第4話
紗英からレクチャーを受けてから一週間間が経った。
今では軽くランニングしながらでも付与術を足に固定しながら走るくらいには上達していた。
付与術を使って走る場合はキロ辺り二分程度の速度で走る事が出来る。
それでも複数同時に付与術を安定的に発動するレベルには達していない。
俺のレベルだとまだ早く走るか手に付与術を使って筋力を底上げするくらいが限界だった。
それに早く走れると言っても自分の反応速度が追い付くレベルまでしか使えない。
筋力強化の方も出鱈目な強化をすると筋肉に過剰な負荷がかかって千切れたりするとの事なのでリスクが管理大変だった。
現状だと異世界に行っても戦闘は無理で逃げ回るくらいが限界だけど、戦う紗英の足手纏いにならない程度のレベルには達している筈だ。
その他はこの一週間で生活圏にある公衆電話の場所を把握しつつ新たなテレホンカードが落ちてないかを宝探し感覚で探していた。
ちなみに紗英からは絶対に一人で異世界へ行かないようにとキツく厳命されている。
この一週間は付与術の練習ばかりをしていたのでそろそろ自分に刻まれた術式を試したい気持ちも湧いている。
紗英の話では心臓で練り上げた力を脳に刻まれた術式に流し込む事で発動するらしい。
ただ発動するまではどんな術式かわからないのがなんとも怖いところだ。
試しに使ってみたい気持ちはあるけど、大規模破壊が可能な術式だと異世界では重宝するけど、現代社会においては無用な代物だ。
そういう意味では紗英の四次元ポケットは現代でも異世界でもどちらでも便利な能力だし、なんだったら普通に羨ましいと俺は思っている。
放課後になって紗英と待ち合わせしていた俺は、異世界での移動を想定して少し遠くの海まで付与術を使った長距離ランニングをしていた。
「とりあえず、休憩無しでこの距離を走れるなら向こうに行っても逃げるくらいなら出来るね」
「それは良かった。せっかく人の居ない海に来たんだから術式を試してもいいか?」
この一週間ずっと術式を使ってみたくてワクワクしていた俺は紗英に確認をする。
男子たる者異能が使えると言われてワクワクするなと言われる方が難しい。
日曜朝のヒーローみたいな事が出来るかもしれないとなれば尚更だ。
「ダメって言っても一人でこっそり試しそうだよね。康平」
付き合いが長いだけあって紗英は若干諦めたように言う。
「まあ、否定は出来ないな。正直この一週間めっちゃ使いたくてワクワクしてる」
「いいよ。ここなら水平線まで誰も居ないから被害も最低限で済むし、もしもの時は付与術で全力で逃げる事」
この時期の遊泳禁止の海は誰も居ないし漁に出ている漁船も見当たらない。
「了解」
「早速やってみて」
紗英からのお許しが出ると、早速心臓の辺りで力を練り上げた。
脳に正確には脳に刻まれた術式に力を流し込む。
使った途端に軽い頭痛がして目の前の水面と境界の砂浜が沈む。
継続的に術式に力を流していると力が作用している範囲だけが沈み続けている。
「テレキネシス的な能力なのかな?」
言いながら紗英が足元の貝殻を術式の効果範囲に全力で投げ込んだ。
投擲された貝殻は効果範囲に入ると同時に勢いを失って砂浜に沈む。
「テレキネシスではないのかな。重力場?」
そんな事を言いながら沈む砂浜に近寄ると近くに落ちている棒を手に持って効果範囲に突っ込んだ。
効果範囲に入った棒が砂浜に向かって曲がって折れる。
それを冷静に観察して今度は自分の手を効果範囲に突っ込んだ。
「下方向に強い力が作用してる」
こちらが止める間も無く自分の手で実験した紗英に俺は慌てて術式に力を流すのを止める。
「紗英、手は大丈夫か?」
「大丈夫だよ。ちゃんと手を強化してから試したから」
言いながら手をひらひらと振って見せる。
確かに見ている感じだと特に手に異常が出た様子はない。
「それなら良いけど、今後は術式の範囲に手を突っ込むのはやめてくれ。心臓に悪い」
「わかったけど。先に貝殻とか木の棒である程度試してからやってるし最低限の安全は確保してるから平気だよ」
「それでもだよ」
これ以上は言っても紗英には無駄なので俺は本題に入る事にした。
「それで俺の術式がどんなものなのかわかったのか?」
「うん。私の予想だと重力場を出す術式だと思う。水面と砂浜が沈んで投げた貝殻が効果範囲に入った途端に勢いを失って落ちたし、それに私が強化した手を効果範囲に突っ込んだ時に上側から下に向かって押し付けるような力を感じたから多分間違いないと思う」
「目に見えないから地味というかわかりにくいな」
「それでも、目の前を吹き飛ばすような術式よりは色々と応用が出来そうで良いと思うよ」
「俺もそれは思った。異世界では便利かもしれないけど現代で目の前を吹き飛ばすような術式は使えないからな」
「かもね。後は練習次第で効果範囲とか威力の調整出来そうだし」
「重力って事は炭を買ってそれに術式を使って圧力をかけたらダイアモンドが作れたりしないか?」
「可能だと思うけど、多分相当な威力が必要だから今すぐは無理じゃないかな」
「別に今すぐ使えなくてもいいんだよ。現代での術式の使い道さえ見つかれば問題ない」
「そういう事ね」
付き合いの長い幼馴染には何を考えているのかわかったみたいだけど、特に咎めるつもりはないらしい。
「ところで、これなら普段から練習しても大丈夫そうだよな?」
「人の多い場所じゃなければ問題ないと思うよ」
「だよな。それなら良かった」
「家の庭で練習すると庭が沈んで穴だらけになるからおばさんに怒られると思うよ」
「そこは考えるよ」
「そうね。でも今日はこれ以上はやめた方がいいよ」
「なんで?」
「この後も付与術を使って家までランニングして帰るから、ちなみに公共交通機関を使っても帰れるけど、その場合結構交通費かかるからオススメはしないかな」
「今日はこれでやめとくよ」
「それがいいよ。そういえば術式の負担感ってどんな感じ?」
「最初に術式に力を流し込んだ時に頭痛を感じたけど、それ以外は問題無さそうだな」
「最初の頭痛は術式に初めて力を流し込んだ時に脳がびっくりするやつね。私もなったし、それにしても思ったより脳への負担が少ない術式なのかな」
「さあ、それは追々試してみるよ」
「そうだね。とりあえず今日はもう帰ろっか」
そうして術式の実験を切り上げると早々に帰路についた。
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