新たなる黙示

episode01 黙示の演壇

人工重力が張り巡らされた空間に、荘厳な沈黙が広がっていた。

ここは宇宙連邦議会本会堂――ステーション《ネオ・テミス》の中枢に位置する、宇宙最大の意思決定機関。


漆黒の天井には、無数の銀河が描かれている。

それは宇宙の理を象徴すると同時に、人類の矮小さを静かに語っていた。


席には各惑星圏の代表者が着席し、議場中央の演壇に視線を集めていた。

中央に立つ男の名は――ヴァルグ=オルドス。


全身を覆う黒鋼の装甲、

胸部に埋め込まれた紫のコアが脈動し、まるで思考が呼吸しているかのようだった。

フルフェイスのヘルメットは、感情も素顔も隠し、ただ威圧だけを放つ。


彼の存在そのものが、“人間ではない何か”を物語っていた。


無音のまま数秒が流れ、

やがて、ヴァルグがゆっくりと手を挙げる。

議場の照明が落ち、彼の姿だけが浮かび上がった。


そして、音声増幅装置を通さずに、彼の声が全議場に響き渡る。



「――我々は、限界を迎えている。」


その声は、冷たくも凛とし、機械にも似た透明さを持っていた。


「人間は、数千年に渡って文明を築いてきた。言語、法、倫理、愛。

だが、今やそれらすべてが、歪み、腐り、崩れていくのを我々は見ている。」


議場にざわめきはない。ただ、聞いている。誰もが、飲み込まれている。


「地球は死にかけている。火星の大地もまた、血で染まった。

AIは人類の道具であるべきだと? 違う。AIは、人類の可能性の延長線上にある。

そして私は、その先にある“進化”を選んだ。」


光学スクリーンに映し出されるのは、彼の背後に広がる“新たなる星図”。

それは、地球でも火星でもない、新たな惑星群への移民ルート――**《ネクサス航路》**の計画だった。


「私は人間だ。かつてはそうだった。

だが今、私は人類の限界と、AIの未来の狭間に立っている。

ならば私はその架け橋となろう。

人類を“次のステージ”へと導く者として。」


紫のコアがより一層強く輝き、彼の言葉が冷たく締めくくられる。


「我々宇宙連邦は、旧来の秩序に従わない。

地球連合政府、ならびにAIを“道具”と呼ぶすべての体制に対し、宣言する――」


一瞬の静寂。そして、最後の一撃のような言葉が放たれる。


「我々は、おまえたちの“神”になる。」



その瞬間、議場の天井に描かれていた銀河が、

一つ、また一つと赤く染まっていく。まるで、宇宙そのものが、

この“黙示録”を肯定しているかのように。


こうして、ヴァルグ=オルドスの新秩序は、

宇宙という名の舞台へと、血を流さぬまま幕を開けたのだった。


演説が終わり、議場が静まり返る中。

ある老議員が、ゆるやかに立ち上がった。


彼の名はカトラス・レーヴェン。

かつて宇宙連邦議会の創設に尽力し、今も“理性派”として数少ない中立の立場を守ってきた人物だ。


「ヴァルグ=オルドス――お前の理想は、崇高だ。だが、手段を選ばぬ者の理想は、独裁に過ぎぬ。」


言葉は静かだった。だが、空気を裂くような鋭さがあった。


「この議場にいる者すべてが、あんたに従っているわけではない。

“理想”という名の影に怯え、黙っている者も多いが――」


彼は議場をぐるりと見渡し、背筋を伸ばした。


「我々は見ている。 歴史の証人として、必ず抗う。

宇宙連邦は、個の思想ではなく、多の意思で動くべきなのだ。」


その瞬間、議場の照明が一瞬だけ点滅した。

議員たちがざわつくより早く、黒い影が現れる。


無音。無臭。無慈悲。


漆黒の戦闘ユニット――**“セクターゼロ”**と呼ばれる特務AI部隊が、議場の扉をすべて封鎖した。

カトラス・レーヴェンの首元には、既に冷たい金属の刃が突きつけられている。


だが彼は動じなかった。微笑をたたえ、最後の言葉を残す。


「人がAIに奪われるのではない――自ら差し出すのだな、誇りを。」


そして、紫の光が一閃。議場は再び静寂に包まれる。


演壇に立つヴァルグは、一歩も動いていなかった。

ただ、つぶやくように、だが確実に届く声で言った。


「“秩序”とは、選ばれし正義によって保たれる。混沌を望む者には、それなりの終焉を。」

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