第8話 つかみ所がない



 ふたたび。

 ここは白狼亭の一階――大衆酒場。


「遅い!」


 ――ドン!


 蛮虎が、両手をテーブルにたたきつけた。


 花梨の帰りが遅い。

 それを蛮虎は怒っているのだ。


 だが琉酔乱は、どこ吹く風といった顔で酒を飲みつづける。


「若! 様子を見てくる」


 蛮虎はすでに立ち上がっている。

 いまにも部屋を出ていきそうだ。


「まあ、待て」

「しかし……」


「相棒が、そんなに信用できんのか?」


 そういうと琉酔乱は、ジロリと蛮虎を睨む。


「そういうわけでは……」


 蛮虎は怯みを見せた。

 正論を吐かれると、とても太刀打ちできない。


 しぶしぶ、椅子にすわりなおす。


 ちょうど、その時。

 談合部屋と酒場のホールとを仕切る、麻布製の暖簾のれんがふわりとまくられた。


「おじさん。言われたとーり、やってきたぜ!」


 リュータが、ひょこりと顔をのぞかせる。


 たちまち琉酔乱は、こめかみにメキメキと青筋を浮きあがらせた。


「なんだと!」

「な、なんだよ!?」


と呼べ!」


「わ、わーったよ。まったく……」


 琉酔乱は、本気で怒っている。

 その、あまりに大人げない態度に、リュータでさえ呆れた表情になった。


 ため息をもらしつつ、言いなおす。


「お兄さん。これでいいんだろ!」

「そうだ」


 琉酔乱は満足そうに、また酒を飲みはじめた。


「若様、ただいま帰ってまいりました」


 しばらくのち。

 花梨が、ゆっくりと入ってきた。


 やつれた顔をしたアマルナに、肩をかしている。


 リュータと同時に宿についたのだが、酒場を横ぎるのさえ、アマルナには大仕事だったのだ。


「手間取ったようだな」


「予想外の強敵がおりましたので」

「なるほど、剣使いか」


「はい。突然に襲われました」

「それも長剣の達人だ。しかし、楽に勝てた……」


「なんで、わかるんだよ!」


 リュータが目を丸くして聞く。


 琉酔乱は酒杯をもった手で、花梨の巫女服の袖をさし示す。


「右袖の切れこみは、花梨の緊縛呪法を破って、相手が動いたことを意味する。それをなしえるには、かなりの精神集中が必要だ。強靭な意志の力をもつ者――それは、よほどの手練れか魔導師にかぎられる。この場合、相手は剣をもっている。だから相手がだれかは、容易に予想がつく」


「へー。それで?」


「さらには、花梨がひと太刀しか受けていないということは、つぎの攻撃がある前に、攻撃魔法で打ち倒したということだ。しかし……花梨に一撃を加えることのできる剣士といえば、マルーディアでも数少ないはずだが」


