第7話 予想外の助っ人



「待ちな!」


 大城門を目前にした、マグン大通りの行きついた場所。

 そこで二人は、いきなり呼びとめられた。


 棒立ちになっているアマルナと、山猫のように警戒心をあらわにしているリュータ。


 その直前に、昼間のチンピラどもが、のっそりと立ちふさがった。


 さらに悪いことには、チンピラのうしろから、闇旋風組の幹部らしい男と、用心棒の剣士が現れた。


「おまえら……」


「残念だったな。さあ、盗んだ首飾りをかえすんだ。そうすれば、すんなりと外に出してやる。さもなくば、この場で命を奪う」


 すこしは学のありそうな幹部の男が、剣士を横目で示しながら脅しをかける。


 リュータは、死にもの狂いで頭を働かせた。


 自分ひとりであれば……

 たとえ剣士が襲いかかってきても、なんとか逃れるすべもある。


 しかし今は、母さんといっしょだ。

 リュータが逃げれば、アマルナは間違いなく殺される。


 自分が盾になってアマルナを逃がしても、どうせ城門での検査を受けているうちに、チンピラどもに追いつかれてしまう。


 いくら門番が知りあいでも、この都市では、表だって闇旋風組に逆らう者はいない。


 助かる方法は、ひとつだけある。

 リュータは、それに賭けてみることにした。


「母さん、首飾りを」


 せかされたアマルナは、機械的な動作で、胸元から首飾りをとりだした。


 凶悪な気を発散している男どもに、まったく気圧されている。


 手をのばしたリュータは、素早くそれを受けとった。


「そうそう。おとなしく言うことを聞けば、痛い目にあわずにすむ」


「ほら、受けとンな!」


 リュータは、思いっきり首飾りを投げた。


 それは、ねらいどおりに大通りを横ぎり、城門前のにごった池にポチャリと落ちた。


「ば、馬鹿野郎!」


 ことのなりゆきにあわてた幹部が、首飾りの落ちた池にむかって走りだす。

 それに続いて、チンピラの集団もまた走りだした。


「母さん、今のうちだ。はやく城門へ!」


「でも、あれ――」


 首飾りの落ちたほうを、アマルナは指さす。


 リュータは、自分の掌の中のものを、こっそりと見せた。


 そこには、目を凝らさねば見分けられないほどの、極細の絹糸が束ねられている。

 その端は、まっすぐ池のほうにのびていた。


 リュータの泥棒七つ道具のひとつ、絹の糸巻きだ。

 あとは城門まで走り、手続きを済ませてから、慌てず騒がず糸をたぐればいい。


「さあ!」


 リュータは、アマルナの手を引っぱった。

 そして、だれもいなくなった街路にむかって走りだす。


 しかし――

 ギラリと光る長剣が、眼前に立ちふさがった。


「待て」


 駈けだす格好をした、リュータの横。


 そこに、剣を抜きはなった剣士が、いつのまにか立っていた。


 用心棒だけは、その場を動かなかったのだ。


「しまった……」


「こしゃくな真似を」


 ゆっくりと、長剣が持ちあがっていく。


 剣士には、寸分の隙もない。

 逃げようと動いたとたん、バッサリと切りつけられる。


 しかし、それが降りおろされれば、どうせリュータの命運は尽きる。


「リュ…タ…」


 アマルナが息を呑む。


 剣士の上膊部の筋肉が、一気に収縮する。


 ――キイイィーーン!


「おうっ!」


 驚きの声が、リュータの頭上で巻きおこった。


 恐る恐る目を開け、頭をあげる。


 すぐに、ごつッと剣の刃があたった。

 あわてて首をすくめる。


 剣士が、驚愕と憤怒の混じりあった表情で、じっとリュータを見つめている。


「うわわっ!」


 リュータは、あわてて飛びのいた。

 アマルナのそばに、這いながらたどり着く。


 意志に反して、身体がガクガクと震えだす。

 いくら拳法で鍛えていても、リュータは十二歳の少年にすぎない。


 母親のもとにたどり着いたとたん、完全に腰を抜かしてしまった。


「な、何奴!」


 剣士はピクリとも動かない。


 いや……


 見えざる力に押さえこまれ、動こうにも動けないらしい。


「弱い者いじめはいけませんわ。神のご意志に背きます」


 声がした。


 ぽっ、と宙空に光点が灯る。


 ――ゴウッ!


 光点は風を呼び、風は旋風となって渦を巻く。


 その逆巻く大気の中で、次第に人型がかたち作られていく。


「あ、あんたは!」


 リュータは叫んだ。


「はやく、若様の元へ。ここはわたくしが」


 花梨であった。


 吹きすさぶ疾風の中で、印を結んだ花梨の姿が、荘厳なまでに輝いている。


「でも、どうして?」


「話はあとで。わたくしを信じてください!」


「信じろって、いわれても……」


「あなたがたが聖王家の末裔と信じたからこそ、若様は助ける気になられたのです。それで充分でしょう? わたくしもすぐに参りますから、早く逃げてください。まもなく、魔法が切れてしまいます!」


 リュータは、納得いかない顔をしている。

 だが、ともかく走りだす。


 もちろん、手の絹糸をたぐることは忘れない。


 リュータに手を引っぱられたアマルナも、足をもつれさせながら走っていく。


 やがて広場には、花梨と用心棒の剣士だけが残された。


「うおおおぉ――っ!」


 剣士の、壮烈な気合いが響きわたる。


 ベキバキボキと筋骨をきしませて、花梨のほどこした呪縛をふりほどいていく。


 魔法の効果が尽き、呪縛にほころびが生じた。


「せりゃッ!」


 呪縛が粉砕されると同時に、烈帛の気合がほとばしる。


 闇を切り裂いて、一刃のきらめきが走る。

 上段から右へとまわりこみ、地面の石畳に触れる。


 ――チィーン!


 まばゆい火花が散る。

 そのきらめきに、花梨は目を奪われた。


 いきなり左斜め上から、袈裟がけに、やいばが襲いかかってきた。


 ――シャッ!


 ふわっ、と純白の衣がはためいた。


 次の瞬間。

 花梨の姿は、剣士の右側に移動している。


「お見事ですわ」


 片手で印を結ぶ花梨の、その袖口が、ほんのわずか切れている。


「でも、もう終わり」


 人差指をたてた右手に、ゆっくりと左手の掌をかぶせていく。


しゅ、念動輪……」


 声と同時に、両掌が円を描く。


 そこに、金色こんじきにかがやく光の輪が現れた。


「砕破!」


 光の輪が、弾かれたように剣士にむかって飛んでいく。


「うわあぁっ!」


 剣士は長剣を盾に、身を守ろうとした。

 その青白い鋼鉄の刃に、光輪が真正面から激突する。


 ――ビィイン!


 鍛え抜かれた、はがねやいば

 それが、無数の砕片となって飛びちった。


 そして光輪は、そのまま剣士の身体を突きぬけていく。


 剣士は引きずられるように後方へとふっ飛んだ。

 そのまま倒れふし、微動だにしない。


「念動輪は、鉱物を破砕する技。人の命までは取りませぬ」


 花梨は合掌すると、静かにつぶやいた。


 そして、キッと視線をめぐらせる。


「さてと。あとの全員、雷撃でも味わって頂きましょうか」


 にこりと微笑む。


 視線の先には、いまだに池を必死になってさらっているチンピラがいる。


 それらにむかって、花梨は、あらたな呪文を唱えはじめる。


 グワラッ……!


 たちまち、あたりをゆるがす雷鳴がとどろきわたった。


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