第6話 レオンの名のもとに



「いいか。指示どおりにやるのだぞ!」


 琉酔乱の、怒鳴り声である。


 なにを怒っているのかと、ロイエンが怪訝そうな顔をしている。


 ここは出口のホール。

 目にみえぬ壁に面して、中央に琉酔乱、左右に、ラグンとロイエンが立っている。


 ミリアは、ずっと後方。

 通路の出口のところで見守っている。


 琉酔乱の手には、ふたたび斬光剣が握られていた。


「聖・王・念・呪!」


 凛とした声が、ホールに響きわたる。


 左右の二人の手が、T字の横の突起にのばされる。


 ラグンは、極限にまで高めた『気』を一点に集中し、ロイエンは、おのれの持つ『魔導力』のすべてを注ぎこむ。


 ――ヴォン!


 T字形の先に、長大な光の刃が形成された。


 ミリア人とガルト人の卓越者。

 さらには聖王の、三位一体が奏でる荘厳な光の乱舞――。


 斬光剣のまばゆい光輝が、ホール一面に充ちていく。


「いいか! !!」


 琉酔乱が、ふり絞るように呼ぶ。


「おう!」


 光輝を跳ねのけるような、力強い二人の声。


「障壁は、おのれの心をうつす神々の鏡に他ならない。邪念をいだくと、斬光剣の威力は、そのまま自分にかえってくる。ひたすら神々に安寧を祈るのだ。恐怖や殺意……ともかく、他のことは考えるな!!」


 二人の男は、かすかにうなずいた。


 ゆっくりと、琉酔乱の両腕が持ちあがっていく。


「破邪――!」


 斬光剣がふりおろされた。


 総毛を逆立たせた琉酔乱が、大上段から切りつけていく。


 ――ドゥン!!


 大気が吼える。

 光が走る。


 眼前で壮絶な火花がはじけ、透明な空間に亀裂が走る。


「いまだ!」


 琉酔乱の叫び。

 その場にいる全員が走り出す。


「来い!」


 ひとり立ちつくすラミア。


 必死に、琉酔乱が声をかける。

 だがラミアは、うっすらと微笑みを浮かべたまま、首を横にふる。


 その姿が、ゆっくりと薄れていく。


「ぬうっ!?」


「酔乱、早く! 閉じてしまうぞッ!!」


 ホールのむこう側で、ロイエンが叫んでいる。


「ラミア……」


 なにかを振りきるように――。


 琉酔乱は、強引に首をねじ曲げた。

 そして走り出す。


 障壁を抜ける。


 ――バウッ!


 背後で、轟音がひびいた。

 猛烈な突風が、襲いかかってくる。


 琉酔乱たちは、突風にあおられた。

 階段の昇り通路を、吹き飛ぶ紙きれのように飛ばされていく……。



       ※※※



「いてててて……」


 したたか腰を打ったらしいロイエンが、身体をおりまげながら愚痴をこぼした。


 琉酔乱と二人の戦士は、すでに起きあがって、身体のほこりを払っている。

 とっさに受身をとったのが、どうやら功を奏したらしい。


「着いたぞ」


 琉酔乱は、ふっ切れたような顔をしている。


 ゆっくりと、ロイエンに手を差しのべる。

 ロイエンは、やっと前を見る余裕ができた。


 その顔に、徐々に驚きの表情が浮かびあがってくる。


「祭儀場だ……」


 ため息ともつかぬ、つぶやきがもれた。


 そこは、白一色に染められた、荘厳な石造りの部屋だった。


 磨きぬかれた白大理石の床が、すぐ足もとから、階段上にせりあがっている。

 ハーン十二神の神像が彫られた円柱、それが扇状にひろがる階段の左右に、何本も林立している。


 天井は高く、無数の菱形の天窓を具えた、楕円形のドームになっていた。

 

 琉酔乱は、誘われるように階段をあがっていく。


 登りきると、そこには室内池があった。

 四本の柱にかこまれて、透明な水をたたえた、四角い池が掘られている。


 池の中央部には、テラスがあった。

 そこだけ、あざやかな緋色の敷物がひかれている。


 そしてその敷物の中央に、巨大な紅御影石の祭壇が奉じられていた。


「誰だ!」


 ラグンの野太い声がした。

 腰にさげている、巨大な蛮刀を抜きはなつ。


「待て。危険だ」


 琉酔乱である。

 ラグンの歩みが、ピタリと止まる。


「祭壇のまわりに、念動障壁が張り巡らされている。地下にあったやつと同じものだ」


「誰だ!」


 琉酔乱の説明を無視して、もう一度、ラグンの声がひびきわたる。


 そして……。

 その声に誘われるように、祭壇のむこうから、男が姿を現した。


「地下を抜けてきたのは、誉めてやろう」


 ボルゴであった。


 白い司祭服に身をつつみ、まっすぐに見下ろしている。

 左手に黄金色にかがやく盾を、右手には深紅の炎をたずさえている。


 否……。


 深紅の炎と見えたものは、よく見ると巨大な宝玉である。

 無色透明な玉の中に、ゆらゆらと炎が燃えているのだ。


「それが、レオンの残したものか」


 琉酔乱の声は、質問というより叱咤に近い。


 手にもった斬光剣で、ボルゴの手にあるふたつの品を、交互にさししめす。


「そうだ。レオンの三神器のふたつ、破邪封魔鏡はじゃふうまきょうと、破邪照魂玉はじゃしょうこんぎょくだ。そして、おぬしの持つ破邪斬光剣を持てば、儂は、レオンの力を十全に使うことができるようになる」


