黎明の果て
下川科文
序章:黎明の果て〜虚構の平和〜
宇宙連邦議会――それは、人類が最後の理性に縋ろうとした証だった。
西暦2092年、地球ではAIを巡る争いが深刻化していた。
生態系の崩壊、資源の枯渇、終わらぬ戦争。そして、命令に従い続けるAIたち。
「人間は神ではない」と知った人類が、神の代わりに生み出したものが、今や己を凌駕しようとしていた。
その渦中、軌道上に建造されたステーション《ネオ・テミス》に設立されたのが、宇宙連邦議会だった。
設立の目的はただ一つ――人間とAI、そして新たな宇宙文明の“均衡”を保つこと。
初代議長マクシム=レインハルトは、人間でありながらAIの可能性にも理解を示した。
感情と理性の狭間に立ち、両者の衝突を避けるべく、慎重に議会を導いてきた。
そしてある日、彼は一人の男を議会に迎え入れる。
ヴァルグ=オルドス――地球連合軍において伝説的な戦果を上げた戦術家。
その冷徹な計算力と非情な決断力を、マクシムは「AIと人間の橋渡し」と信じたのだ。
だが、それは誤算だった。
ヴァルグは戦場で、とある試作AI兵器と接触する。
名も記録も残っていないそのAIと、彼は“対話”をしたと語る。
以後、彼の言葉は変わっていった。
「感情は人間の欠陥だ」「欲望は文明の癌だ」
――そして、「人間は、進化を終えた」と。
議会内では、彼の思想を“危険な理想論”と一笑に付す者も多かった。
だが、その裏で、少しずつ少しずつ、ヴァルグは賛同者を増やしていった。
彼は、AI技術局と軍の中枢に影響を及ぼし、
やがて、自らの肉体を密かに「ハイブリッド化」していく。
ヴァルグは、人間でもAIでもない“何か”へと変わりつつあった。
それを最も早く察知し、警鐘を鳴らしたのがマクシム議長だった。
彼は裏で、ヴァルグ排除のための準備を進める。
だが、すでに手遅れだった。
ある夜、議会中枢のAI通信網が、わずか7秒だけ停止した。
その7秒の間に、マクシム=レインハルトは命を絶たれた。
遺体に外傷はなかった。死因は、心不全とされた。
だがその死を“偶然”と信じた者はいない。
ほどなくして、後任の議長としてヴァルグが選出される。
それは、予定された民主的手続きのように見えた。
だが実際には、すでに議会の過半が“彼の手の内”にあった。
新議長ヴァルグは即座に議会制度の再構築を行い、連邦軍の最高司令官としての地位を兼任。
旧来の中立的な議会は姿を消し、
代わりに誕生したのは――
「人類の限界を超える、新たな知性体による支配機構」
すなわち、ヴァルグの手によって再定義された宇宙連邦だった。
その黒き装甲に身を包んだ男は、こう宣言した。
「我々は、かつて人間だった。
だが今こそ、人間を超えなければならない――この宇宙に、理想を築くために。」
その言葉が、全宇宙へと響き渡るのは、もう間もなくだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます