第4話 被害者の気持ち

「来たよ!めりっち!」

恵茉の呼ぶめりっちという子は例のA子の被写体本人のようだ。あだ名で呼ぶほどの仲なのだろうとあたりをつける。

「この男どもがめりっちのストーカーを退治してくれる勇者だよ!」

「ども、勇者の道元善一です。こっちが勇者パーティーの盗賊枠、摩多羅礼太です。」

「おい。」

「ええと、物部萌里花(もののべめりか)です。」

どうやら小粋なジャズを演奏するかのジョークを飛ばしたつもりが、あまり刺さらなかったらしい。ゲームをするようなタイプではないのか。

「時間奪ってごめんね、天台くんも。」

「うっす。」

無愛想な男は天台西太(てんだいにした)という。どうやら物部の彼氏で2人の時間を奪ってしまっているのだ。彼の不機嫌な態度の原因はこのためなのだろうか。

教室の窓に雨粒がポツポツと当たり始めた。夏であるため日はまだ高い。しかし、夕立を降らす雨雲が太陽を隠してしまい、窓から覗くグラウンドは湿り始め、外の空間は薄闇に染められ始めた。

「本題はなんだ」

礼太が曇天の霹靂の如く疑問をぶつけた。

「物部さんのBe realの写真を悪用して、なりすましをしている人。つまりネットストーカーを見つけようと思うんだ。」

「めりっちのBe realに最近、知らないアカウントからスクショされ続けてるらしいんだよね。」

「そう。ブロックしてもアカウントを新しく作って友達の友達からスクショ撮られるの。」

「なるほど。そいつが俺にDMしてくる相手と同一人物である可能性が高いね。」

恵茉が物部さんと天台に諸々の話を通してくれているからか、話は円滑に進んだ。

黒板と教壇の間に入り込む形で善一と礼太は並んで立ち、教壇前の席には物部さんが牡丹のように座っている。歩く姿は指の的だろう。恵茉は教室入り口方向から机に両手をのせ、顔を覗き込んで話をしている。天台はバツが悪そうに席を外した。手洗いにでも行ったのだろう。

「まずはスクショをしてきたっていうアカウントを見せて貰っていいかな。」

物部さんは何も言わずスマホを貸してくれた。誰にでも渡すのだろうか。彼女は猜疑心が薄い。

「ありがとう。」

画面にはBe realのアプリが立ち上げられ、投稿した写真のスクショをした人物欄が映し出されていた。そこには2名のアカウントが表示されている。1人は例のストーカーらしきA子。アカウント名は誠。まことと読むのだろうか。もう1人はM.Nというアカウント。

「2人?」

物部さんが耳を先まで赤らめ、机とにらめっこしながら口を開いた。

「あぁ、それは西太くんの。恥ずかしいからやめてって言ってるのに。」

「なるほどね。」

「円満だな。」

礼太が余計な一言を放つ。空気が気まずくなってしまった。恵茉が場を取り繕おうと言葉を模索していると、通知音が鳴った。善一のスマホからだ。善一はスラックスの後ろポケットから自身のスマホを取り出し、通知音の正体を確認した。そこにはA子からのDMを知らせるステータスバーが映し出されていた。

「A子からDM来たわ。」

もはやA子の正体は男女不明なので”子”というのは適しているのかわからない。便宜上、A子で通した方が丸く収まるので、新しく命名するのはいささか面倒だ。このまま通していくことにする。

「まじ!なんてきたの!」

恵茉が真っ先に食いついていた。教壇に置いたスマホを覗き込んで来る。それに同調して物部さんも席を立ち、教壇前までやってきた。隣の礼太は興味がなさそうに、ソシャゲをやり始めた。こんな奴は放っといて内容の確認をしよう。三人で小さな画面を覗き込むと、ふわっとシャンプーのバニラのような香りが鼻先を通り過ぎた。思わず身を引いてしまった。この状況は側から見たらどう見えるのだろう。善一は小恥ずかしくなって、半歩下がった位置から俯瞰する形でスマホの画面を見るようにした。そこには1行のメッセージが打ち込まれているのが見えた。視力がコンタクト込みで0.7しかない善一は目を細め、確認することを試みた。

「「え。」」

女子の2人が絶句している。善一は声には出さなかったものの、驚きのあまり目を見開き息を呑んだ。A子は今まで話していた口調とは180度変わったメッセージを送ってきていた。

“私を探しても無駄だ。お前には必ず報いを受けてもらう。”

凍りついた三人に追い討ちをかけるかの如くもう一通メッセージが飛んできた。

“あの罪を悔いているなら、2日後の金曜日22時通学路と駅の中間にある高架下までこい”

「なんで、どういうこと。」

恵茉も物部さんも戸惑っていた。2人で目配せをしあって、動揺を隠せないようだと伺える。

何よりも善一の顔色が一気に真っ青になり、何かに怯えている様子だった。






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