第7話 無明の闇



「手ごわい相手だった」


 斬光剣の光輝が消えると同時に。

 琉酔乱は、ポツリとつぶやいた。


 そして、立ちあがろうとして、ふいに眼がうつろになる。


「む……」


 予想以上に、理力を酷使した……。


 そう思った時には、意識の糸がとぎれていた。


 ――ギィン!


 斬光剣が床に落ち、耳障りな音をたてる。

 その音で、ふたたび気を取りもどす。


 それはまさに、瞬きをする間の出来事だった。


 だが……。


 ふっと琉酔乱の目に精気がもどったとき、床に斬光剣はなかった。


「ルンバ、よせッ!」


 ロイエンの叫び。


 その声につられて、琉酔乱の視線が移動する。

 ふり返った。


 それまでボルゴのいた場所に、いつのまにか短驅の戦士ルンバがたっている。

 その手には、見馴れた戦闘斧ではなく、斬光剣が握られている。


「や、やめるのだ、ルンバ。おまえには、レオンの品は使いこなせない……」


 身体がだるい。


 琉酔乱は、渾身の気力をふり絞っている。

 しかし歩こうにも、身体がいうことをきかなかった。


「この三つを、手に入れた者。世界の王になると、ラミア言った」


 片言のランドキア語が、ルンバの口からもれる。


「いけねえや。こいつ、眼がすわってるぜ」


 ロイエンの途方に暮れたつぶやき。

 だがそれは、ルンバの行動を如実にあらわしている。


「もしも、おまえに才能があれば、盾だけは使えるかもしれん。だがおまえには、玉と剣を使いこなすのは無理なのだ。それらは魔導力と理力を具えていなければ……」


「うるさい!」


 琉酔乱の、必死の呼び掛け。

 しかし、それも通じなかった。


 ルンバは床にころがっている、黄金の盾をひろった。

 ゆっくりと腕に装着する。


「壁、出ろ!」


 ――ブンッ!


 ふたたび障壁が現れた。

 ただし精神力が弱いためか、ボルゴのものより明らかに薄い。


 だが、いまの琉酔乱には手の下しようがない。


「ランドキアの人間、北のオレたちを、いつもバカにした。醜い、小さい、臭いって。オレたちも、あったかい太陽と、うまい食い物ほしい。便利な道具、きれいな女ほしい! だからオレ、世界の王になる」


「愚かな」


 琉酔乱の目が、ふッ……と、ゆらいだ。


 人のもつ劣等感は、容易に人を狂わせる。

 幼いころの琉酔乱が、そしていまのルンバがそうだ。


 まだ、セイラと呼ばれていたころの自分……。

 その屈辱にまみれた記憶が、忌まわしい思い出がよみがえる。


 人の優劣など、だれも決めることはできない。

 人の美醜など、相対的なものでしかない。


 ルンバがその気になれば、北の世界も楽園となろう。


 豊富な海の幸や、美しい大自然……。

 さらには、金毛熊にも立ちむかう勇敢な男たちに、情の深いやさしい女たち。


 それらのどこが、ランドキアの者に劣るというのだろう。


 ルンバは、おのれの劣等感に負けたのだ。


 そして、それを救える者は、おのれ以外にはない。

 いくら琉酔乱が声を嗄らし叫んだとしても、ますます彼を追いこむだけにすぎないのだ。


 そう思った途端。琉酔乱は、がっくりと膝をついた。


 自分は、無力だ。


 聖王であっても、一人の男の魂すら救えない。

 そのうつろな思いに、琉酔乱の気力は萎えた。


「みんな、死ね!」


 ルンバは、最後に残った照魂玉をひろいあげた。


 ――ブゥン。


 宝玉にやどる、魔導力。

 楯にやどる、気の力。


 それら二つに反応して、斬光剣に光輝がやどる。


 人間ならばだれしも持っている、わずかばかりの理力に相応した、青白い光の刃が形成されていく。


 ルンバはそれを、琉酔乱めがけ、横なぎに払った。


 ――ザン!


「ぐわあッ!」


 絶叫が巻きおこる。


 琉酔乱ではない。

 頭をかかえ込んでいるロイエンでも、大剣を手に座りこんでいるラグンでもない。


 叫んだのは、ルンバ自身であった。


 ルンバの胴体が、みぞおちの位置で、左右に分断されている。


「おろかな……」


 いま一度、琉酔乱の口から、悲しげなつぶやきがもれた。


 琉酔乱にはわかっていた。


 ルンバが憎しみの心を持ったまま、宝剣である斬光剣をふるえば、その力はすべて、楯によって発生した防壁に反射される。


 レオンの品々は、我欲にまみれた者には、けっして使いこなせない。


 ルンバは、おのれの中の魔によって切られた。

 欲望という名の、無明の闇に……。


「また、救えなかった」


 歯を食いしばり、そうつぶやく。

 その一言は、深いわだつみよりも蒼く染まっていた。


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