第5話
週末の金曜日になると最近はいつでも異世界へ行けるように放課後は紗英と行動を共にするようになっていた。
怪しまれないように生活圏内から離れた業務用スーパーで天然水のボトルとキャンプ用具を購入して影の中へ収納する様子を見ながら改めて便利な術式だと思う。
自分の術式も応用次第では相応に便利だと思うけどやっぱり現代での使用を考えると人目のある場所でも使える紗英の術式は羨ましい。
一度家に帰って不要な荷物を置くと動きやすい服装に着替える。
部屋の前で待ってくれていた紗英と家を出ると、近くの公衆電話に入って赤いテレホンカードを入れる。
最初に聞いたのと同じ声が聞こえて今度は質問もなくすぐに浮遊感を感ると目の前に前回見た砂漠が広がっていた。
辺りのを見回して確認していると、数秒遅れて紗英も転移してくる。
個人的にはこのテレホンカードを配布している恐らく異世界転移の能力者の目的の手がかりくらいは掴みたいと思っている。
紗英はその辺りも少しくらいは知っているみたいだけど前回の転移の時に少し話してくれただけでそれ以来何も言わない。
足元の影から砂色の外套を取り出すと片方をこちらに渡してくる。
それを受け取って装備すると顔に当たる砂がマシになった。
「それじゃあ行こうか」
「行くって何処へ?」
まるで目的地があるような紗英の言葉にわからない俺は素直に質問で返す。
「地下都市だよ」
「この終末世界みたいな場所に住人がいるのか?」
「うん。異世界人じゃなくて、私たちと同じ現代人で帰らずにこっちに居着いた人なんだけどね」
「それは、なんというか逞しいな」
この見渡す限り砂漠で植物もなく、生活インフラも碌に整備されていない場所に都市を築くというのは並大抵の苦労ではないだろう。
「本当にね。ここから四十キロくらい移動するから遅れないようについて来て」
「わかった」
付与術を駆使して紗英の後について疾走する。
「前方に”サンドワーム”一旦止まって戦闘準備」
「了解。今回は俺が一人で戦ってみてもいいか?」
足元の影から刀を取り出そうとする紗英を制して前に出ると目の前の空間から視線を逸らさずに確認する。
「構わないけど、無理だと判断したら私がやるよ」
「それで頼む」
心臓で力を練ると足に力を集中させた。
ただ今回は走って逃げる為じゃない。
思いっきり足下の砂を踏み付けて音を鳴らす。
音に反応して真下から俺を呑み込む為に口を開けた
”サンドワーム”が飛び出して来る。
それを足下から感じる振動を頼りに真上に思いっきり跳躍して躱すと付与術を解除して、力を術式に思いっきり流し込む。
目標は空中で俺を食べ損ねた”サンドワーム”だ。
右手を”サンドワーム”に向けると術式範囲を絞って発動する。
展開した重力の力場が”サンドワーム”を逃げる間も無く押し潰して圧殺する。
術式を解除して砂地に着地すると、足裏に伝わる衝撃で少し痺れる。
それでも初めて一人で”サンドワーム”を倒した興奮で紗英に向けて親指を立てて向ける。
「随分と術式の扱いが上手くなったね」
「だろ。これなら”サンドワーム”くらいなら危なげなく倒せるぞ」
「そうやってすぐ調子に乗らないの。圧殺するのは良いけど、あの威力だと術式発動すると相応の負担があるんじゃないの?」
「まあ、連続発動は色々と厳しいな」
「単独戦闘の場合は消耗の激しい大技の連発は避けて、省エネで負担の軽い技を中心に使って敵を倒す事。常に余力を残す事を意識しないと、消耗し過ぎると呆気なく命を落とすよ」
「了解、気をつけるよ。ただその場合は決め手に欠けるんだよな」
「それも含めて課題だね」
「わかった」
「この先は私が単独で片付けるから、よく見ておいて」
「わかったけどキツくなったら言えよ」
「まあ、多分平気だけどね。一応、頼りにしてる。自己補完の範疇で運用してるから」
「自己補完?」
「うん。康平の付与術には過剰に力が付与されていて上手く使えず無駄になっている力があるの。使えるようになってから、あんまり日が経っていないから仕方ないけど、私の場合は付与術を使って走るくらいなら、力の消費量を時間単位の回復量で補完出来てるから実質負担ゼロで使えるの」
要は紗英の場合は力の消費量より回復量が多いから負担が殆どないらしい。
回復量はよくわからないけれど、同じ付与術を使ってそれ程の差があることに驚く。
何しろ俺の場合は普通に付与術を使って走るだけでもそれなりに負担がかかる。
それでも紗英の話からすると、付与術の運用効率の話で考えると俺も最適な出力で運用で使えるようになれば、紗英の言う自己補完の範疇で付与術を使えるようになるのだろう。
「その辺は追々使えるように頑張るよ」
「そこは気長に待ってるよ。とりあえず今日は目的地まで走る事に集中してくれたらいいから」
「わかったよ。これ以上足手纏いにはなりたくないからな」
「そこまでは言ってないけど、目的地まで頑張ろうか」
そこからは時々音に釣られて寄って来る”サンドワーム”を紗英が倒すのを見ながらひたすら走る。
「ところで、この前も使っていたナイフは何か特別なナイフなのか?」
手に持つと刀身が変色していたことから何かしらの仕掛けがあるのは間違いない。
それに今回も前回も刺さった相手の動きが封じられていた事から術式に関連したものだと予測している。
「あのナイフは術式を付与出来てナイフに術式と同じ効果を付与出来るの」
「それは凄い便利だな。ちなみに何処で手に入るんだ?」
紗英の戦い方を見ていて、そろそろ自分にも武器が欲しいと思っていたので入手方法を確認する。
「あのナイフは異世界の特殊な金属が刀身に含まれていて、刀剣作製の術式を持った人に頼めば作って貰えるよ」
「そうなのか。ちなみに刀の方も似た感じ?」
「刀の方は普通に現代の刀と同じ材料で特殊な金属は使ってないけれど、ナイフと同じで刀剣作成の術式を持った人の作品だよ」
「異世界の刀匠か、機会があれば紹介してくれよ」
「構わないけど、機会があればって今向かっている地下都市に居るから今日には会えるよ」
「そうなのか。なら急がないとな」
それからも何度か戦闘を繰り返していると紗英が何もない砂漠で立ち止まる。
「着いたよ。ここが地下都市の入り口」
「特に扉のような物は見えないけど」
「仕掛けがしてあって鍵が無いと扉が開かないの」
足下の影から鍵を取り出すと虚空に向かって鍵を差し込んで回す。
何もない筈の場所からガチャリと音がすると突然扉が現れる。
紗英が扉を押すと抵抗もなく扉が開いた。
「ようこそ地下都市へ」
驚く俺にそう告げると紗英は躊躇いなく扉の中へと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます