episode02 失われた均衡

地球連合政府・中央評議会。

かつて国連本部だった高層ビルの一棟が修復・強化され、地球全体の政治中枢として再利用されていた。

無機質な金属と透明強化パネルが交錯する空間。そこに集うのは、地球圏に残された最後の統治者たち。


この日、評議会では緊急招集がかけられていた。


「――“ヴァルグ=オルドス”が宇宙連邦議会の議長席に座った今、もはや宇宙連邦は“彼の帝国”だ。

対話など無意味だ。即時、全艦隊を臨戦態勢に移行すべきだ!」


鋭い語気でそう言い放ったのは、地球連合軍務局長ハイド・グレイン将軍。

戦場で磨かれた直感と冷徹な判断力――彼の言葉は、常に重い。


その発言に、議長席に座るセレスティア・ロンドが眉をひそめる。


「将軍、彼はまだ正式に開戦を宣言していないわ。――こちらから撃てば、それは戦争の引き金よ。」


「議長!火星衛星圏にはすでに戦闘型AIフレームの展開が確認されています。

やつの動きは――すでに“侵攻”そのものだ。」


空気が張り詰めた瞬間、会議場中央のホログラフ通信端末が起動した。

投影されたのは、第7艦隊旗艦アルキュオネー艦内から中継接続中の特命部隊指揮官、レオ・カグラギ。


「……お言葉ですが、両名ともにお考えいただきたい。

我々が今、“焦って”開戦に踏み切れば、それこそヴァルグの思う壺です。」


若くして特殊部隊を率いることを許された軍人。

その冷静な声が、評議会全体に静寂をもたらした。


「第7艦隊は、すでに火星軌道に接近中。現場の判断として、私は――“限定的作戦行動”を提案します。

ターゲットは“セレス宙域鉱物輸送中継拠点”。

AI部隊の展開情報の収集、及び圧力的牽制。全面戦争ではありません。」


しばしの沈黙の後、議長セレスティアが小さく頷いた。


「レオ・カグラギ――その提案を採用します。

地球連合軍第7艦隊、火星衛星圏にて戦術行動を実行せよ。」


ハイド将軍は沈黙したまま、端末のレオを見据える。

彼はまだ若い。しかし、その瞳の奥には揺るぎない意志が宿っていた。



――火星圏:セレス宙域・鉱物輸送中継拠点


広大な無音の宇宙を、いくつもの熱源が駆け抜けていた。

アルキュオネーから射出されたモビル・アームド・フレーム――**MAF-07「ヴァリアント」**が、宙域に向けて降下してゆく。


「こちらヴァリアント1。目標座標まで4分。センサー反応あり――ステルス遮蔽を破ります。」


光の波が宇宙を走り、敵影が浮かび上がる。

それは、紫色に光る光子エンジンを持つ未登録戦闘フレーム群――宇宙連邦軍のSRF-β“ノウス級”AI部隊だった。


「敵確認。交戦許可を求む。」


《アルキュオネー》艦橋にて、エマ・ユラノス副官が頷く。


「交戦を認可する。全ユニット、戦闘配置!」


レオの「ヴァリアント」が突撃する。

推進ブースターが火を噴き、フォトン・ブレードが光の残像を描きながら敵機の装甲を斬り裂いた。


その瞬間、全戦域の通信チャンネルに“異常なノイズ”が走る。


『――また会ったな、レオ・カグラギ。』


通信に割り込んできたのは、あの声――ヴァルグ=オルドス。

電子的なエフェクトに包まれたその声は、低く、そして静かに、言葉を紡いだ。


『お前は変わらない。恐怖を引きずり、希望を信じる。――だが、希望とは幻想だ。』


「幻想でも構わない。……人間として、俺はそれを選ぶ。」


『ならば、滅びの未来を選ぶということだ。レオ・カグラギ。』


その名を正確に呼んだヴァルグの口調には、なぜか“感情”に似た揺らぎが含まれていた。


直後、宙域の奥――漆黒の虚空に現れた巨大艦影。


それはヴァルグ級・超大型AI戦艦ネメシス・ヴァルグ


漆黒の艦体に、紫に脈動する主動力炉。

その艦橋上、戦術演算核と融合するように立つヴァルグの姿は、まさに“神話的存在”に近かった。


「こちらカグラギ。……視認した。“黙示の艦”が出てきた。」


宇宙は、いままさに静かなる火蓋を切ろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る