フライドポテトは好きですか?

SVOCの順番に並べられた単語が脳内に情報をインプットする。


あのうんざりするような夏の日、僕は何の気なしにWEBサイトに載っている電話番号をタップした。

2、3回のコール音が鳴った後に受付の男性が答える。


「ただいまの時間ですと、ビビちゃんがすぐにご案内可能です」


無駄がなく必要最低限でありながら、適度な礼節を保ったトーンで告げる。

僕はファミマ近くの交差点で待ち合わせることを了承して、通話を切る。


せっかくだから適当な手土産を買おう。

コンビニの自動ドアをくぐると冷たすぎる冷房の風と外の熱気が入り混じり

エアポケットのような異空間へと落ちていく錯覚に囚われる。


右手から奥の冷蔵庫のコーナーへ回り込み、ミネラルウォーターとソフトドリンクを手に取る。

初めて会う、もう二度と会わないであろう女性の好みなんてわからない。


交差点で待つこと数分。

黒いニットのサマーカーディガン、鎖骨まで緩く伸ばしたダークブラウン。

気の強そうな童顔と小柄で華奢な体。背中には大きすぎるバッグを背負っている。


「はじめまして。ビビといいます。今日はよろしく」


そう言ってぎゅっと距離を縮めてきて、僕のことを見上げる。

背丈の差は30センチくらいあるだろうか。

相好を崩したビビからはあどけなさと幼さが感じられて、シックな装いといいギャップ。


重そうなバッグを持とうかという僕の申し出を君はあかるく断って、

並んでいっしょに横断歩道を渡っていく。


それなりに丁寧でありながら、気の置けない感じ。

この短時間で打ち解けていく感覚は、なんだか友達の妹とかバイト先の後輩みたいに思えた。



200メートルほど歩いて、ホテルのエントランスに着く。

空いている部屋をピックアップ。前金制で、時間に応じた料金を僕が支払う。


上階に向かうエレベータでも隣り合ってしゃべり続ける。

そのまま部屋に着くと、君は慣れた様子でバッグからバスタオルを取り出して、シャワーの準備を始める。


いっしょにシャワーを浴びてもいいよ、というので好意に甘えることに。

湯気が流れ込んでくる脱衣スペースでお互いが着ているものを脱がし合う。

幼い顔立ちと華奢な背格好からは想像できなかった女性らしい体型に思わず見惚れてしまう。


「恥ずかしいからあんまり見ないで」


いたずらっぽく笑いながら、手をとって浴室へ。

僕が先にあがったから、買ってきたソフトドリンクを嬢に渡す。


「ありがと。気が利きますね。もしかしてこういうのけっこう慣れてる?」


それに対してはどちらともつかない返事をして、ベッドに移動する。

浅く腰掛けてお互いのことを話す。


人によっては、プレイタイムになると急にスイッチが入ることがある。

ビビもあきらかにシャワーを浴びてからオンになっていた。

それでも完全に仕事モードという雰囲気が感じられなかった。


また別の人は、起承転結がなくずっとプライベートのようなことがある。

それはそれでも良いことなのかもしれないけれど、あくまで対価を払って時間を買う立場からすると微妙だ。

せめて支払った分は相応のサービスを受けたい。


緊張と緩和、ビジネスとプライベート。ビビはそれらの中間を泳ぐように進んだ。

パーソナルスペースにするりと潜り込み、付き合いたての恋人みたいに手を繋ぐ。


お互いのプライバシーには触れず、深くは入り込まない。

シリアスになりすぎないのに、もっとお互いを知りたい、知ってほしいと思わせてくれる。


声のトーン、会話のテンポ、仕草や肌の触れ合った感触、そして移り変わる表情。

総合的に見て相性のいい相手はそうそう巡り会えない。


とても勿体無い気がしながらも、身につけている最後の一枚になったタオルを剥がして、プレイ時間内にできることへと移行する。

僕は手と指と舌を使い、君が少しぐったりとしたところで休憩。



さっき持ってきたソフトドリンクの話から、普段お酒は飲むのかという話題になり、

好きな食べ物の話という初対面の定番へと移っていく。


「ベッドで二人ともこんなに晒け出しているのに、好きな食べ物の話ってなんだかおもしろいね」


「お互いを知るための第一歩だよ。いくつかの段階は飛ばしたかもしれないけどさ」


「ふふ。食べ物・・・うーん、そうだなぁ、フライドポテトは好きですか?」


「今まで考えたことがなかったな。でもバーガーを頼むときは必ずセットにするかもしれない」


「うんうん、そんなもんですよね。でもわたしはポテトたべるためだけにマックとかわざわざ行くよ」


「サイドメニューがメインになる瞬間」


「そうそう。仕事帰りにひとりでLサイズを頼んじゃったり」


「喜んで半分もらうよ」


「そうだね。今度そうしよっか」


すぐに忘れてしまうようなどうでもいい会話。

そのときはそう思ったけれど、何年経ってもなぜかこの日の会話が色褪せることはなかった。



ビビのスマホでセットしたタイマーが鳴ったのを止めて、そのままお店へ短い電話をかけているのを僕はただぼんやりと見ていた。


何事もなかったように身支度を整えて、姿見でチェックする君の後ろから頭を掌で撫でてみる。

振り返って背伸びしてきたから僕も背伸びをする。

ギリギリ届かない様子に二人で声に出して笑った。


エレベータホールでキスをして手を振って別れる。

唇の感触が名残惜しかった。




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