第2話 次女、未希のものがたり
台所シリーズ 第1部「台所でせかいをかえる」ただいま編
第2話 二女、未希のものがたり
伸子の二女、未希。
幼稚園の先生として働きながら、六歳の娘・凛を育てている。
学生時代は東京で幼児教育を学び、教員免許を取得。
卒業後は北海道に戻り、実家からほど近い江別で家庭を築いた。
行事が重なり、長旅から戻った母の顔を、なかなか見に行けずにいた。
そんな未希が、休日の今日、足を運んだのは北広島。
母・伸子が暮らすこの街に、二年前に誕生した球場――エスコンフィールドがある。
この日、未希は娘の凛を夫の実家に預け、エスコンフィールドのイベントで紙芝居の読み聞かせをしていた。
北海道で、札幌ドームに次ぐ規模を持つエスコンフィールド。
試合がない日でも、広々とした空間を楽しみに、老若男女が訪れる。
芝生では子どもたちが走り回り、ベビーカーを押す姿も目立つ。ファミリー層の姿も多い。
未希の紙芝居はこの日、二度目の公演。
なかには、わざわざ足を運んでくれたリピーターの姿もあった。
「ここは、地下のお水を増やすために大切な場所なんだ。雨が降って、お水が地面にしみこむと、地下のお水が増えるんだよ。」
シマエナガちゃんが、まるで博士のように説明する。
「すると、キュンタは言いました。『へえ、へえ、へえ! しまえなが博士、さすがすごいこと知ってるね! 公園が地下水を増やすお手伝いをしてるんだね!』」
次のページをめくると、秋の風が吹き抜ける会場。未希は続けた。
「シマエナガちゃんとキュンタは、みんなに教えてあげることにしたよ。
みんなも、お水を大切に使ってね。ゴミを捨てないようにして、雨が降ったら公園に行こう。
地下水が増えるように、みんなで協力しよう!」
紙芝居の世界に、目の前の子どもたちが入り込んでいるような、そんな素敵な瞬間だった。
未希の紙芝居を、たくさんの親子が見守っている。
ジャンパーを着た親たちの後ろ姿の中に、いつの間にか、義母・春江が、未希の娘・凛と手をつないで立っていた。
紙芝居が終わると、温かい拍手が起こった。
満足そうな未希の顔を見た凛は、そっとささやいた。
「はるえちゃん、本番はこれからだよ。」
――まるで舞台の幕が切り替わるように、昭和のカセットデッキのボタンがカチリと押された。
「じゃーじゃーン」
鳥の鳴き声が、芝居の第二幕の始まりを知らせる。
未希は紙芝居をファイターズの紙袋にしまい、
指にはシマエナガちゃんとキュンちゃんの人形をはめ、動き出す。
一見アドリブに見える母の人形劇には、プロデューサー役の凛のアイデアがいくつも詰まっていた。
《シマエナガちゃんとキュンタの公園劇場》
〜地下水と笑いとマイクラと〜
シマエナガちゃん「ねえキュンタ、公園では何を増やすお手伝いしてるんだっけ?」
キュンタ「え? えっと……なんだっけ?」
シマエナガちゃん「ちゃんと聞いてたの? もしかして……早く帰ってマイクラやろうと思ってたんじゃない?」
キュンタ「おもってないもん!」
シマエナガちゃん「未希さんが言ってたよ。キュンタ、最近公園に来ないのは、マイクラばっかりやってるからだって」
キュンタ「ちがうよ! ただ、マイクラのアイテムが気になるだけなんだ。君の兄弟たちも見かけないけど、大丈夫なの?」
(観客の子ども、マイクラ柄のトレーナーを着てニッコリ)
シマエナガちゃん(絵を見せながら)
「これ見て。山と畑、公園のまわりで、くまやしか、人間もみんなで笑って暮らしてる“マイクラの町”の絵だよ!」
キュンタ「うわ〜、いいねえ」
シマエナガちゃん「でも……ぼくら、絵の中にいないじゃない?」
キュンタ「定員オーバーだったんだ。だから、アイテム探してるのさ」
シマエナガちゃん「どんなアイテム?」
キュンタ「公園にある……あれだよ!」
(未希、近くの子どもに)
未希「なんだったか覚えてる?」
子ども「ちかすいー!」
シマエナガちゃん「こんなに大きな声で答えられるなんて、えらい! みんな拍手〜!」
キュンタ「あの〜、そこのおばちゃん! マイクラ知ってる? アイテムに地下水ってあったっけ? 早く帰って確認しなきゃ〜!」
シマエナガちゃん「ちょっと待って! 今はなくても、そのうちバージョンアップするかもよ!」
(急に声を張って)
シマエナガちゃん「さーて! ここで大事なクイズです!」
観客ざわざわ……
シマエナガちゃん
「北広島の公園から、もし地下水がなくなったら……どうなっちゃう?」
子どもたち「うーん……」
(親の顔をチラ見、でも親は苦笑い)
シマエナガちゃん「よーし! ここで三世代チーム対抗クイズ!」
キュンタ「大吉さーん、どうぞ!」
(帽子をかぶったシマエナガ大吉が登場)
大吉「アタック……チャンスです!」
(観客くすくす、笑い始める)