「渡すと思うか?」


「いいや。ラミアを使って、なんとかだまし取ろうと思ったが、それは失敗した。儂は荒事は嫌いでな。できれば穏便に事を運びたかった。しかし、どうやら無理にでも取り上げなければならぬ時が来たようだ」


「ラミアを、どこに封じた」


 琉酔乱の眉が、キリキリと吊りあがっていく。

 胸のうちで渦巻く憤怒が、ゆっくりと顔に吹きでてくる。


「あいつか? この奥におるよ。儂が手をくだす以上、もう用のない女だ。元の身体に、もどしてやったわ」


 ふおっふおっ、と身体を揺らして笑っている。


 琉酔乱には、その笑いの意味が、おぼろげに理解できた。

 たちまち、怒りに顔を紅潮させる。


「おのれ……許せぬ!」


 斬光剣を、正眼に構える。

 戦いの気配を察し、ラグンとロイエンが、左右の鍔に手をそえる。


 たちまち、まばゆいばかりの光剣が出現した。


「自分の欲望のためだけに、無垢な乙女を暗黒の運命にいざなった罪、永劫に拭えるものではない。さらには無数の領民を死なせ、神々の秘宝を独占しようとした罪、まさに万死に価する。ボルゴ、おとなしく冥府に落ちよ!!」


 凛とした声が響きわたる。

 だが、ボルゴのうすら笑いは止まらない。


「この儂を切れるのか? 儂は実体をもたぬ。つまり万能の身体を持っておるのだぞ。その精神の力によって作りあげたこの身を、たとえ斬光剣といえども、はたして切れるかな?」


「切る!」


「ならば、切るがよい。儂も、全力でおぬしを倒す!」


 ――突如。

 ボルゴの姿が、陽炎のようにゆらいだ。


 溶け崩れる蝋人形のように変貌し、急速に肥大化していく。

 ふつふつと泡を膨らませ、したたる脂のように、どろどろと飛沫をたれ下がらせる。


「封魔障壁、いでよ!」


 溶け崩れ、泡だつ奇怪なものが、ごぼっと音をたてて叫んだ。


 ――シュッ!


 左右と背後、さらには上部に、あらたな障壁が発生した。

 琉酔乱の殺気に反応し、バリバリと無数の雷光をほとばしらせる。


「潰せ!」


 障壁が接近する。

 巨大な念動の力により、壁全体が収縮しはじめる。


「破邪ッ!」


 琉酔乱は跳躍した。


 壁にふれる寸前、渾身の力を込めて斬光剣をふりおろす。


 ――ガッ!


 跳ね返された。

 せまりくる壁は、地下で破ったものより、はるかに強靭であった。


「ぬう!!」


 受け身をとって、すぐに起きあがる。


 ロイエンたちが、じりじりと琉酔乱に近づいてくる。


 壁に押されているのだ。

 もし一瞬でもそれに触れれば、たちまち焼きつくされてしまうだろう。


「死ね!」


 一気に、壁の進行速度があがった。


 琉酔乱は、目を閉じた。

 残光剣が、高々と大上段に構えられる。


「天と地と……」


 つぶやいている。


英霊レオンの名のもとに……」


 切っ先のすぐ上に、壁がせまってくる。


「いま一度、我に力を与えよ!」


 ――破邪ッ!


 全霊をこめた、裂帛の気合い。

 それとともに、琉酔乱の身体が飛ぶ。


 剣をふりかぶったまま、正面のボルゴめがけて突っこんでいく。


 ――ドゥン!


 すさまじい炸裂音がひびきわたった。


 天井の天窓に張られた瑠璃が、ことごとく衝撃で破砕されていく。

 無数の瑠璃と白大理石のかけらが、滝のようになだれ落ちる。


「うわわわわ――っ!」


 ロイエンが、魔導服のフードを手で押え、落下物から逃れようと身を縮めた。


「ば、馬鹿な……!」


 琉酔乱の姿は、ボルゴのむこう側にあった。


 剣をふりおろした姿勢のまま、片膝をついている。

 斬光剣の刃は、いまだに光をたもち、その切っ先は床に喰いこんでいる。


 そして……ボルゴの奇怪な姿は、完全に両断されていた。


「おのれ……儂の力が、儂の精神力が、聖王ごときに敗れるとは……無念じゃ!!」


 形を失った、ボルゴの身体。


 そのあちこちから、無数の光条がほとばしる。

 斬光剣に秘められた光の力が、ボルゴを内部から焼きつくそうとしている。


 すぐにそれは、純粋な光のかたまりと化した。


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