「すげえ!」


「推理するのは簡単だ。頭さえあればな」


 そういうと琉酔乱は、ふたたび酒杯を口にはこんだ。

 もう、話を続けるつもりはないらしい。


 それを感じたリュータは、あきらめて花梨のほうを見た。


「あいつは、マクーハンとこの用心棒なんだ。たんまり金をもらってるはずだよ」


「そうでしたの。領主の子飼いの剣士ならば、あの強さも考えられますわね」


 花梨はそう答えながら、疲れきったアマルナを、やさしく椅子に座らせた。


 そしてすぐに、琉酔乱のとなりへと動き、小声で話しかける。


「若様。のんびりとはしていられませんわ。わたくし、暴漢のひとりを取り逃がしてしまいました。だから、すぐにでも追手が」


「面倒だな。母子がいるぶん、こちらは分が悪い」


 琉酔乱は、表情も変えずに飲みつづける。


「旅のおかた」


 アマルナが苦しそうな息を吐いた。

 しかし目は、まっすぐに琉酔乱を見ている。


 盃を持った手が、ぴたりと止まる。


「どうも、見ず知らずの私たちを、救っていただいて……」

「なに。単なる道楽だ」


「もし皆様が身を隠されるのでしたら、日暮れ通りの娼婦宿、恋霧楼こいぎりろうへ。あそこなら安全です」


「母さん、また戻るのかい?」


 リュータは、不満たらたらの表情で聞いた。


 もう、あの生活はうんざりだ。

 恋霧楼に戻るくらいなら、ここにいたほうがいい。


「だってこれ以上、皆様に迷惑をかけるのは……うッ!」


 リュータの問いに答えていた矢先。

 アマルナが、急に胸をおさえて前かがみになった。


 ひどく痛むらしく、顔面を蒼白にして苦しがっている。


「か、母さん!」


「むう?」


 うなったのは、琉酔乱である。

 視線だけを動かし、アマルナを見る。


「花梨、医者を。心臓の病だ」

「はい!」


 花梨の術でも、一時的に回復させることはできる。

 しかし病魔の根源が器質的なものだと、いずれすぐ再発する。


 その器質的なものも、障害が出ている場所を花梨が正確に把握できていれば、肉体損壊を回復させる『完全治癒』の大魔法で治すことができる。


 だが、完全治癒を使うには、アマルナの心臓の表面にある冠動脈をし、なおかつ冠動脈の中が詰まっている場所も特定しなければならない。


 それを実現するためには外科的な胸部切開が不可欠だが、この世界にそのような術式は存在しない。


 とどのつまり……。

 完全治癒は目に見える場所しか使えないのだ。


 となれば、アマルナの病気を根治させるには、医者による心臓血管を拡大させる薬が不可欠となる。


「心配いりません……持病ですので。それよりも……恋霧楼へ」

「奥さん、医者は花梨が呼んでくる。あんたは蛮虎の背に」


 琉酔乱の指示が下された。

 たちまち花梨と蛮虎が、疾風のように動きはじめる。


 アマルナは蛮虎の背にかかえられ、花梨は巫女服をはためかせて飛びだしていく。


 リュータは、あっけにとられて、それを見守った。


「さあ、おまえもいっしょに来い」


 琉酔乱の呼びかけに、やっと正気をとりもどす。


「えっ。ど、どこに?」

「恋霧楼に決まってるだろうが、この阿呆」


 それだけ告げると、さっさと歩きだす。


 ついさっきまで、あびるように飲んでいたにもかかわらず、その足取りは、まったくといっていいほど乱れを見せていない。


 リュータは、この造り酒屋の若旦那の、力量も性格もさっぱりわからなかった。



         ※※※



「心労と遺伝による、狭心の病でございますな」


 花梨の連れてきた町医者は、ありきたりの診断しか下さなかった。


 それでも、観賞用の花として知られているジギタリスを元にした薬を処方したので、それなりの腕の持ち主といえる。


 むろん……。

 ジギタリスは身近な毒薬としてのほうが、よっぽど知られているが。


 ここは、恋霧楼二階の特別室。

 アマルナの状態をひと目見た店主のカントンが、慌てふためいて用意した部屋だ。


 そのカントンもまた、前かけひとつ外さぬまま、心配そうな表情で、ベッドの上のアマルナを見つめている。


「火炎薬を飲ませれば、一時的には回復いたしますが……何度も無理を重ねられますと、命にかかわります」


 火炎薬とは、最近になって錬金術師のあいだで開発されたらしい、液体火薬ニトログリセリンを材料にした新薬だ。


 むろん元の液体火薬すら、ごく一部の錬金術師の秘薬とされているため、そう簡単に手に入るものではない。


「動かせるのか?」


 蛮虎が、深刻そうな顔つきで、医者に聞く。


 花梨はアマルナに、火炎薬を飲ませている。

 火炎薬は緊急処置薬なので、それとは別に、枕元にジギタリスを元にした処方薬が置かれている。


 リュータはベッドのそばで、ほっそりとした母親の手をにぎり締めていた。


 琉酔乱だけが、なにもせずに二階の窓から外を眺めている。


 動かせるかと蛮虎に聞かれた医者は、血相を変えて返事をした。


「とんでもないことでございます。そんなことをしたら、たちどころに心臓がひきつけを起こしてしまいますぞ!」


「わたしのことは、放っておいてください。それよりも、リュータをガリレアへ……」


 アマルナは、消え入りそうな声で言った。


「母さん、そんなことできないよ!」


「リュータや。このままでは、ここにおられる皆様や、カントンさん、それに恋霧楼のみんなに迷惑がかかります。おまえは月石の首飾りを持って、一刻も早く、ガリレアの王宮へ行きなさい」


「王宮に?」


「そうです。白風王が引退なされた今、首飾りをふたたび認定していただくためには、ぜひとも青嵐王様に、お目通りを願わなければなりません」


「でも……おいら、青嵐王なんて知らないもん」


「その首飾りをもつものは、かならず王に会うことが許されます。そして青嵐王様に、マクーハンの悪行を直訴するのです。それしか、リュトラの城市を良くする方法はありません。

 このままでは、マクーハンとラボールは、青嵐王様をたぶらかし、いずれはマルーディアを乗っ取ることでしょう。そんなことは、聖王家の血にかけて、いえ、この命にかけても、断じて許すことはできません」


 アマルナは、一気にそこまでしゃべった。

 そして力尽きたように、「うッ!」と胸を押さえる。


 たちまち医者が口をふさぎ、しゃべれないようにした。


「これ以上の会話は、絶対禁物です。安静に」


「母さん……」


 リュータは、胸元から取りだした首飾りを見つめている。

 妖しい七色の光をはなつ、月石の首飾り。


 こんなものがあるから……。


 母さんが、不幸になるんだ!

 そう、憎しみと悲しみをこめて睨みつけた。



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