第五章:~王妃の狂気~

魔法の鏡が告げた言葉

―― 「世界で一番美しいのは白雪姫」 ――

その言葉が、王妃リリアンの心を引き裂きました。


「どうして?なぜ私ではないの?

 王も、人々も、私を美しいと言ってくれていたのに…。」


自室の床に崩れ落ちたリリアンは、両手で顔を覆い、泣き続けました。

涙が頬を伝い、冷たい床に滴り落ち続けました。


夜が深まり、城が静寂に包まれても、

リリアンの心の中では嵐が渦巻いていました。


純粋に母として、愛する娘の名を口にするたび、

リリアンの心は嫉妬と憎悪で染まって行きました。


「私をこんなにも苦しめるのは、あの子だけ…。

 姫さえ居なければ、王も、城の人々も、私を一番愛してくれるのに…!」


心の中で膨らむ黒い感情を飲み込みながら、

リリアンの目にはやがて狂気が浮かびました。


「そうだ…姫が居なくなればいい。

 そうすれば、すべて元に戻るわ。」


鏡に映るリリアンの顔は蒼白で、目の奥には異様な光が宿っていました。


しかし、リリアンはそんな自分の姿を見ても、何の違和感も覚えませんでした。


「これは、私のためでもあり、城のためでもあるのよ。

 姫がいなくなれば、全員が平穏を確保できるのだから…。」


その言葉を口にした瞬間、リリアンの中で何かが壊れ、

そして、壊れた自分を再構築するように、冷たい決意が生まれました。


窓から満月の白い光が差し込み、

リリアンの決意を後押しするかのように感じられました。


窓を開け放ち、リリアンは冷たい夜風を感じながら、心の中で呟きました。


「姫を殺そう」






~暗き陰謀~


白雪姫の12歳の誕生日の翌日、

お城の庭園では国中の人々が招待され、

姫の姿を間近で見られるイベントが開催されました。


王や王妃や姫を間近で見られるこの催しは、国民にとって何よりの楽しみでした。


ですが王妃・リリアンは

「昨日の誕生会で久々に多くの方々の前に出て、疲れが出たようです。

 体調かすぐれないので、王と姫でお願したいと思います。」

と、出席を辞退しました。


リリアンは、自室に籠ったふりをしながら、密かに行動を起こしました。





~狩人との取引~


リリアンは黒いマントを頭からすっぽり被り、

口元をベールで隠し、素顔が見えないようにすると、

城の庭園に集まった集団の中を歩き回りました。


彼女は一人の狩人に目を留めました。


彼は城に何かの肉を運んできたのでしょう。

大きな袋を持っていました。


「そこのあなた。」

リリアンの低い声に、狩人は驚いて振り帰りました。


彼女からは気高い気配が漂っていましたが、

黒いマントをかぶっていたので、狩人には誰なのか、分かりませんでした。


「何でしょうか、お方様。」


狩人が頭を下げると、リリアンは静かに近づき、さらに声を潜めて言いました。


「白雪姫――あの姫を森の奥へ連れて行き、殺してきてほしい。

 そして、証拠として彼女の心臓を持ち帰ってきなさい。」


その言葉を聞いた狩人は絶句し、驚愕の表情を浮かべ

「そ、そんな事…」

と声を上げようとしました。


ですが、リリアンはその言葉を遮り、

懐から輝く金貨の袋を取り出して見せました。


「この金貨があれば、あなたは一生豊かに暮らせるでしょう。」


狩人は目の前の金貨と、

自分の家族の生活を天秤にかけ、黙り込んでしまいました。

そして、彼女の冷たいスミレ色の瞳を見つめたあと、小さくうなずきました。


リリアンは

「日が落ちる頃、城の西門に持って来なさい。心臓と金貨を交換しましょう。」

と狩人に告げ、人ごみに紛れました。




リリアンは黒いマントを纏ったまま、密かに自室へ戻りました。


「これで、世界で一番美しいのは、私に戻るのね。」


その微笑みは、どこか悲しげで、そして狂気でいっぱいでした。




続く~第六章へ~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る