし、ぶっちゃけると住民達からすればプレイヤーは突然現れた非常識な旅人なんだよね』



確かに、このゲームは処理限界の問題で一日14時間までとプレイ時間が決まっている為幾ら思考加速と成長補正があっても、住民程しっかり練度を上げられないし学習なんて以ての外だろうからな…

ボロが出そうになれば持ち主に交替出来る住人側と違い、プレイヤー側はどう足掻いても非常識さを取り繕うことが出来ないだろう。



『そんな怪しい奴等が、派閥のパワーバランスも考えず義理も果たさなければ弱肉強食なこの世界では、格好の獲物としか言えない。

現実でも怠惰だったり自己中心的な奴が居たら、村八分で排除するのと同じことさ』


『まぁこれは現場検証、もとい実際にその場で味わってよく考えた上で決めた方が良いよ。

これまで安易に決めて苦労する人達を見てきたから、ヒカル君はそうならないように!』


「忠告ありがとう、そういうことなら旅人でも上手く馴染める工夫をした方が良さそうだな…

私は、絵で何かしらやろうか」


『絵の事を考えて一瞬表情を緩める顔、私以外なら見逃しちゃ「真面目にやれ」はい。』



暫く真面目にやってたかと思えば、私が笑顔になった程度で騒ぐんだから子供のようだ…

私の表情筋が死滅しているからとはいえ、一々指摘するようなものではなかろうに。


顬を左手の親指と人差し指で揉みほぐしながら右手を振りさっさとしろと合図を送ると、マネキン君は子犬のような雰囲気を出してきたが無視した。



『コホン。気を取り直して二つ目、陣営というより趣味嗜好に近いモード選択! ~ドンドンパフパフ~

今のところ、差は少ないけど後々エンジョイ勢とガチ勢の区分になってくるやつだね』


「それについては軽くは知ってるぞ」



たしか、ゲームモードとリアルモードの二つ…ゲームモードは、システムアシスト付きだったりスキップ機能・ミニゲームもあるんだったか。

リアルモードは、システムのアシストが無く五感のリミッターを外せる事からより現実味がある深い体験を楽しめるといった感じの筈。


暫く前に、『SW』の広告が流れてきてどちらか片方ではなく選べるのは世界初だのなんだの騒いでいたから覚えている。



『その様子だと詳細説明だけで良さそうだね。予習してきて偉い偉い、あぁそんな睨まなくてもすぐに説明するから。うーん、浅過ぎず深過ぎない説明となると…ヒカル君は悪用しないだろうし、攻略組が少し勘づいている細かい秘密を一つ教えちゃおうかな!』



得意気なマネキン君に、私は依怙贔屓が過ぎるのではとも少し思ったが折角の厚意を断るのも悪いので黙って聞くことにした。



『初期はゲームモードが、スキップ機能やシステムアシストもあるから製造から戦闘まで楽になるし成長が速いけど、それに慣れてしまう事・実力で努力していない事で最終的には限界が訪れやすいのだよ』


『なので、ゲームのアシストに慣れきってる人達から苦労の連続で"五感強化するだけのゴミ"と呼ばれ、あまり好まれていないリアルモードの方が時間はかかっても強くなれる!』


「実際に体験して努力してこそ、力として身につくってことか?」



私の問いかけに、マネキン君が深く頷いているから考え方は間違っていないようだ。

例えるなら、テストで丸暗記して点数を取るタイプはその時は良くても後々模試や試験で酷い目になってるのを学校でよく見かけてたし、努力しなさいという教訓かもしれないな。

この事を踏まえて、私が選ぶとするなら…



『補足だけど、リアルモードは戦闘時も現実の感覚を頼りに身体を動かすという長所短所が浮き彫りになるんだよね。だから、運動神経が良くないとゲームに慣れるかレベルが上がるまでは厳しいから気をつけてね?』


「…その話を聞くと、戦闘はかなり不安だがリアルモードで行こうと思う。元々絵を描ければそれ以上求めようとはしてないしな」


『分かった。じゃあプレイヤー側リアルモードで登録っと…………はい登録完了。

長くなったけど、これで諸々の設定は終了!困ったことがあれば町に一つはある神殿を尋ねて。きっと君の助けになるからさ』



話の雰囲気的にそろそろ別れの時が近づいるようだから、少しうっとおしいけれど気兼ねのない昔からの友人のような感覚を与えてくれた彼に、感謝の気持ちを伝えると共に気になっていた事を聞くことにする。



「神殿か覚えておくよ、それにしても全部丁寧に説明してくれて本当に助かった!正直に教えて欲しいんだが、お前は正式な名前とかあるか?ここまで世話になって変な呼び方を続けるのは流石に気が引けるんだよ」


『…!こんなサポートAIについて知りたがるんなんて、ヒカル君は奇特な人だねぇ。隠すことでも無いから教えると私の個体識別名称は

#0010アラディア、ヒカル君とはすぐに会える気がするしさよならは言わないでおこうかな』


「アラディアか。マネキンの見た目の癖にカッコイイ名前なんだな、ちゃんと覚えておくよ…それじゃあ」


「『また会おう』」



互いに別れの言葉を告げた瞬間、ここに来た時と同じように強い白い光で視界が埋め尽くされ…

ーーアラディアの背中に白い翼が見えたような気がしたところで、私の意識が切り替わった。








ヒカルが去った白い空間でアラディアは、これからの展開に期待で胸を膨らませ…

慈愛に満ちた声音で呟く。



『汝が、過去の苦しみに囚われず新しき道を開拓する事を期待しているぞ…。なーんて、

よし!次の仕事に向かいますかね』



瞬きの内にアラディアが姿を消すと、静寂で包まれた白い空間にはもう誰の痕跡も残っていなかった。





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