第5話・刷りすぎなカード

 帰宅後、山科はテーブルの上でライフタイム・カードを開封した。さきほど買ってきた3パックを順番にハサミで切って開けていく。




 1パックめ──



 N『足の小指バーン』[5]が(×2)


 N『足の小指ドーン』[5]が(×2)


 SR『黄昏の対戦』[1800]



 SRカードの『黄昏の対戦』の絵を、山科はよく覚えていた。確か小学5、6年生の時だ。


 銀地の背景のカードだ。


 【夕暮れの公園。山科と隣り合わせで友人の松田くんがベンチに座っている。お互いの手にはゲーム機。ニコニコと嬉しそうな表情の山科に対し、松田くんは悔しそうな表情を浮かべている】


(あのとき確か格ゲーの通信対戦をしていて、ゲームが上手い松田くんに初めて勝ったんだっけ……)


「あれは嬉しかったよなあ…」


 山科はそう呟いてニヤニヤした。



(それに比べて何だよこれは……)


 山科は被りまくったNカードに目を落とした。


 Nカードの『足の小指バーン』『足の小指ドーン』はほぼ一緒の絵である。


 【白地バックの背景に、足がデカデカと描かれていて、足を冷蔵庫の角でぶつけている絵】

 

 これが『足の小指バーン』の方である。

 『足の小指ドーン』の方は、小指をタンスにぶつけているところだけが違っていた。

 

(これはひどいな……もはやこの絵は、おれかどうかも分からん……)


 『足の小指バーン』『足の小指ドーン』は、とてもチープな絵で、ぶつけた足の小指の周りに衝撃を表すギザギザの星の絵が数個描かれていた。




 2パックめ──



 N『足の小指バーン』[5](×3)


 N『足の小指ドーン』[5]


 N『衝撃の言い間違い』[40]



 Nカードの『衝撃の言い間違い』


 白地の背景のカードだ。


 【小学校低学年の頃の山科。教室のドアを勢いよく開けている絵。山科の横に吹き出しがあり、女の先生に「お母さん!」と言ってしまっている】


(衝撃でもなんでもない。ただのあるあるじゃないか……)


「てか、Nカードはしょーもないな!」


 山科はこのとき理解した。N(ノーマル)ランクのカードはショボいものしかないということを。



 3パックめ──



「これが最後のパックだぞ! 頼むから良い思い出が出てくれよ〜」


 山科は息を飲んでライフタイム・カードを開封した。



 N『足の小指ドーン』[5](×2)


 N『足の小指バーン』[5]


 SR『青春の大穴』[−2200]


 UR『選抜への第一歩』[8800]



「もう小指ドーン要らないって! 刷りすぎだろこのカード!!」


 山科は相当大きな声でそう叫んだ。隣室からの壁ドンの心配はない。なぜなら山科の部屋は、音大生やミュージシャンが好んで住む、防音がしっかりとしたマンションの部屋だからだ。ひとりごとが多い、かつ大きいことを自覚している山科が、その点を配慮して選んだ物件である。



(これは……)


 山科はSRカード『青春の大穴』を手に取り、そのカードの絵を見つめた。


 【中学生の頃の山科。自宅の部屋で鏡を持って自分の顔を悲しそうに見つめている絵。山科の顔中にニキビがたくさんあり、そのせいで赤ら顔になっている。山科の手元にはチューブ状のニキビ薬が置いてある】


(マジで嫌だったよな、ニキビ……)


 1番異性を意識する1番恥ずかしいという気持ちが湧く時期に、なぜニキビなんて物が出来るのだろうか。中学生当時の山科はそう思っていた。

 廊下を、教室内を、ニキビ顔で歩き回る恥ずかしさ。毎日その恥ずかしい顔をくっ付けたまま女子の横を通る悔しさ。山科はその恥辱を一生忘れないだろう。


「マイナス2200ポイントか。マイナスのカードもあるんだな……まぁ嫌な思い出だからそうなるよな」



 山科は一気にテンションが下がったが、URカード『選抜への第一歩』を見て元気を取り戻した。


「これは高2の夏だな!」


 金地の背景のカードだ。


 【体育館。バスケの試合中。チームメイトが見守る中、山科がフリースローを投げている絵。バスケットボールが弧を描いて宙空にある】


(おれは2軍だったけど、この時に怪我をしたレギュラーの田辺くんの代わりに試合に出てゴールを5本決めたんだ。それが認められて何回か試合に使われることになって、3カ月後にはレギュラーになれたんだよな)


 山科は何だかメランコリックな気持ちになっていた。



「おめでとうございます。累計30000ポイントを達成しました」


突如、部屋のどこかで機械的な女性の声がした。電話をかけた時の自動音声に似ている。


「ひゃああ!」


 山科は驚いてカードを落とし、席を立って壁際まで逃げた。


「こちらで第1ステージは終了です。第2ステージに移行します」


 山科は首を動かして、キョロキョロと声の出どころを探すが分からない。


「何だよ…今の」


 すぐに声が聴こえなくなり、やがて落ち着いた山科はカードをファイルに片付けた。


(このカードは何か危ないのかな……)


 山科は不安を感じながらも、ライフタイム・カードへの好奇心が止められない段階に入ってしまっていた。次に自分のどんな過去がカードになっているのか、知りたくて知りたくて仕方がない。2と言っていたが、それも気になった。


 






















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ライフタイム・カード 詣り猫(まいりねこ) @mairi-neko

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