ささやかなプレゼント

あれから音もなく日々が過ぎていった。

文法的には正しいけれど、意味をなさない単語をパズルのように並べ替える日々。

けれども時間は無慈悲にも進んでいく。

当てどなく不確かな方向へ、しかし決然と不可逆的な進み方で。



仕事の合間の休憩時間にスマホで写メ日記を覗いてみた。

ビビは日記はあまり得意ではないらしい。

今日きてくれたお兄さんありがとう、というような通り一遍の内容をかわいい絵文字付きで簡潔に列挙するだけだった。

シゴトの合間を縫って、二度と会わないかもしれない客に向かってお礼の日記を書くだけでも大したものだと思う。


けっきょく2週間と経たずに僕は再訪を決めた。

いつもの無駄がなく必要最低限の、礼儀正しい受付の男性に予約に日時を告げる。

WEBサイトやEメールで取り付けるよりも、電話で逐一確認した方が確実。

数少ない僕の人生経験の中で、ささやかながらも得た教訓のひとつがそれだ。


いきがけにカルディに立ち寄って、小綺麗なパッケージに包まれたチョコレートを買い求めた。

それはスプーンの形をしていてミルクに溶かすとココアになる。

チョコレートをちいさな紙袋に詰めてもらい、空調の効いた店内からアーケードに向かって歩みを進める。


9月に入ってすぐに降った雨がまだ道端に光っている。

太陽はまだ名残惜しそうに留まっていて、空は勿忘草色に染まっている。

しかしそれでも肌寒い一歩手前の気温で、薄手のジャケットのボタンを留めて約束の場所まで足を早めた。


ファミマ近くの交差点で、君が後ろから声をかけてくれる。


「お兄さん久しぶり。元気にしてた?」


友達の妹かバイト先の後輩みたいな距離感とその華奢な背格好には大きすぎるバッグ。

僕の右手がショッパーで塞がっているから、左手を握ってくれる。


「じゃ、いきましょっか」


信号が青に変わる。



200メートルほど歩いて、この前と同じホテルのエントランスに着く。

前回よりも空いている部屋数は多い。週の半ばの平日で、夕暮れ前の中途半端な時間だもんな。

一番安い部屋を選ぶこともできたけれど、さりげなくミドルクラスの広い部屋を選択する。

時間に応じた料金を受付で支払って、エレベータへと向かう。


「また会えてうれしかったですよ」


前を向いたままでビビは呟く。リピートで指名した客と嬢。

それ以上でも以下でもないのに、その言い回しに心をつかまれてしまう。


部屋に着くと、君はシャワーの準備を始める。


「すごく広く感じる。こんな部屋久々」


混じり気なしの純粋な感想。少しはがんばった甲斐があったかな。


ふたりでシャワーを浴びて、この前と同じような一連の流れが終わり

ベッドで並んでまったりしているときに買ってきたささやかな手土産を手渡した。


「なにこれかわいい!ありがとうございます」


裸のまま子供みたいに喜んでくれる様子が嬉しくも見ている方が恥ずかしくて、バスタオルを君の肩にかけた。


「お兄さんはやさしいね」


「ただのどこにでもいる利用客のひとりだよ」


「プレゼントをくれたりちょっとした気遣いがうれしい」


「ふだん接客業だからかな」


どうでもいい会話が時計を進める。

止めどなく不確実な進み方で、しかし論理的で明白な方向へ。


「さりげない優しさっていいよね」


「友達の妹かバイト先の後輩みたいな子ってすてき」


「なにそれw」


輪郭をなぞって円を描く。その中心点はきっと想像上の世界にだけ存在する。

字義的には正しいけれど、文脈を生まないセンテンスをドミノみたいに並べていく。



ビビのスマホでセットしたタイマーが鳴ったのを僕の手が止める。

君は少しゆっくりとした動作でお店へ短い電話をかける。


忘れ物がないように確かめながら身支度を整えて、お互いに靴べらを渡して足を靴に馴染ませる。


「お土産ちゃんと持った?」


「うん、こんどお返し持ってくるよ」


「気をつかわなくていいって」


エレベータホールでキスをして手を振って別れる。

ネオンが明滅するアーケードに吹き込んできた冷たい夏の夜風が、空っぽの左手を潜り抜けていった。

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