第6話

扉へ消える紗英の背中を慌てて追いかけて扉へ飛び込む。

中には無数の階段が伸びていて奥を見通す事が出来ない。

それを紗英の後に続いてひたすらと下へ降りる。

階段の材質はそれなりに古いけど現代にあるコンクリートのようで散々砂地を歩いていたのでしっかりとした感触に安心する。

階段を最後まで降りると広大な地下空間が広がっている。

なんだか、映画の世界に迷い込んだみたいだ。

実際に迷い込んだのは異世界だけれど。


迷いのない足取りで進む紗英の後ろを歩きながら周囲を観察する。

地下都市は以前テレビで見た昔の地下墓地のような空間の中に薄っすらと灯りが灯っている。


「私は刀のメンテナンスをしてもらって来るけど、康平も来る?」


「いや、少し部屋の中央が気になるから見ていてもいいか?」


「構わないけど、それなら刀を預けたらここで合流ね」


待ち合わせの約束をすると、別の通路へ入って行く紗英の背中を見送ると部屋の中央に鎮座する物を観察する為に咎められない程度まで近寄る。


部屋の中央には円形に区切られた空間の中にドミノが並べられていてその上には紐に吊るされた鉄球が動いている。

しばらく見ていると動く鉄球がまだ立っているドミノを倒す。

それが何度か繰り返されるのを見てこれがドミノではなく、科学博物館などで見られる地球の自転を証明するフーコの振り子だと思い出した。


目の前の振り子が正確ならこの異世界は自転しているのだ。

考えてみれば重力があるという事は自転による遠心力とこの異世界自体に引力があるという事に他ならない。

その仮説を裏付ける為には星空を観測したいけれど、この世界ではずっと空は薄暗くて星を観測する事が出来ない。

この世界の重力は地球とそんなに変わらないように感じる。

この世界に来てから特に体を軽く感じたり、逆に重く感じる事もないという事は地球に似たような自転周期で回っているのかもしれない。

そうして一人で考察をしていると、背後から声をかけられた。


「面白いだろ、その振り子。この異世界は自転をしてるんだ。」


「この異世界は何処かにある天体なんですか? 残念ながらここでは太陽がどころか星も見えませんけど」



「そうだな。ところが驚くべき事に目の前の振り子はこの世界が元いた地球と寸分違わないと示している」


その言葉に俺は驚いて目の前の振り子を見る。


「ここは元々は地球だったんですか?」


「仮説としては随分と未来の地球なのか、それともよく似た別の世界なのか、それはまだわからない」


「特に文明を示すような物をありませんからね」


「そうでもないぞ。ここに来る時にコンクリートの廃墟を見なかったか?」


「見ましたけど」


「あれは元々この世界に最初からあった物だ。この地下空間もだけどな。それを有り難く再利用させてもらっている」


コンクリートの歴史は古くて最古の物は何千年も前のギリシャで作られていた筈で現代のコンクリートの寿命は半世紀程度だと聞いた気がする。

問題はそれを作った文明の痕跡が他にない事だ。


「この文明を作った人間は核兵器でも使って終末戦争でもしたんですか?」


「案外、当たらずも遠からずかもしれない。この世界に来てから植物や動物の類いを見た事がないからな」


「それか宇宙人の襲来とかですか?」


「またはその両方だな」


「変な怪物が外を彷徨いているから、なんとも否定しづらいですね」


「”サンドワーム”の事ならあれはまだマシな方だぞ。それにこの辺りはまだ怪物の密集地帯からは離れている謂わば郊外のような場所だから安全に暮らせているんだ」


「その密集地帯へ行った事があるんですか?」


「俺じゃなくて戦闘向けの術式を持った連中がな」


「その人達はどうなったんですか?」


「途中で無理だと思って引き返したよ」


「それ以来、遠くへの遠征は実行されていない。みんな現在の戦力だと無理だと諦めたのさ」


目の前の人物の話を聞きながら、この世界に初めて来た時に聞いた紗英の話と一部相違している点がある事も気になるけれど、前半の自転の話は恐らく事実だと思って問題ない筈だ。


「そうだったんですね。連れが戻って来たんでこの辺で」


目の前の男の後ろから紗英がやって来るのが見えて軽く会釈だけすると会話を終わらせる。


少し離れてから紗英が小声で聞く。


「なんの話をしていたの?」


「この異世界の考察だよ。この異世界は自転していてその辺りの結果が地球に酷似してるって」


「その話ね。康平はどう思ったの?」


「恐らくだけど、ある程度は正しいとは思っているよ。証明するのが振り子だけなのが心許ないけど」


「まあね、私も概ね同じ感想かな、でも私はそんな事よりも誰がなんの目的で異世界転移を実行しているのかが気になっているの」


「目的はあの怪物と戦わせたいとか? 抵抗勢力がいて異世界転移で戦力を呼び出しているとか」


「その割には現地人が私たちに接触してこないのよね」


「まあ、その辺は少しずつ調ればいいさ」


「そうね。とりあえず今はこの地下都市を案内するわ」


「そうだな。それじゃあ、案内よろしく」


「うん。それならまずはこの地下都市の心臓部からね」


先程、紗英が入ったのとは別の扉を開けて部屋に入ると大型の蓄電池とそこから伸びるケーブルなどが真っ先に目に入った。


「ここは地下都市の心臓部の蓄電池とかを置いている部屋で横に居るのが管理人のクサカベさん」


「クサカベだ。ここでは電気系統の管理をしている」


「康平です。よろしくお願いします」


簡単な挨拶だけ済ませると、失礼にならない程度に周囲を見回す。

蓄電池と送電する為のケーブルはあるけど、発電機の類いが見当たらない。

大型の業務用蓄電池を使うのだから同じくガソリンを使って回す発電機やソーラーパネルのような物が無いと蓄電池だけではいくら節電をしても限界があるはずだけど、部屋の中には見当たらない。


