第5話 報い

道元善一には後ろめたい過去があった。好奇心と欺瞞に満ちた子供だった。人の過ちや失態を常に探求し、解明することに生きがいを覚えるほどにひねくれた子供だった。そんな人間に報いがきたのだ。

さて、いきなりだがネットとはどういうものか定義しよう。世間との距離を大幅に縮小させるツールである。では、友達とはどういうものか。人の数だけその定義の解釈は広がっていくだろう。漁をする網のように絡み合い、交差し、複雑に広がっていく。今この投網に小さな魚が一匹、捕えられてしまった。

「ねえ大丈夫?」

善一は石像のように固まったままだったが、恵茉が不安げに眉を寄せて声をかけた。

「あぁ、なんか怖いことになってきたな。」

「う、うん。」

「とりま、犯人探しは続けるか。一旦このDMは無視だ。」

「誠ってやつに会いにいくのか?」

西太が教室の入り口から顔を出し、こちらに問いかけてきた。声は地響きのように低く、高校生離れした声質だった。初めて話したが、なぜか初めてという気がしない。

「そうだな、今は放課後でいない可能性が高いから、明日の昼休みだな。天台くんも一緒に探すか?」

「探すって言ったってどうやって探すんだよ。この学校に何人生徒がいると思ってんだ。そもそも、この学校の生徒ですらない可能性だってあるだろ。」

「確かに、BeRealなんての友達の友達からでも探せるし、検索機能だってある。不特定多数の人間が捜査線に浮上してくる。でも一つおかしなことがあるんだ。」

「始まったよ。」

礼太が呆れ顔でヤジを飛ばしてくる。そんなのはお構いなしに話を続ける。

「物部さん。このディズニーの写真って高校に入ってから撮ったんだよね。制服だって2人とも同じ、この高校のものを着ているし。」

「はい、そうですけど。」

「服装は冬服だよね、撮影日も4月と表示されている。」

「それがどうかしたんですか。」

「いやさ、高校に入学したばかりの僕は、サシでディズニーに行けるほどの仲を築けるほどの自信はないな。」

「回りくどく言うなよ、何が言いたいんだ善一。」

「この子はおそらく、同じ中学出身の子で、高校にあがってからも2人でディズニーに行くほど仲がいいんだよね。この誠っていうアカウントはその子の裏垢なんじゃない?」

「いや、それだけの理由では決めつけられないだろ。」

「じゃあ、原点に戻ろう。普通、2人で撮った写真を第三者に撮られ続けたら、不安を抱いた片方の人間は一体誰に相談するかな。無論。もう片方の写った人間にするだろう。仮に、俺たちの前にその友達と相談していたなら、その子もここにいるのが自然だ。彼女だって被害者の1人なんだから。ではなぜ、その友達に相談をしなかったのか。いや、できなかったのかな。物部さん。誠ってアカウントの正体はディズニーに同行した子で、あなたはそれを知っている。それに加え、何か隠しているんじゃないのかな。」

「...あの子の名前は瑩山誠子(けいざん せいこ)、あなたの言った通り中学からの友達だったわ。でももうそんなに仲良くないの。誠子、西太くんのことが好きだったみたいで。」

「は?知らないぞそんなやつ。」

「私が西太くんと話しているとこを見て一目惚れしたみたい。でも付き合ってるって伝えてから、どうも距離を置かれてて。黙っててごめんなさい。」

「隠してた理由はあらかた見当がつきます。気にしないでください。」

「ごめんなさい。」

気まずい仲の人と久々に話すとなって、重要参考人扱いは二度と仲を修復することができなくなることに等しい。また、仲良かった友達のことを疑いたくはないのだろう。

「結局その子が犯人ってことになるのか?」

礼太がソシャゲの画面からこちらに目線をずらし問いかけてきた。

「まだわからない。裏を取らないとな。それに...。」

仮にA子がその瑩山さんだとして、俺はその子の名前を聞いたことがない。なぜあのことを知っていて、報いを受けさせようとしてくる。それにあの話はもう終わったことだろう。今更なんのためにこんなことを。終わりない思考の渦と不安の波が善一の心の防波堤に打ち付けられていく。

パンッ!!

「とりあえずさ、今日はここでお開きにしよ?また明日この時間に集まろうよ。」

恵茉が手を打ちその場は解散となった。帰りは、いつも通り礼太が隣で歩いていた。あまり会話は弾まない。緑の葉を茂らすイチョウたちは、毎日見ていたはずなのにやたらと目にとまる。いつもは絶えず話して帰っていたから、新鮮に感じるのだと気づいた。

「おい。まてよ。」

背後からの呼びかけに、体が一瞬はねた。そして反射的に振り向くとそこには天台西太が立っていた。

「ちょっと付き合え。」

無愛想に登下校路から外れたコンビニを指す。

「あぁ。そうか。」

礼太は納得した様子でコンビニへ足を運ぶ。善一は何が何だかわからないままついていく。

「善一、先帰ってていいぞ。」

「そうつれないこと言うなよ。西太くん、いいかな?」

無言のまま先行してしまった。これは許可が降りたのだろうか。三人はコンビニへと寄り道をすることになった。


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