キュンタ「もう一回! どうぞ!」
大吉「アタック……チャンスです!!」
(会場、爆笑)
キュンタ「はい、今笑ってるのが昭和世代〜!」
シマエナガちゃん「ポカンとしてるのが令和世代?」
キュンタ「付き合って笑ってくれるのが……平成!」
(会場、子どもも大人も笑いの渦)
(笑いが残る中)
未希「ねえ、シマエナガちゃん。そのおじさん、昭和でしょ?」
(観客がうなずく)
シマエナガちゃん「ほら、当たった〜!」
キュンタ「チーム分けしてたんだね!」
シマエナガちゃん「そう。北広島のお笑い指数を調べてたの」
キュンタ「で、どうなの? お笑い指数は?」
(少しの“間”)
シマエナガちゃん「……どうでしょう?」
(観客、くすくす)
(シマエナガちゃん、紙袋にもぐる。もぞもぞ……)
シマエナガちゃん「どうでしょう……銅でしょう!」
(銅メダルを掲げる)
(観客どっかーん! 前列の子ども拍手、親も大笑い)
シマエナガちゃん「大阪だったら、大吉さんの『アタックチャンス!』で爆笑の嵐だよ。あそこは“金賞”レベルだからね!」
(ラジカセからアナウンス音)
「今日のシマエナガちゃんとキュンタの公演は、これでおしまいです〜」
シマエナガちゃん「じゃ、宿題だね!」
キュンタ「でも、おちがないよ?」
シマエナガちゃん(力強く)
「おちは……おちています!」
「おちは……ちゃんと準備しています!」
「ほら!」
(足元に置いていた水のペットボトル、木のミニセット、銅メダルを拾いながら)
キュンタ「おちてた!」
キュンタ「おちてたー!」
キュンタ「おちてたぁ〜!」
シマエナガちゃん「おちはあります」
シマエナガちゃん「おちはあります」
しまえながちゃん「おちはあります」
シマエナガちゃん「じゃあ、地下水は?」
子どもたち「ちかすい〜!」
シマエナガちゃん「ちゃんとつながっているはずです。それは……宿題!」
キュンタ「地下水はどこだ?」
(ふたり、紙袋の中へ戻る)
(しばらくして)
未希「キュンタとシマエナガちゃんに、もうちょっと会いたいお友だちいるかな?」
(子どもたち「はーい!!!」と駆け寄る)
キュンタとシマエナガちゃんの指人形を、子どもたちは順番に握って
「アタックチャンス!」
「お水!お水!」
「木を植えたらいいんじゃない?」
などなど口々に言いながら、未希を笑顔で囲んだ。
昭和のカセットデッキから流れるアナウンスのあと、「手のひらを太陽に」がかかる。
この曲は、未希の劇の定番。懐かしく口ずさむ親たちの姿もあった。
「この曲、アンパンマンのやなせたかしさんの作った曲なんだよ。」
劇を見た親子たちは、令和も昭和もひとつのチームになって、広いエスコンフィールドにゆっくりと散らばっていく。
娘・凛と夫・卓夫がプロデュースしたこの劇には、
「キュンタ 水を探して迷子になる」「シマエナガちゃん・住所は玄関フード」などいくつものバリエーションがある。
今日は義母も見に来るということで、初作をアレンジしたものを披露した。
「凛、どうだった?」と未希がたずねる。
「82点。地元でやるの、2回目なんだし、“地下水ジュース”の話も入れたらよかったんじゃない?」
未希「あ、やっぱりそう思う? でもさ、“地下水ジュース”って名前、子どもたちにピンとくるかなあ?」
凛「それなら、シマエナガちゃんに、もっと焦らせるとかさ」
(ふと思い出したように)
凛「そういえばさ、辞めたんだね、しまえながちゃんの『水曜どうでしょう』……どうでしょう。」
未希(笑って)「だって、あなた、凛が知らないって言うから。」
それを聞いて、義母・春江が首をかしげる。
春江「水曜どうでしょう?」
凛(さらっと)「ネタだよ、おばあちゃん。」
春江は少し戸惑いながらも、ますます関心を深めたようだった。
「凛ちゃん、厳しいのね。でも、本当に素晴らしかったわよ、未希さん。」
春江は、あたたかなまなざしで未希を見つめながら、やさしく続けた。
「聞いたわ。お母さん、長旅から戻られたって。わたしのことは大丈夫よ。
せっかく北広島まで来たんだから、凛ちゃんと二人で、お母さんの顔を見に行ってらっしゃいな。」
未希は、伸子の家の方をそっと見やり、凛の手をやさしく引きながら言った。
「きっと、父と母の、水入らずの時間もいいはずだから。」
「凛、寿司太郎のお寿司、買いに行こうか?」
凛は、春江と未希の顔を交互に見て、にっこり笑った。
「水、いるよ。……みずは、いるよ。」
お気に入りのかばんを、小さく揺らしながら、足元を見つめて言った。
三人は、秋の風に吹かれながら、伸子の家を横目に見て、
ゆっくりと寿司太郎へと向かった。
第2話 おしまい
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