「蓄電池が気になるか?」


そんな俺の様子が気になったのかクサカベさんが尋ねる。


「そうですね。蓄電池しか見当たらないので、発電機はどこにあるのかなって気になって」


「そういう事か。すぐ目の前にあるんだがな」


そう言って親指で自分を指す。

それで俺もどうやって発電しているのかわかった。


「まさか、術式で発電してそれを蓄電池に貯めているんですか?」


「正解だ。なかなか便利だろう」


便利どころの話ではない。

この地下都市の電力を一人で賄える規模の発電が可能ならとんでもない事だ。

インフラが何もない世界では救世主レベルの神術式だった。


「便利というかこの地下都市の一人で賄えるレベルは普通に凄いですね。」


「まあ、術式が戦闘に使えるレベルの威力がなかっただけの謂わば人間電池だがな」


本人は卑屈に答えるが、基本的にサバイバルが必須の異世界においては戦闘で敵を屠るよりも生活を維持する事に使える術式の方が重要だろう。

何しろ戦闘なら他に戦闘向けの術式があれば代えが効くけど、インフラ系術式は同じ系統を探すだけでも困難に思える。


「何でそんなに戦闘に拘るんですか?」


「男なら異世界に来たら異世界チートで無双をするのが憧れだろう?」


卑屈になっていたので深刻な理由なのかと思ったら単なる浪漫を追い求めて夢絶たれた人間だった。


「いや、わかるけど。俺も異世界チートは好きだけど、だからってそんなに卑屈にならなくていいんじゃ」


「ならお前の術式はどんなだった?」


「重力操作ですけど」


「それ。異世界で無双出来るやつ。持っている側だからそんな風に言えるんだよ」


「なんか、すいません」


面倒な事になりそうだったので足早に立ち去る。


部屋の扉を閉めると小声で紗英が耳打ちしてくる。


「同じ現代人同士でも、基本的に術式は秘匿する事」


「その方が良さそうだな」


「多分、康平が思っている理由じゃないよ。術式のネタがわかれば何かの時に対人戦になった時に不利になるから」


「今みたいに異世界に憧れを抱いた人間のヘイトを無駄に稼ぐからとかじゃないんだな」


「それもほんの少しあるけど、敵に回った時の為っていうのが殆どかな」


「合理的に考えると、人を殺してまで何かを得ようとはしないだろ。何しろ人間の頭数が圧倒的に足りない。それをすると結局自分の首を絞める事になりかねない」


「理性的に考えたらね。でも理性でわかっていても感情で動くのもまた否定出来ないから」


「わかった。今度から気をつけるよ。ただ、紗英言うの遅くない?」


「それはごめん。普通に秘匿すると思ってた」


「ごめんそれは俺も浮かれてたわ」


「そうね。それでこの後はどうする?」


「他にも何かあるのか?」


「一番大きいのは、現代から土と種子を持ち込んで育てている菜園とかかな」


「家庭菜園ならぬ地下菜園か興味はあるな」


「他は私も刀のメンテナンスを以来している鍛冶屋かな」


「異世界鍛冶屋か興味あるな。というか、俺も刀を一本くらい武器として持っておきたい」


「じゃあ先に鍛冶屋に行こうか」



地下の空間にリズミカルに響く槌音を聞きながら歩くと紗英の言っていた鍛冶屋の居る扉に着いた。


「さっきの刀なら既に研ぎ終わっているぞ」


紗英の姿を見るなり、鍛冶屋が声をかける。


「ありがとうございます。それでお願いが一つあるんですけど、後ろの彼の刀を一から打って欲しいんです」


「刀を打つのは構わない。それどころか打ちたいくらいなんだが、材料が無くてな。自分で材料を調達出来るのなら喜んで刀を拵えるぞ」


俺はそこで口を挟む事にした。


「材料って言うのは現代で調達した物でも大丈夫ですか?」


刀の材料は玉鋼で現代においてかなりの高額になるけど異世界で調達する難易度よりは幾分マシだろう。


「馬鹿な事を。そんな無粋な事はせず、異世界で調達せんかい。武器の材料集めも異世界の浪漫の一つだ。浪漫のわからない奴に打つ刀は一本たりともない」


思った方向と違う反論に俺はこの人も先程の人と同じ異世界に浪漫を感じて鍛冶屋をしている人だと確信した。

これは異世界で材料を調達して来るしかないと覚悟を決めた。


「わかりました。それならせめて材料が採れる場所だけでも教えてくれませんか?」



「いいだろう。この地下都市を出て東へ行くと金属を食べる怪物が居るからその怪物から採取をするといい」


「わかりました」


「出る前に門の鍵だけは貰うようにな。忘れると此処へは入れなくなるぞ」


最後に忠告だけすると何も言わなくなったので、断りを入れて部屋の外へ出るとすぐ隣の紗英に確認ふる。


「鍵って何処で貰えるかわかる?」


「わかるよ。というか康平と合流する前にもう使い捨ての鍵を貰って来た」


言うとポケットからここに来る時に使った鍵と同じ物を取り出した。


「流石というか、行動が早いな」


「じゃあ、早速材料を取りに行こうか」


「紗英は取りに行った事があるのか?」


「うん。あのナイフ打って貰う時にね」


「それ刀を打ってもらおうと思ったら結構大変?」


「私はあんまり採れなくてナイフにした」


「もしかして刀は無謀だったか?」


「まあ二人がかりでやれば出来ない事は無いと思うけど、骨が折れそうだね」


「じゃあ早速行こうか」


もう言ってしまった事はどうしようも無いので覚悟を決めて材料を採りに行く事にした。




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