星座とsign
縞間かおる
<これで全部です>
彼が連れて行ってくれた洋食屋は素朴でとても温かだった。
その優しい空間は、彼が着ているガンジーセーターの様で……胸ぐりの深いビキューナニットの私とでは水と油だ。
優しい笑顔の女将さんがお皿を下げた後、彼は静かな微笑みをくれた。
「この後、行きたい所があるんだ」
ああ、お酒無しだったのはそのせいね……
助手席の窓の外を様々なネオンが流れて行くけど車は真っすぐ高速道路へ入る。
どこまで拉致されるか……そんな気まぐれに翻弄されるのが私の本望。
だからゆきずりがいい。
でも高速を降りた車は暗い山間へと入って行く。
山道を潜り抜けて小高い丘に辿り着き、車を停めた彼は初めて助手席の私を見た。
「ちょっと出てみない?」
私は今夜、人知れずここに埋められてしまうのかもしれない。
私の今までの悪行が、実はこの人の大切な誰かを傷つけ……その裁きを私に下そうとしているのなら仕方ない。
だけど私は彼のダウンで包まれた。
ダウンに袖を通しながら見てみると、彼は小さなコーヒーセットで豆を挽き始め、私はその手際の良さに目を奪われてしまう。
「見せたいものは僕じゃない。もっと上だよ!」
言われて見上げると満天の星
「星降る空の下じゃ缶コーヒーでも十分美味しいんだろうけど、ちょっとだけカッコつけさせて」
笑顔の彼からカップを受け取ると芳ばしい香りに全身が包まれる。
ふと、『幸せの鍵』が頭の中をよぎり身震いして否定する。
「寒い?」と聞かれて
私は全然大丈夫なフリで空を見上げる。
「こんなにいっぱいじゃ逆に星座が分からないね」
「ちょうど真上辺りに北斗七星があるのが分かる?その柄杓の柄がおおぐま座のしっぽだよ」
「あ、おおぐま座、分かったよ!」
「知ってる?」
「何を?」
「星座って英語で『sign』とも言うんだって」
「そうなの?」
「うん! でね、君のサインが必要なんだ。」
彼が私に渡したのは……さっき、店のオーナーから彼が受け取った封筒。
やっぱりうま過ぎる話はこの世には無いのだ!!
心の中にしっかり言い聞かせて封筒の中身を開くと……
婚姻届!!??
『加藤』は彼の苗字。そして証人欄にも『加藤』が……
「これは……?」
「店のオーナーは僕の叔父さんで証人になってもらった……どうかどうか僕の名前の右隣に君の署名を下さい。そして僕に左の薬指のサイズを教えて!」
満天の星が降るように
たくさんの後悔や怖れが心の中に降り注ぐ。
でもその中で
ひときわ大きく輝く幸福の星が
胸の深く深くに届いて
私達は初めてキスを交わした。
星座とsign 縞間かおる @kurosirokaede
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