第5話
三通目の手紙が届いたのは、それから三日後だった。
便箋の色は淡い黄色。
角が少し折れていて、慌てて差し込まれたような形跡があった。
それを見ただけで、私はなぜか胸がぎゅっとなった。
いつのまにか、私はこの手紙を、待っていた。
――「君が誰にも言えなかったこと、ぼくは聞いてみたい。」
たったそれだけの文だった。
でも私は、読み終わったあと、なぜか涙がにじんでいた。
「聞いてみたい」なんて言葉を、どれだけの人が、ほんとうの意味で口にしてくれるだろう。
私は、いつから“自分の話”をしなくなったのか、思い出せなかった。
言葉を飲み込むことが癖になっていた。
それは家庭でも学校でも同じだった。
たとえば中学のとき。
合唱コンクールで指名された指揮者の役を、私は断れなかった。
できるわけがなかった。前に立つことも、人前で声を出すことも。
でも「無理です」と言えなかった私は、
結局、当日になって体調不良を装って逃げた。
あのときの周囲の目。
冷ややかというより、興味のない視線。
それ以来だった。私は「期待されること」も、「見られること」も、怖くなった。
そのくせ、誰かに見てほしいと願ってしまう自分が、いちばん嫌いだった。
便箋を持ったまま、私は川沿いの道を歩いていた。
空はどこまでも青くて、太陽がじりじりと腕を焼く。
でも、心の中はずっと曇りだった。
ふと、ベンチのほうを見る。
……誰か、いた。
あの白いシャツの背中。
先週見かけた人と、たぶん同じ。
今度は、距離が近い。
髪は短く、手には文庫本を持っていた。
横顔は見えないけれど、目がページを追っているのがわかった。
声をかけようと、一瞬だけ思った。
でも、その勇気はどこにもなかった。
ただ、すれ違うとき、ほんの少しだけ、その人がこちらを見た気がした。
まなざし。
風よりも弱くて、でも確かにそこにあった“視線”を、私は忘れられなかった。
消えたいと願った夏 @SKySaLT
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