第1話 厨房会議

 昼下がりのLucis。お昼のピークが過ぎ、店内に居るお客さんの数も少なくなってきた。ピーク時の喧騒が嘘のように静まり返り、かき消されていたBGMのクラシックもようやく耳に届くようになったころ、Lucisの厨房の奥では秘密の緊急ミーティングが開かれていた。議題は、この数週間で相次いだ毒魚、キタマクラの混入についてだ。

 結乃がLucisでバイトを始めて一週間が過ぎたころ、最初の事件が起きた。ランチメニューとして提供するお造りやカルパッチョ、マリネなど生魚を使った料理の材料となる魚が入った発泡スチロール箱の中に、キタマクラが混入していた。キタマクラといえば、フグの中でも特に強力な毒を持っていることで知られている

 キタマクラ混入事件のせいで、一部メニューが提供できないという状況に陥った。その中には当然人気メニューも含まれており、店は大打撃を受けた。マスターも仕入れ先に混入することがないよう念入りな確認をお願いしていた。

 ところがまた翌週、そして今日、同じように生魚用の箱にキタマクラが入っていた。料理を提供できない状況は店の信用にも大きな打撃となっていた。

 三週間のうちに三度、しかも同じ曜日に同じような事件が起きている。マスターの顔も三度までということで、対応について三度目の緊急会議が開かれたのだ。

 「念のため聞いておくが、この中にやってしまった者は?」

 マスターの語気がいつになく強い。お客さんに気づかれてもおかしくないほど、厨房は重たい空気に包まれている。

 「そうか、わかった」

 この日出勤している美昊、従業員の杉田翔、バイトリーダー兼副マスターの藤野慎司、そして結乃の誰もが手を挙げないことを確認すると、マスターは溜め息混じりにつぶやいた。マスターは続ける。

「今回の件はただのイタズラでは済まない話だ。店の利益、何より、お客さんからの信頼にかかわる問題。もう見過ごすわけにもいかない。そこで」

 マスターは次の言葉を躊躇うように言葉を切った。眉間に皺を寄せ、苦渋の表情を浮かべている。

 厨房に嫌な沈黙が落ちる。誰も何の言葉も発さないまま、マスターが発する次の言葉を待っていた。BGMのクラシックが余計に緊迫感を助長させ、逃げたくなるような居心地の悪い空気が流れる。

 マスターが意を決したように小さく息を吐いた。重い口が開かれる。

 「店としては、チェック体制の改善、保健所への相談と対応をしてきたわけだが、一向に改善が見られない。そこで、一週間店をテイクアウト以外休業し、原因究明に取り組もうと思う。」

 マスターの発言に、声には出さないものの全員が驚愕した。

 「本音を言えば営業を続けたいのは山々だが、お客さんにこれ以上ご迷惑をおかけするわけにはいかない。どうかわかって欲しい」

 そう言うとマスターは頭を下げた。 

 結乃たちは目を見合わせる。マスターの考えはもっともなこと。お互い頷き合い、マスターに了承の意を伝えた。

 「ありがとう。休店は明後日からとなる。よろしく頼む」

 マスターがそう皆に伝えたことで、緊急ミーティングは終わった。

 クラシックの音が遠く感じられる。まさか、働き始めたばかりなのにこんな重大事件が起こるなんて思いもしなかった。

 ふと、ある好奇心が湧いてくる。キタマクラを混入させた犯人はいるのか。いたとして、それは誰なのか、目的は何なのか。真相を突き止めたいという好奇心が、浜辺を打つ波のように激しく押し寄せてくる。

 「マスター」

 「どうした?」

 「調査、してきてもいいですか?」

 

 

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コバルトブルーに映る謎 星宮遥飛 @hosimiya_haruhi

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