第2話
翌朝、目を覚ましても、体は鉛のように重たかった。
起き上がる理由が、最近はもう見つからない。
けれど布団の中にいたって、時間は過ぎてしまうし、母に怒鳴られる声を聞くのも、もっと嫌だった。
制服に袖を通しながら、鏡に映った自分の顔を見た。
無表情。肌の色が少し薄い気がしたけれど、たぶん気のせい。
前髪を整えても、目の奥はずっと、眠っていた。
食卓には母がいた。スマホを見ながら、トーストをかじっていた。
私は「行ってきます」と言って、返事を待たずに玄関を出た。
そういう日が、もう何日も続いている。
学校は、変わらない。
チャイムが鳴っても誰かが話しかけてくるわけじゃないし、ノートを写させてほしいと言ってくる子もいない。
私はクラスの中で、ちょうど空気と人の中間くらいの存在だった。
名前を呼ばれることはほとんどない。
でも誰かの悪口に巻き込まれることもない。
「文香ちゃんって、なんか静かでさ」
笑いながら言われたその言葉が、私の立ち位置を決めたのかもしれない。
自分の声を、最後にちゃんと出したのがいつだったか思い出せない。
昼休み、屋上に出る階段の途中で、ひとりでパンをかじる。
少し開いた窓から吹いてくる風だけが、私の存在に触れてくれるような気がした。
「いなくなっても、きっと誰も気づかない」
そう思ったときだけ、なぜか心がすこし楽になる。
誰かの期待にも、失望にも応えなくて済むから。
その午後、教室に戻ったとき、机の上に何かが置いてあった。
白い紙。二つ折りにされていて、名前も書かれていない。
なんとなくまわりを見渡したけれど、みんなスマホに夢中だった。
私はそっと紙を開いた。
――「消えたいなら、きっと君は生きている。」
瞬間、心臓がひとつ、大きく跳ねた。
誰かが、私を見ていた。
気づかれていないと思っていた私の影に、目をとめた人がいる――
そのことが、怖くて、少しだけうれしかった。
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